第九十話 ナラフ薬争奪戦
〈カルラ村〉は特に目を引く物はない農村だった。
本当に店があるのか? と不安だったが、村の中心の円形の広場には露店が並んでいた。
「へいらっしゃい。
どの薬をお求めで?」
「ナラフ薬を30本頼む」
「お! 羽振りのいいお客さんだな。
今日はデートかい?」
オレの隣に居るレイラを見て、薬屋のおっちゃんは言う。
レイラは無言で前髪を直し、顔を伏せた。
まったく勘弁してほしい。無駄に気まずくなった。
第一オレ達が本当に恋人同士だとして、その質問を受けてなにか面白いとでも思うのか? YESでもNOでもアンタとオレ達に得はないだろうに。
「全然違うよ。コイツはただの友人だ」
「はっはっは! そりゃそうだよな。
銀髪の嬢ちゃんに対して、あんちゃんはちーっと地味すぎるもんな!」
レイラの外見の華やかさに比べれば、オレなんてその辺の石ころに見えるだろう。そんなことは重々承知している。
だが他人に言われるとイラっと来るな。てかこのおっちゃん全体的にイラっと来るな。
「そもそも、こんなつまらない村にデートに来るわけがないか!
ほい! ナラフ薬30本! お代は85000ouroだ」
予想より5000ouro安い。
木箱に詰められた30本の瓶。
オレは紙幣を店のテーブルに置き、木箱を両手で受け取る。
「よし、行くぞレイラ――」
横を見ると、レイラはムスッと頬を膨らませていた。
店を離れつつ、レイラに声を掛ける。
「どうしたんだよ」
「あのおじさん、失礼だったね」
「ん? ああ、デートの件か。
そうだなぁ、オレみたいな奴が恋人だと思われちゃ迷惑だよな」
「違うよ! シール君を『地味』って言ったこと!
シール君は……地味なんかじゃない。わたしにとっては……」
照れて、レイラはまた顔を伏せてしまった。
変に気を使わなくていいのに、こっちまで照れてくる。
気を取り直して瓶の入った木箱を持って村を歩いて行く。
途中、レイラの提案で大樽を買うことにした。瓶のまま運ぶのは瓶が割れる恐れがあって怖いからだ。
樽を買い、そこに薬を全部ぶっこんで運んでいく。
村から出て野原を少し歩き、森を抜ければ例の洞窟だ。
「問題なく終わりそうだな」
「油断大敵だよ」
野原に足を踏みいれ、森に向かって歩く。
寄り道しなければ30分くらいで着く。寄り道をしなければな。
「待ちたまえ」
まだ森に入る前、野原の上でウザったい声が呼び止めて来た。聞き覚えのある声だ。
これからオレは、この声の主と対話するのだろうが結論は見えていた。……オレは間違いなく、この声の主と喧嘩する。
「その薬、どこへ運ぶ?」
「どうして薬だと?」
「君たちが薬屋で薬を買う姿を見たからな」
後ろを見ると、七三分け奴隷商とその仲間三人と首輪を付けた男女の奴隷二人が居た。
「巨人が『薬を買いに来ただけだ』と叫んで逃げる姿を部下が見ている。
その樽に入った薬は巨人に頼まれたものではないのか?」
「そうだ」
「シール君!?」
あっさりと認める。
服の袖をレイラが引っ張ってくる。
「……なんでバラしちゃうの!?」
「どうせバレてるよ」
さっき、ぱっと見60は居た他のメンバーが見当たらない……潜伏先、あの洞窟に差し向けているのだろう。なんらかの方法で尾行でもされたかな。
コイツらの狙いは薬で間違いない。薬が巨人に渡るとそのまま海に逃げ込まれる可能性があるからな。最悪仲間がバリューダを捕獲するまで足止めできればいいという考えか。
「その薬を手に入れれば巨人は海を渡ってしまう。
君たちをここから先に行かせるわけにはいかない」
「まぁそうなるよな」
「寄越せ、我々に薬を……」
レイラに樽を渡す。
屈伸して、手首のストレッチをして、レイラに指示を出す。
「走れレイラ。薬を届けろ。ソナタが守りに入っている以上、薬さえ洞窟に届けりゃ勝ちだ」
「シール君は?」
「オレはコイツらを足止めする。早く行け!」
「……わかった。きつかったら、一人二人は見逃していいからね!」
レイラは樽を持ち、赤魔を纏って森へ向かって飛び出す。
レイラを追って動き出す三人の奴隷商人。
「……通さねぇよ」
前に出て、まず弱そうな男二人を殴打で気絶させる。これで奴隷含め残り四人。親玉は動かない、奴隷二人も動かない。アイツらは後回し、レイラの背中を追う刺青大剣女に的を絞る。
「――はっははあ!
拳でアタシとやる気かい?」
大剣女は目に見えるレベルの赤魔を纏った。
――完全に侮った。
オレが出した右の拳を女は頭突きで受ける。
「つっ!?」
右手が痺れる――!
大剣女の左拳が腹に突き刺さり、オレの体を容易く空へ殴り飛ばした。
「ごほっ!」
大剣女は追撃はせず、レイラの後ろを追っていった。
立ち上がり、大剣女の背中を追おうとして足を止める。背後で三つの魔力が蠢いたからだ。
七三分け奴隷商。
オレよりも若い少女奴隷。
筋骨隆々のおっさん奴隷。
三人がオレに視線を集め、決して小さくない魔力を立ち昇らせていた。
「奴隷も魔術師か……!」
「さぁ行け。№021! 066!
あと2分以内に奴を仕留めろ。3時のおやつに間に合うようにな……!」
おっさん奴隷は赤魔を纏い、少女奴隷は緑魔の光を周囲に漂わせた。
奴隷商は形成の魔力から白い煙を形成し、煙で鳥の形を作って自分の周囲に舞わせる。
「煙の形成魔術……!」
無視できる相手じゃなさそうだ。
「悪いなレイラ、大剣女は任せたぞ……」
「舞え! 《カプノス・ヒエラクス》!!」
見るからに、それぞれの魔力はオレより低い。
それでも1対3。どれも侮れない魔力量……面倒だな。
“月”の札を握り、奴らと相対する。






