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第126話 魔王イェゾード誕生!

「なんであたしがっ、こんなの着ないといけないのよ!」


 文化祭の開会式が体育館で行われて、教室で午前の部の準備に取りかかった。


 上月にいい加減に発表しないといけないだろと木田に催促したら、「きみはあいつの幼なじみなんだから、きみの口から言いたまえ」と都合のいい理由で無茶ぶりを突き返されてしまった。


 なので仕方なく俺の口から伝えたら、上月は予想を一ミリもはずさずに怒号した。


「仕方ねえだろ。午前中の魔王の役はお前がやるって、前々から決まってたんだから。わがまま言わないで早く着替えろ」

「わがままって、あんたねえ。公衆の面前でっ、こんな、恥ずかしい格好……」


 上月は魔王の役の黒いコスプレ衣装を持って、拳をぶるぶるとふるわせる。怒りが瞬時で最高潮に達した影響か、呂律すらうまくまわっていないようだ。


 このままだと俺がすべての煽りを受けて、ぼこぼこに殴られてしまう。両手を出して上月を制した。


「待て! お前に魔王の役をやらせようと提案したのは、俺じゃないっ」

「……じゃあだれよ。言ってごらんなさい」

「それは、ええと――」


 返答に困って木田に振り返ると、あいつは視線を逸らして外を眺めやがった。あんのやろぉ……。


「ク、クラスのみんなだっ! クラスのみんなが、お前は、その、アレだから、魔王の役をやってほしいって思ってるんだよ!」

「アレってなによ。あんたが調子に乗って、木田に提案したんでしょ。いいからさっさと白じょ――」

「みんなが、か、可愛いって思ってるから、お前にやってほしいんだよ!」


 お前がいつまでもごねるから、可愛いとか口走っちゃったじゃないかっ。こんな小っ恥ずかしいこと、末尾まで言わせるな!


 顔から火がガスバーナーみたいに出そうだが、上月も赤面して絶句しているぞ。小さな唇をふるわせながら、不意にうつむいて、


「なによ、それ。こんなときだけ、も、持ち上げようったって、そうはいかないんだからっ」


 恥ずかしそうに言うものだから、思わずどきっとしちゃったじゃないか。


「別に、持ち上げてなんか、いねえよ。それに、その衣装をつくってくれたのは妹原だ」


 妹原の名前を聞くと、上月は目を大きく見開いた。


「そうなの?」

「そうだよ。水曜日から、弓坂に教わりながらつくってた。妹原の勇者の衣装は、弓坂が仕立てたんだぞ」


 教室の後ろの扉が開いて、妹原が入室してきた。トイレで勇者の衣装に着替えてきたのか。


「麻友ちゃん。麻友ちゃんの衣装、がんばってつくってみたんだけど、どうかな」

「えっ、あ……うん」


 上月が赤面したまま生返事を返す。


「麻友ちゃんに着てもらうのは知らなかったけど、がんばってつくったからっ。麻友ちゃんだったら、絶対に似合うと思うんだよね!」


 妹原がはち切れんばかりの笑顔で微笑む。純白の衣装に身を包んだ妹原は、それはもう純粋で、眩い光で輝いていた。


 薄いシルクの生地はウェディングドレスのような艶やかさで、下着が透けてしまいそうだ。ミニスカートから伸びる妹原の素足も細くて色っぽい。


 金色のサークレットの左右に小さな翼がついている。そのイメージは異世界にあらわれた勇者と言うより、神から遣わされた天使だ。


 右の手首には玉の細かいブレスレットを巻いて、左足には金のアンクレットをつけている。靴は古代ローマで履いていそうなサンダルだった。


 妹原の美しさも去ることながら、驚嘆したのは衣装の組み合わせと完成度だ。この素晴らしい衣装を弓坂がすべてつくったのか?


「あっ、雫ちゃん。可愛い!」


 どこからともなくあらわれた弓坂が妹原に抱きついた。


「えへへ。似合ってるかな。ちょっと恥ずかしいけど」

「うんっ。すっごく似合ってるよぉ」


 弓坂がにこにこしながら褒めちぎる。いや、もう惚れ惚れする仕上がりだ。木田や桂も妹原に見惚れて絶句してるし。


「いやあ、ほんと、すごい似合ってるな! 驚きすぎて言葉を失っちまったぜっ」


 俺も調子に乗って絶賛すると、妹原はミニスカートの裾をにぎりしめて赤面した。


「そんな、やめてよ。……恥ずかしい」


 妹原のいじらしい仕草が俺の胸の真ん中をズドンと撃ち抜く。


 やばい。……やばすぎる。妹原の恥らう仕草は、俺の性的な好みのど真ん中なのだ。数秒間直視しただけで卒倒してしまうかもしれない。


 上月の照れた表情といい、俺の一生における心臓の鼓動回数がこの一瞬で五分の一も消費されちまったぞ。


 しかし、今すぐ散ってもいいと思うくらいに魅力的なものが立て続けに拝めたのだから、心臓の鼓動回数なんていくらくれてやってもいいかもしれない。


 上月は赤面したまま、弓坂とおしゃべりする妹原を茫然と眺めていた。そして彼女の仕立ててくれた魔王の衣装を見つめて、手を固くにぎりしめた。


「お前も、引き受けてくれるか」

「……うん」


 魔王の役はどうやら引き受けてくれたようだ。


 後ろから肩を叩かれたのでびっくりすると、そこに山野が立っていた。


「でかしたぞ、八神。さすがは上月のお目付け役だ」

「お目付け役ってなんだよ。俺はマジで死ぬと思ったんだぞ」


 俺を睨みつけてきた上月の目は、異世界から転生された魔獣のような目つきだったからな。今すぐに喉もとを食いちぎりそうな目ですごまれたら、いくつ命があっても足りないぞ。


 山野や弓坂と衣装や備品のことを話していると、教室の扉がおそるおそる開かれた。


 身体を小さくしながら、上月は入ってきた。魔王の衣装を着ているのが相当恥ずかしいのか、めずらしく縮こまっているが――。


「お、おお」


 こいつはあの上月なのに、俺は見惚れてしまった。


 上月の衣装は黒のドレスを中心にまとめられていた。ドレスは丈の短いワンピースで、上月の白い肩や胸もとがあらわになる刺激の強いデザインだ。


 お尻の上には赤い大きなリボンがつけられて、その中心から伸びるのは、黒の細長い尻尾――だとっ?


「な、なによっ」


 上月が所在なげに立ちすくむ。


 魔王イェゾードのデザインは、黒猫を擬人化したものだったのだっ。


 上月は大きな猫耳のついたカチューシャをつけて、両手に肉球のついた手袋をはめている。


 全体的に幼いデザインだが、足もとは黒のブーツで大人っぽく仕上げるのが、これまた憎い。――というかセンスが秀逸すぎる。


 これは、これはやばいぞ。妹原の天使のコーディネートを超えるすごい衣装だ。だれだ、こんなすごいものを考案したやつは!?


「可愛い!」

「そ、そおっ?」


 妹原と弓坂が抱きつくと、上月は聞き取れないような声で驚いた。


「どうだ、八神くん。私の狙いは見事に的中しただろう?」


 そう言ってドヤ顔であらわれたのは木田だった。うざったく前髪を掻き上げて弓坂へアピールしているが、こいつの二次元に対するセンスは舌を巻くばかりだな。


「っていうか、なんで猫耳と尻尾をつける必要があるんだよ。これじゃ魔王じゃなくて、ただの小悪魔だ」

「ふっ。だってきみは猫耳が好きだろう? だから上月にあれを着せてみたかったのだっ」


 いや俺のために上月をコスプレさせたみたく言うな。妹原が聞いたらまた誤解されるだろ。


「魔王イェゾードは猫の化身ということにしておけばいい。じゃ、午前の部担当のライトくん。精を出してはたらきたまえ」


 木田は意図のわかりかねる高笑いをして教室を出ていった。あいつは午後の担当だが、絶対にさぼる気だ。


 あいつは上月に猫耳をつけさせた功労者だから、今日くらい自由に遊ばせてやるか。


 コスプレ衣装でキャーキャー騒ぐ上月たちを他所に、山野はひとり教室の隅でスマートフォンを眺めていた。そしてスマートフォンをしまい、すたすたと廊下へと歩いていった。


「お前も行くのか?」

「ああ。俺の担当は午後だからな。それに、ちょっと行きたいところがあるんだ」


 そうなのか。無味無色無感動な男であるお前にしてはめずらしいな。他のクラスの出し物で期待しているものでもあるのだろうか。


「じゃあ八神。午前の部がんばれよ」

「ああ」


 山野は教室の喧騒を背に教室を出ていった。その背中はどこか寂しげだった。


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