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第142話 疑惑が呼ぶ混乱

 その日の夜に上月からメールが送られて、無題のメールの文面に『ごめん』とだけ書かれていた。


 上月になんて返信したらいいのかわからず、スマートフォンを片手に二十分くらい頭を悩ませた。


 つらつらと今日の言い訳のようなものを打ち込もうかと思ったけど、反対の立場だったら言い訳なんてされたくないよな。


 そう思ったから、それからさらに十分ほど考えて、『俺の方こそすまなかった』と返信した。


 どうして上月が泣いていたのか、俺にはやはりわからなかったけど、気まずい状態がつづくのは嫌だ。謝って済むのなら、それに越したことはないと俺は思った。


 今日は学校をさぼっちまったから、明日に登校するのはつらいな。けれど弓坂はきっと学校に行ってくれるはずだから、俺が休むわけにはいかないのだ。


 そう思って俺は部屋の照明を消した。



  * * *



 重たい気持ちを他所に夜が明ける。


 昨日学校をさぼってしまった罪悪感が胸を苦しめるけど、今日も学校をさぼったら、余計に学校に行きづらくなってしまう。


 だから鉛のような身体に鞭を打ちくれて俺は学校へ行った。


 文化祭の終わった学校は、店を閉めた屋台のような雰囲気を出していた。外装はまだ文化祭のままだけど、端々にどこかくたびれた印象を受ける。


 そういえば昨夜は後夜祭が開かれていたはずだけど、盛り上がったのだろうか。後夜祭で妹原を誘いたいとひそかに画策していたが、結局何もできなかったな。


 大事なことが何ひとつできないで、俺は何をやってるんだかな。――そう思いながら俺は教室へ向かった。


 教室の前の教壇側の扉を開ける。生徒たちの喧騒でにぎやかだった室内がぴたりと静まり返る。


 先生が教室に入ってきた直後みたいな空気になっているけど、なんでみんな静かになるんだ?


 無言になったクラスメイトたちから送られる、不信と疑惑の視線。それは明らかなる俺への敵愾心てきがいしんだと、直感的に気づいてしまった。


 学校をさぼったことが、こんなにもクラスに影響を与えるとは思わなかったな。文化祭の影響力を俺はかなり甘く見積もっていたようだ。


 針のむしろのような空気感で、俺は今日一日を耐えることができるのだろうか。


 窓際の自分の席を見やる。となりの席に妹原が座って、不安そうに俺を見ている。


 俺の後ろの席には弓坂が座り、机に両肘をついてうつむいていた。我慢しているのが如実に伝わってくるけど、無事に登校してくれたんだな。


 俺はほっと安堵して自分の席についた。だが――。


「やあ。もてもてのライトくん。おはよう」


 鞄をかけるなり木田が挨拶してくる。身体を俺に向けて、右肘を俺の机に乗せている。


 かなり感じの悪い態度だが、お前も俺に怒っているのか?


「何がもてもてだよ。全然もててねえっつうの」


 桂は木田のとなりにいて、俺と木田をおろおろしながら見比べている。いつも能天気なこいつの態度も、今日は明らかに普通ではなかった。


 木田が短い髪を掻き上げる。


「俺……私は、間違ったことは何も言っていないだろう。桂や他の連中だって、そう思っているはずなんだがな」


 今日は変な絡み方をしてくるが、なんなんだ? 昨日のことが気に入らないなら、回りくどい言い方をしないではっきり言ってくれ。


「トップぅ。もうその辺にしとけよぉ」


 桂も木田の不穏な態度に困り果てているようだが、木田は意に返さない。


「どうやったら俺たちを無視して女といちゃいちゃできるのか、俺にも教えてほしいもんだぜ」

「はあ? 女といちゃいちゃ? それはどういう意味――」


 木田が怒気をあらわに机をばんと叩いた。


「しらばっくれるんじゃねえよ! てめえ、昨日はなんで学校に来なかったんだよ!? ああ? 俺に詳しく教えろよ!」

「ト、トップ。もうこの辺で――」

「うるせえ! 外野はだまってろ!」


 桂の腕を木田が引き離す。


「お前、昨日は弓坂をそそのかして、ふたりでデートしてたんだろ! 俺らが文化祭でがんばってるときにっ、仲良く手なんかつないでよおっ!」


 ――俺が弓坂をそそのかしただと!?


「はあ? なんでそうなるんだよ! 意味が全然わからねえっ」

「わからねえのは俺たちの方だっ。なら、他のやつらにアンケートでもとってみるか? たぶんみんな俺の意見に賛同すると思うぜ」


 木田が勝ち誇ったように腕組みして俺をにらみ返してくる。訳のわからない難癖をいきなりつけてきて、極めつけのなめくさった態度はなんだっ。


 俺は怒りを抑えて教室を見わたした。クラスの連中は疑心を深めたような静けさで俺を見返している。――視線を合わせないように、少しうつむきながら。


 クラスの女子たちはこそこそと、しかし明瞭に聞き取れるような声でひそひそ話をしている。その内容は木田の主張を賛同するものだった。


 クラス全体を包む疑惑の正体に驚いて、俺は立ち上がってしまった。


「なんなんだよ。みんな、なんでそんなことを考えてるんだよ! 俺は――」

「てめえっ! しらばっくれるのも大概にしろ!」


 振り返った俺の左の頬に木田の拳が炸裂する。思いがけぬ一撃に俺は体勢を大きくくずし、そのまま殴り飛ばされてしまった。


 吹き飛ばされて、後ろの机の角が背中に直撃する。筋の切れるような激痛が走った。


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