第九十八話 人生ノート“転”
バリューダは体に大樽と剣を紐で巻き付け、海にプカプカと浮かぶ。
オレ達は四人、海辺に並んでバリューダを見送る。
「いつか巨人の里に来る機会があれば、私の名前を出すといい。それなりに名は知れ渡っているから手厚くもてなされるはずだ」
「そっちにオレ達が行ったら迫害されないか?」
「巨人族はそれほどお前らに苦手意識を持っていないから大丈夫だ。中には異常に嫌っている者も居るのは事実だが……」
「巨人族の大陸か……面白そうだな」
「会長、法律は守らないと駄目だよ」
「へいへい」
「本当に世話になった。
シール、
シュラ、
レイラ、
ソナタ。
お前達の名前はしっかりと頭に刻み込んでいく。さらばだ」
バリューダは潜水し、水しぶきを立てずに遥か彼方の大陸に向かって泳いでいった。
「さてと、もう一仕事」
オレは奴隷二人が封印された札を握る。
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近くの港町、宿屋の一室でオレは奴隷二人を解封する。
町で買った服を渡して、着替えたところでオレはソナタと共に今後について二人に話す。
「この町の騎士団支部所にこの手紙を持っていくんだ。
そうすれば後は騎士団員が上手くやってくれる」
ソナタは自分の名前を刻んだ封筒をおっさんに渡した。
「あ、ありがとうございます……」
おっさんと少女は親子だったらしく、数年前に別大陸からやってきたそうだ。ほんの旅行の気持ちだったらしい。
この大陸で右も左もわからず彷徨っているところを奴隷商に捕まり、売られ、今に至る。正直コイツらはコイツらで馬鹿だ。
「しばらくはこの安宿に泊まるんだな」
「だ、だけど私もお父さんもお金が……」
「金ならここにある」
奴隷商から奪った財布をおっさんに投げ渡す。
「二か月はこれで暮らせるはずだ。
その間に何か仕事を見つけるんだな。アンタらぐらいの実力なら、傭兵でも何でもやっていけるだろう」
おっさんは泣きながら、「ありがとう……ありがとう」と連呼した。
少女はおっさんの胸に抱かれ、同じように涙を流した。
オレとソナタは二人を支部所まで見送り、波の音聞こえる砂浜でこれからの予定について話し合うことにした。
砂浜に着くと、水面に反射した月明かりが目に入った。
ザーザーと音を立てる波が足元まで寄ってくる。
「暗くなってきてるし、今日はここで一夜を過ごす感じでいいかな?」
「ああ、そのつもりだ。帝都行きは明日だな……」
砂浜の上に尻を付き、砂の上を横歩きするカニを指で弾く。
「帝都……この国の中心か。
やっとだな」
「どうだい会長、
ここまで冒険してきた感想は?」
「物足りないな。
まだ砂漠も雪山も行ってないし、
空飛ぶ要塞も海底遺跡も未経験だ」
「はっはっは!
欲張りだねー、その全てを短い人生の中で経験できる人間なんて限られてるよ」
爺さんに会って、牢屋を出て、森を越えて海を越えて……火山行ったり塔を登ったり。今日は自分の背丈の何倍もある巨人にも会った。
「そうだな、たかだか数十年で見渡せるほど、世界は狭くない。
時間はいくらあっても足りない」
摩訶不思議な体験を、この少ない時間で多く経験した。
色んな景色を見たけど、進めば進むほど世界は広がっていく。キリがない。
――最高だな。この世界は。
「爺さんに会うまでは、時間なんて惜しくなかったんだ。
ただ過ぎていく時間を呆然と見つめていた。
このままじゃ駄目だと思いつつ、つまらない日常を守っていた。
不変は嫌なのに変化は怖かった。それでもいいと思っていた。
適当に言い訳並べて、言い訳を読み終える頃には眠くなっていて、
朝起きたらまた言い訳が並べられていた。
繰り返すだけだった。グルグルと……それでも悪くないと思ってたんだ。でも今は」
やりたいことがいっぱいある。
行きたい場所がいっぱいある。
「今はとにかく時間が惜しい。
この世界は色んな価値観に溢れていて、色んな景色に溢れている。
その全てに触れないと気が済まない。頭の中でずっと自分の寿命を計算している。
あとたかだか60~80年でこの世界を全て周れるか不安で仕方ない」
「君は根っからの『旅人』だね……」
「お前も、シュラとアシュも、レイラも……みんな時間を尊み生きている。
バリューダや、まぁ言っちゃなんだがあの奴隷商も時間を惜しんで生きていた。
オレも今は時間を尊いと思っている。
時間を尊いと思えるから、人は人でいられるんだってわかった。
学んだのはオレだけど、教えてくれたのは爺さんだなぁ」
「君が帝都に行くのは、
君の人生に道標を残してくれたバルハさんへの、恩返しのためかい?」
「まぁな。
それももちろんあるけど、単純に弟子として師の汚名をそのままにできるかって話だ」
砂浜から腰を上げ、ソナタの顔を見る。
「協力してくれるかソナタ。
爺さんを貶めた犯人を、騎士団員の関係者を殺した殺人鬼を、
オレは絶対に許さん。絶対に見つけて封印してやる。
オレだけじゃできることは限られてるからな、騎士団大隊長であるお前の力が必要だ」
「まったく君は……都合の良い時だけ僕を大隊長扱いするんだから」
「じゃあ断るか?」
「僕が断ると思うかい? もう手は回してあるよ。
パール大隊長から捜査資料も預かってる。
あとは帝都に居る僕の部下が集めた情報と照らし合わせて容疑者を絞り込むだけだ」
「……手の早いこと」
「助手は任せてよ!」
「オレが探偵役か?
ははっ! 帝都も退屈はしなさそうだ」
砂を踏みしめる小さな足音が二つ、背中の方に現れる。
「あ、やっと見つけた!
もう夕食の時間だよ!」
後ろを見るとレイラとシュラが立っていた。
「まさか、お前が飯の用意したわけじゃないだろうな?」
「違うけど、わたしが用意したら何か問題があるの?」
「いや別に」
大有りだ。
「宿の近くの酒場で準備してもらってるわ。
早く行くわよ!」
「酒場かぁ~! 酒場に行くと歌いたくなるよねぇ」
「絶対に歌うなよ……」
「お酒入ると知らず知らずのうちに歌っちゃうんだよねぇ」
「シュラ、コイツが酒を頼もうとしたら……」
「ノックアウトするわ!」
酒場で夕食を食べながらレイラとシュラに明日帝都へ行くことを伝える。
その後、宿屋の部屋に戻って眠りについた。
こうして、一日は終わった。
明日はいよいよ帝都に行く。
――オレの人生を一変させる出来事が、そこで起きる。
オレの人生ノート第一冊目、その中の起承転結の承が終わり、そして――物語の転換点、転が始まろうとしていた……。これまで起きた事柄が、全て繋がり、そして、紡がれていく。
後のオレは思う。
この時、まだ帝都に行くべきでは無かったと。
第四章 完
この章はメインメンバーの能力説明・役割説明を主体に展開しました。
次章はこれまでの章で一番長く、一番話が動きます。なので執筆に凄く苦労しています(笑) 一章分書き溜めてから更新していくスタイルなのでもう少しお待ちください。こういうやり方なので例え感想欄で何を言われても一章分は展開・書き方共に変わることはありません。
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それではまた第五章で会いましょう( ´艸`)






