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【WEB版】退屈嫌いの封印術師  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第四章 封印術師と巨人の戦士

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第九十三話 銀髪の悪魔

 目が覚めると、刺青女は両手両足を虹色の魔法陣に挟まれていた。

 ひざをつき、両手はバンザイ状態だ。手錠代わりに転移門が手首足首に付いている。


 頭を起こし、前を見る。

 白髪の少女、レイラは無表情で刺青女を見下ろしていた。


「質問。仲間の数がやけに少なかったけど、どこ行ったの?」


 淡々と言葉を並べる少女に対し、刺青女は諦めたように言葉を返す。


「……アンタらが洞窟に巨人を(かくま)っているのは知っている。残りの連中は全員そっちに送り込んだ。アタシとリーダーと他数人は念のためアンタらを足止めすることにした。なんらかの誤算で、薬を女巨人が手に入れたらそのまま海へトンズラこかれるからね」


「どうやって場所を突き止めたの?」


「一人、ずっとアンタらの後を追わせた。尾行に特化した魔術を身に着けた奴だ。アンタの仲間に鼻の良い奴が居たみたいだが、そいつは匂いを消して後を追える」


「……もう一つ、リーダーの名前をフルネームで教えて」


「――ルークだ。ルーク=ランググルフ」


 刺青女は嘘を言った。

 目の前の少女がなぜ名前を求めるかはわからない。わからないからこそ、嘘をついた。想定外の被害を恐れたのだ。


 レイラに真偽を確かめる手段はない。ならば、安全を取りに行くまで。


「嘘だね」


 レイラは言い切った。

 刺青女は表情に焦りを出さない。しかし、内心は焦っていた。


「わたしはね、嘘を見抜くことができるんだよ」


 レイラは新たに転移門を二つ、空に描いた。 

 片方は川の中へ、もう片方は刺青女の頭上に設置された。


「……嘘は、言っちゃダメでしょ?」


 子供に言い聞かせるように、レイラは人差し指を自分の口に当てて言う。


「待て――なにをする気だい!?」


 刺青女はレイラの魔術についてわかりはじめていた、魔法陣と魔法陣を繋げる魔術だと。魔法陣が一つ自分の頭上へ、もう一つは川の中……レイラがやろうとしている拷問を、刺青女は知っていた。


 レイラは転移門を繋げる。女の頭上に川から流れ込んだ(転移してきた)水が浴びせられた。


「待て、待て――!」


 レイラは転移門を下ろし、女の首から上を川底へ転移させ、転移門を絞める。

 鼻から、口から、なだれ込む水。濁っていく景色――頭の中の思考が『苦しい』で埋められていく。絶望の闇が心臓を掴む。


 良く知っている拷問だった。

 奴隷の調教によく使っていたから。


 水責め――単純且つ簡単で、耐えがたい拷問の一つ。人の心を容易に折る悪魔の所業。

 息が切れ、水が喉を通過していく。腹に、胃に、水が満ちていく。そこでようやく景色が明るくなった。


「ぶはっ!」


 転移門が上がり、転移門の機能が停止する。

 水から解放され、口の中の水をすべて吐き出す。レイラは刺青女の腹を蹴り、さらに水を吐かせる。数秒の呼吸困難を越えた後、刺青女の口は今までの人生の中で一番速く動き、その名を口にした。


「キリアン=ドロフクス!

 キリアン=ドロフクス!!

 キリアン=ドロフクス!!!」


「それがリーダーの名前?」


「そうだ! だから、水は……水はもうやめてくれ! 素直にアタシをぶっ飛ばしてくれ!!」 


 媚びるように、涙を流して、刺青女は懇願する。

 自分が調教してきた奴隷たちと同じ顔を作る。


 レイラは――首を横に振った。


「嘘だね」

「――――え?」


 レイラは言い切った。刺青女は本当の名を口にしたのに、レイラは再び転移門を繋げた。


――水責めは繰り返された。


 刺青女は水から解放される度、名を口にした。

 何度も何度も何度も、途中で違う名を口にしても、水責めは繰り返された。何度も何度も何度も何度も……意識がなくなるその時まで。


 刺青女の意識が沈み、気絶した後でレイラは頷いた。


「……五個ぐらい名前出たけど、多分、一番数の多かったキリアン=ドロフクスが真名かなぁ」


――レイラは最初から、女の意識が沈むまで水責めをやめる気はなかった。


 レイラに嘘を見抜く能力などない。

 だから自分は『嘘がわかる』と嘘をついて、拷問を繰り返す。途中まで相手が嘘をついていても、見破られたと()()()し続ければいずれ本当の名を出すだろう――と。


 拷問の目的の半分は名前を聞き、シールに教えてギルドリーダーを封印可能にするため。

 もう半分は――値踏みされた仕返しである。



 ---



 レイラが大樽を持って森を抜けると、吐く息が途端に白くなった。


「なに、これ……」


 氷雪地帯に来たのかと錯覚するほどの寒さ、視界に広がる氷の景色。

 氷漬けにされた人間がそこら中に居た。剣を構えていたり、防御の態勢を取っていたり、逃げ出そうとしていたり、色んな恰好で停止していた。


 洞窟の前で、この景色を生み出した張本人は寝そべって欠伸をする。


「あー、おかえりレイラちゃん。

 僕はもう暇すぎて暇すぎて眠っちゃいそうだったよ」


「これは、ソナタさんがやったんですか?」


「うん」


「さ、さすがですね……」


 レイラはソナタの側を通り過ぎ、洞窟の中のバリューダの元へ向かう。



 --- 



 女巨人の右手の掌に乗せられ、シュラは女巨人の額を治療していた。 

 白魔を両手に宿し、塗るように浴びせていく。


「アンタも馬鹿ね。ルールを破ってこんなところまで来るなんてさ」


 シュラの言葉には里の掟を破り、別の大陸まで来た自分への自虐も含まれていた。


「……妹の命とルール、どちらかしか守れないなら、私は妹の命を取る。それだけの話だ」


「――そうね。私がアンタと同じ立場なら、きっと同じことをするわ」


「それでも(いま)だに驚いている部分もある。

 私は生まれてからずっとルールは絶対だと思っていた。なのに妹の命がかかった途端、なりふり構わず飛び出してしまった」


「そんなもんよ」


「全ての人類を縛れるほど、ルールや掟は上手くできてはいないのだな」


「ルールや掟に全員が従うぐらい人類が殊勝なら、人類はルールも掟も作ってないわ」


「お前の言う通りかもしれないな……」


 二人の空間にレイラは足を踏み入れる。

 レイラは大樽を置き、息を切らしながら、


「薬、取って来たよ!」


 レイラの口から吉報を聞き、バリューダは瞳に涙を溜めた。


「……お前らには感謝してもしきれないな……」


 レイラは報告を終えるとすぐに出口の方へ足を向ける。


「どうしたのよ? そんな慌てて」

「シール君が滝で遭ったギルドマスターの……強そうな人と戦ってるの!

 だから加勢してくる!」


「あ、ちょっと!」


 レイラは走り、洞窟から外へ出た。

 シュラは背中を見送り、「わかってないわね」と呟く。


 シュラの頭には朝のシールの言葉が残っていた。


――『心配しなくてもオレは命懸けで守るよ。シュラも――お前もな』


「……シールがあんな奴に負けるわけないじゃない」


 誰にも聞こえないようにボソッとシュラは呟いた。

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