第113話 文化祭のコスプレ喫茶
五時間目の授業が終わって、六時間目のロングホームルームがやってきた。
妹原の言う通り、ロングホームルームでは文化祭の出し物について話し合われる。
文化祭の出し物なんて俺はどうでもいいと思っているけど、妹原をはじめ生徒の大半は文化祭に並々ならない期待をかけているんだよな。
いい出し物ができたからって、賞金や最新のゲーム機器がもらえるわけじゃないのに、みんなよくやる気が出るよな。俺は気力が沸かないから、ホームルームの間はぐっすり寝ていようかな。
「それでは、これから文化祭の出し物について話し合いたいと思います」
文化祭実行委員の松原純子が今日の議題を仰々しく発表する。
「はい、はい! 実行委員さん俺さして!」
「はい、桂くん」
俺たちと正反対の座席にいる桂が先手必勝とばかりに手をあげた。
「俺た――いや俺はっ、メイド喫茶がやりたいですっ!」
メイド喫茶って、男の欲望丸出しのアイデアがいきなり出たな。桂、それはちょっとストレートすぎるんじゃないか?
女子たちからさっそく「最悪」とか「きもっ」と不満があがってるし。そりゃそうだよな。
「ライトくん。きみは文化祭の出し物について、ちゃんと考えてきたのかね?」
俺の前の席に座る木田が身体を横に向けて、俺にニヒルな笑みを向けてくる。意味不明なしたり顔で、顎に手を当てたりするな。
席替えのおまけでこいつがついてきたのだ。お前は桂とともに瀬上川の下流にでも流されてくれればと思っていたが、俺の切なる願いはどうやら叶わなかったようだ。
無駄にかっこつけて、俺の真後ろにいる弓坂へアピールしているつもりなんだろうが、弓坂の意中の人は山野だからな。お前がいくらがんばっても、弓坂の心には一ミリも届かないと思うぞ。
「いや、何も考えてねえよ」
「なにっ、何も考えていないだとっ? ライトくん、きみは正気か」
木田が大げさに仰け反って驚きを表現する。お前、中学のときよりも面倒くさいキャラになったな。これもすべてアホの桂の責任か。
「っていうか、メイド喫茶ってあれ、お前の入れ知恵だろ? ヅラに変な知恵を吹き込むなよな」
「ふっ、なんのことだ? 私にはさっぱりわからん」
木田はわざとらしく肩を竦めるが、俺は今でもよく覚えているぞ。中学のときの文化祭の出し物で、お前がメイド喫茶をやりたいとアホみたいに連呼してたのをな。
中学のときはそれが原因でクラス一きもい男子に認定されていたけど。――ああ、そうか。自分に被害がおよばないように、桂を生け贄にしたんだな。
「私はヅラに何も吹き込んではいないが、いいじゃないか、メイド喫茶。ライトくんだって心の中ではやりたいと思ってるんだろう?」
「思ってねえよ」
頬杖をついてそっけない素ぶりを見せるが、本音ではびんびんに興味あるぞっ。
だって、妹原や弓坂のメイド姿が見れるんだぞ。こんなにいい企画が他にあるものかっ。
「なら、ライトくんは何がしたいのかね?」
木田の言葉に俺が閉口していると、妹原が身を乗り出して言葉を挟んだ。
「今朝に何がいいか話し合ったんだけど、いい案が浮かばなかったの」
「ほう、そうだったのか。妹原氏は何かいいアイデアがあるのかね?」
「わたしは、ぬいぐるみをつかって、可愛い出し物ができればなあって、思ったんだけど」
妹原はぬいぐるみとか可愛いものが好きなんだな。でもぬいぐるみをつかった出し物を考えるのは、ちょっとメルヘンチックすぎるよな。
「あっ、ゆるキャラの着ぐるみを着て喫茶店をやるのは、どうかな!?」
いやだから、なぜそこまでしてぬいぐるみとか可愛いものにこだわる?
妹原の意表を突いたアイデアに木田もカバーできなかったのか、
「ゆ、ゆるキャラの着ぐるみを着ながら店をやるのは、難しいんじゃないか?」
「ダメかなあ」
「なかなか斬新なアイデアだとは思うが。ライトくんもそう思うだろ?」
木田が苦しまぎれで俺に同意を求めてきた。妹原の意見は肯定も否定もできないので、木田の言葉はとりあえずスルーだな。
木田ががんばって会話しても、弓坂は寝てるのか、後ろから遅口の声はかからないしな。木田、哀れなやつだ。
俺たちの内輪の話し合いとは別に、出し物の案が数人から出された。
クラスの出し物は、桂が熱望しているメイド喫茶と、女子一同が提案したアメリカンカフェの案で人気が二分しているようだ。
メイド喫茶とアメリカンカフェって、ありきたりすぎるぞ。もうちょっといい企画はないのかよ。
こんな企画を通して、となりのクラスと企画がバッティングしたら、痛すぎて目も当てられないぞ。
上月ならいいアイデアを出してくれそうだが、上月は嫌らしい顔つきで山野に盛んに絡んでいるな。文化祭の企画会議に参加する気はないようだ。
きっと昨日のことをネタにして山野をゆすっているのだろうが、山野はいつものメガネ面でさらりとスルーしている。
さすがは山野だ。上月程度の暴風雨はもろともしないか。
それはいいけど、雪村さんの話題を教室で口にするなよな。弓坂に聞かれたら大変なことになるからな。
それにしても今日は弓坂が静かだ。いつもは後ろからたくさん話しかけてくるのに。本当にうたた寝しているのか?
なんとなく気になったので、後ろの黒板を眺める感じで弓坂の様子を見てみた。
弓坂は文化祭の出し物なんてそっちのけで、山野と上月を見ていた。
胸に手をあてて、おろおろしながら山野を見守っている。たとえ相手の女子が上月だとしても、自分以外の女子と山野がしゃべっているのが不安なんだろうな。
気持ちはわかる。俺は男だが、弓坂の今の気持ちはよくわかるぜ。
「どっ、どうしたのぉ?」
「いや、別に」
あんまりじろじろ見るべきじゃないな。俺は身体の向きを前へ戻した。
その後もコスプレがなんとしてもやりたい男子側と、カフェがやりたいけどメイドのコスプレをするのは絶対に嫌だという女子たちで意見が分かれたままだった。
このまま今日は閉会かなと思ったときに、山野がふらっと挙手した。
「なら、コスプレ喫茶ということにすればいいんじゃないか? 刺激性の低い衣装にすれば、両方の意見が取り入れられるだろ」
なるほど。コスプレ喫茶か。独創性には欠けるが、クラスの意見をまとめるとそんな感じになるよな。
「おっ、それいいじゃん! 賛成賛成!」
桂を筆頭に男子は賞賛したが、女子はまだ不満があるようだ。卑猥な格好をさせられるのが目に見えてるんだから、コスプレなんてしたくないよな。
しかしコスプレまで却下されたら、今度は男どもが暴動を起こしてしまう。なので仕方なくコスプレ喫茶ということで女子たちが合意した。
「ふっ。すべて私の作戦通りだな。最初に無茶な要求を突きつけて、少しずつレベルを下げて相手を納得させる。交渉の基本だ」
木田が机に向かってぶつぶつつぶやいているが、お前はそこまでしてコスプレ喫茶がやりたかったのか? クラスの女子にコスプレ衣装を着させても、昨今の萌えキャラみたいにはならないと思うが。
「コスプレ喫茶ということは、ゆるキャラのコスプレをしてもいいんだよね。えへへ。どの県のゆるキャラにしようかな」
妹原も机に向かってひとりごとを言っているけど、この時期に着ぐるみなんか着ても暑苦しいだけだぞ。忠告しておいた方がいいだろうか。
弓坂は山野にぞっこんだし、上月も別の意味で山野にぞっこんだ。こんなにも気持ちがばらばらで、文化祭は無事に迎えられるのか?




