第九十一話 豹変
飛来する七匹の煙鷹。
煙鷹を陽動におっさん奴隷が右から回り込んでくる。
できることなら奴隷二人は傷つけたくない。狙うは一人――
「――“偃月”ッ!」
偃月、ブーメランを展開。
両手に持ち、投げずにそのまま振って使う。煙鷹をブーメランで迎撃し、おっさん奴隷の攻撃に備える。
おっさん奴隷から振るわれる拳。オレはブーメランを手放し、右手でおっさん奴隷の右拳を受け止めた。
「……?」
――軽い。
「逃げるんだ……」
小声で、おっさん奴隷は言う。奴隷商に聞こえないように。
涙に濡れた瞳で。
「もう、私は……誰かを傷つけたくない……」
「おっさん、アンタ……」
おっさん奴隷はオレの両脇を抱き上げ、思い切りスイングして投げ飛ばした。
一見は攻撃、だが真意はオレを遠くに投げ飛ばすことで逃げさせる算段なんだろう。オレは空中で縦に一回転し、地面に両足を付けて着地する。
「――なにをしている021!!」
白煙がおっさん奴隷の鼻と口を塞いだ。
「うっ、がはっ!?」
「……逃げられたらどうするつもりだ? そいつはいざという時、人質として使うのだ。次同じような真似をすれば……また調教からやり直すぞ」
『調教』
その単語を聞いた瞬間、奴隷二人の顔が青ざめた。
少女奴隷は動揺し、体をガタガタと震わせ、「いやだ……いやだ……」と汗を垂らしている。恐怖に歪んだ表情だ。
少女奴隷は両手を地に付ける。
「逃げないで……逃げないで!!」
氷が地面を伝ってオレに向けて広がっていく。
あの少女奴隷は氷魔術が得意なのか。
「――こんな胸糞悪い戦いは久々だな」
頭に血が上っていく。
面白くないな……あの野郎。屍帝戦を思い出させやがる。
高く飛び上がって氷を避け、
“月”の札を手に取り、呪文を唱える。
「封印」
地に転がった偃月を札に封印、
「解封」
偃月を解封。手に取り、魔力を込める。
――溜め2。
「飛べ!!」
空中で偃月を縦回転で発射。
偃月は少女奴隷に向かって飛んでいく。
「ひっ!?」
偃月にビビり、魔術を解く少女奴隷。
その隙に着地し、前へ走る。
偃月は少女奴隷の目前で軌道変更、奴隷商に向かって伸びていく。
「私が狙いか!? ――ちっ!!」
突然の軌道変更に対応できず、奴隷商は両腕をクロスさせ偃月を受ける。
偃月は両腕に弾かれるが奴隷商の服を破り、腕に擦り傷を与えた。弾かれた偃月は山なりに飛び、奴隷商の遥か後方に転がる。
「すまないっ!」
おっさん奴隷が立ちふさがる。
「ルッ――」
ルッタ、短剣を解封しようとして――やめた。おっさん奴隷の目が苦しそうだったから気が引けた。屍帝の時と状況は似ているが屍帝の時と違い、相手は生きている人間。それも善人……否応でも殺意は鈍る。
振るわれる拳、今度は加減はない。
威力は低いが速い左拳と、一撃が重いが遅い右拳。鮮やかな両手のコンビネーションを繰り出して来る。
赤魔の量はオレがかなり勝っている。接近戦のスキルで負けていても躱すのは容易だ。
「謝るのはオレの方だ」
右手を引く。
流纏は使えないが、形だけでも真似させてもらうぜ。レイラ……!
「ちょっと痛いだろうが我慢しろよ……!」
オレはレイラの流纏掌の動きだけを真似して、右手の掌底をおっさん奴隷のみずおちに炸裂させる。
「ぐふっ!?」
体内から空気を吐き出し、おっさん奴隷はうずくまる。
間髪入れず地を蹴り、奴隷商に向かう。
「ダメッ!!」
氷の破片を飛ばして来る少女奴隷。
破片を掻い潜り、少女奴隷の脇腹に加減した拳を横薙ぎで放つ。
「~~~っ!!」
痛みに悶絶し、少女奴隷は膝をつく。加減したが、少女には耐えがたい痛みだったか……!
「ほんっとうに胸糞わりぃ……!」
だけどこれで後はあのクズ野郎だけ――
「2分、経ったぞ……!」
ぐわん、と空間が歪むほどの魔力が奴隷商から溢れる。
「なんだ!?」
オレは突如出現した巨大な殺意を受け、足を止めた。
「クソが……使えねぇ奴隷共が。
俺の予定を狂わせやがって……!」
七三分けの髪が天に逆立つ。
白煙が渦巻き、突風が吹き荒れた。
「そこの奴隷共の尻穴は後でぶち抜く。当然テメェもだ小僧……!
俺の予定を乱す奴は何人たりとも許さん!!」
言葉遣い、雰囲気が丸ごと入れ替わる。
二重人格というやつか? ただ単に機嫌が悪くなっただけか。
どうでもいい。テメェの事情なんて知ったことか。
「情緒が不安定な奴だな……おい、ぶち切れてるのがテメェだけだと思うなよ……!」






