第九十二話 レイラの本気
(シール君……大丈夫かな)
レイラは大樽を抱えて森を走る。
頭に浮かんでいるのはシールと奴隷商の長の顔だ。
(あの七三分けの人、結構やり手の術師だ。
シール君一人じゃ分が悪いかも……)
ガサ、と草を蹴り飛ばす音。
「……!」
背後に寄って来る足音。
レイラは川の音が聞こえる場所で立ち止まり、大樽を地面に置いた。
「ラッキー、ラッキー!
まさか嬢ちゃんの相手をさせてもらえるとはね」
大剣を背負った女が、藪を払って姿を現す。
「女巨人ほどじゃないだろうけど、お嬢ちゃんもかなり高く売れると思うよ。
アタシに任せな、一番優しいご主人様のとこに売ってやる」
(樽を持ったわたしのスピードじゃ逃げきれないかな)
大剣を片手に持ち、女は下衆な視線で舐めるようにレイラを見る。
レイラは冷静に、相手を観察する。
(大剣を持ってることから察するに近接タイプ。
副源四色が黒だと厄介……)
レイラは樽を守りながら戦わなければならない。
機動力は死んだも同然だ。樽を狙われれば、相手の攻撃は基本受けなくてはいけない。そうなると破壊の魔力――黒魔を使われるのが一番つらいところ。
(もし相手が黒魔術師なら先手を取られた時点で負けは確実。
流纏でも黒魔を流せるかはわからない。
ここは――有無を言わせず倒すしかない!!)
レイラは両手にナイフを形成し、赤魔をナイフに灯す。
最大力最高速のナイフを一気に投げ込んだ。
「あははははっ!!」
大剣女は構わずにナイフの波に突っ込む。
心臓、首、頭。そこ以外は守らず、ナイフを受けた。
「痒い痒い! こんなもんじゃアタシは止められないよ!!」
白の魔力が大剣女を包んだ。
大剣女は体に刺さったナイフを抜き、傷を白魔で塞いでいく。
「いいでしょ白魔力!
これがあるとね、奴隷を調教するのが楽なんだよ! 傷つけてもすぐに治せるから、無限に痛めつけられる!
どれだけ強情な奴でも一日に爪を百回剥がされれば従順になるもんさ!!
お嬢ちゃんもすぐに良いペットに――」
レイラの光の消えた瞳を見て、大剣女は言葉を止めた。
レイラは薄く笑う。
『黒魔じゃない』
――と、ならば相手じゃないと。レイラは笑う。
「ごめんね」
レイラは感情を込めず、囁くように口にする。
「――瞬殺するよ」
コイツはヤバい。と大剣女は気を引き締め、すぐに殺しにかかる。
しかし、踏み込んだ大剣女の足は地面に沈み込んだ。
「な、なんだ!?」
――右足首が何かに挟まれた。
大剣女は足元を見る。するとそこには、虹色の魔法陣があり、右足は魔法陣の中へ消えていた。
転移門による落とし穴である。
「なんだいこれは……!?」
レイラはナイフを投げながら転移門を描き、地面に設置し、大剣女が転移門を踏んだ瞬間に起動。大剣女の右足首より先を転移。大剣女の足はレイラのすぐ横にある転移門から出て地を踏みつけている。
(なんであんなところにアタシの足が!?)
転移門は縮小し大剣女の右足首を挟む。レイラはナイフを右手に形成し、自分のすぐ側に転移してきた大剣女の足を上から串刺しにする。
「いっ!!?」
大剣女は痛みに顔を歪める。レイラは続けて六本のナイフを大剣女の右足の上に形成、青魔で発射し、大剣女の右足で針山を作った。
「があっっ!!!?」
激痛が背を登り脳髄に到達し、大剣女は大剣を手から落とす。
レイラは地面を蹴り、足を転移門に挟まれ動けない刺青女に近づく。
「小娘がぁっ!!」
刺青女は両手を前に、ガムシャラに炎弾を放つ。
しかし炎弾は全て青の魔力に止められ、散らされた。
「――流纏」
レイラは流纏を全身から発し、炎弾を弾く。
そのまま距離を詰め、流纏の掌底を刺青女の腹部に添える。
(こんな小娘の打撃、赤魔で体を固めれば――!)
「流纏掌……」
螺旋の衝撃が、刺青女の意識を刈り取った。
黒魔……単純に強い。黒魔か白魔以外で受けるのはほとんど無理。黄魔と虹魔使いは黒魔が苦手。
白魔……チームに一人は欲しい魔力。応用次第で戦闘にも使える。再生の力で黒魔の破壊の力を相殺することができる。黒魔には強いが、黄魔は苦手。黄魔は相手を傷つけず色々する術が多いため相性が悪い。
黄魔……嫌われる魔力。生物や物体を操るため、決まれば勝ちって術が多い。搦め手が多く、ウザったい。相手の体力に依存せず相手を操る術がほとんどのため白魔には滅法強いが、火力は低いため黒魔には一方的に押しきられることが多い。
虹魔……人それぞれ。






