第八十八話 バリューダ
女巨人は右手に剣を持ち、立ち上がった。
女巨人は剣を振り下ろす。剣の進む先はオレの立っている場所だ。
「シール!? なにしているの! 動きなさい!!」
「シール君!!」
腰に手をつき、その場にとどまる。
巨人の剣はオレに当たる寸前で停止した。
「……なぜ避けない?」
「当たらないからさ。
お前、奴隷商と交戦して怪我を負ったんだろう。なのに、お前の剣にも盾にも血が付いていない。どれだけ傷つけられても手を出さなかった証拠だ」
「お前らは、私を追って来たのではないのか?」
「追っては来たが敵じゃない。
剣を置いてくれ」
穏やかな声色で言う。相手の警戒心を鎮めるため、両手を開いて見せる。
女巨人は肩から力を抜き、剣を置いて再び腰を地面につけた。
「まずは事情を聞かせてもらえないかな?」
ソナタがいつもの軽い口調じゃなく、騎士団大隊長として威厳の籠った声で聴く。
「――薬を……買いに来た。妹が病にかかったんだ。
その病を治す薬は私の住んでいる大陸では手に入らなかった。だから、この大陸に来た」
腕を組み、オレは聞く。
「病の名前は?」
「シルフ病だ」
「ソナタ先生、解説どうぞ」
「シルフ病はシルフの腐った死体から感染する病だね。
ガルシアじゃ簡単に手に入る“ナラフ草”から薬は作れる。薬の名前はそのまま“ナラフ薬”さ」
「じゃあお前はそのナラフ薬が欲しくてここまで来たのか」
「そうだ」
「でもナラフ薬は大陸間でトレードされてるはずだよ。
そっちの大陸でも売っているはずだ」
「高すぎて私では到底買えん。
現地なら200分の1の値段で買えると聞いた」
海一つ挟むだけで物品の価値は大きく変動する。
女巨人の話に嘘はないだろう。
「……甘く考えていた。
まさか、ガルシアの民にとって巨人がここまで怖い存在だとは。言葉すら交わすことなく、武器を構えられるとは思わなかった……」
「擁護はできないね。君の言う通り認識が甘すぎる。
君に武器を振るった人たちに罪はないよ。法を破ったのは君だ」
厳しい口振りで、一切の容赦なくソナタは言葉を並べていく。
「……騎士団大隊長として見過ごすわけにはいかない。
捕縛して、帝都に連行する。然るべき罰を受けてもらうよ。
奴隷商に捕まるよりは断然マシな扱いはされるはずだ」
「待ってくれ! それでは妹に薬を届けることが――」
ソナタは右腕の袖をまくり、魔力を体から放出する。
「――ッ!!」
女巨人は目を丸くする。
緑色のオーラが洞窟内に満ちる。
ソナタが威圧で放った緑魔は女巨人の戦意を容易く折った。
女巨人は諦め、目を伏せる――
「やめろソナタ」
オレはソナタの右腕を左手で掴んだ。
ソナタは魔力の放出を止めて、横目でオレを見る。
「……ごめんね会長。さすがに、ここは引けないよ」
「騎士団大隊長様だからか? お前、自分の本職がどっちなのか忘れたのかよ」
――『本職は吟遊詩人! 副職が騎士団さ!』
シーダスト島でソナタはそう言っていた。ソナタも今のオレの発言で思い出している事だろう。
「吟遊詩人ってのは歌で皆を笑顔にするんだろ。
無抵抗な女を痛めつけて、連れて行くのが仕事じゃないはずだ」
ソナタは愉快気に笑って隊列の一番後方まで下がった。
「やれやれ……君は本当にお人よしだよ。
ここで君の反感を買うのは得策じゃないね」
オレは全員の顔を見て、不満そうな表情をする奴が一人も居ないことを確認する。
「アンタ、名前はなんだ?」
「“バリューダ=アリエスト”だ」
「――バリューダ。“ナラフ薬”はオレ達が買ってくる。
お前はここで待っていてくれ」
バリューダは大きな瞳をパチクリさせる。
「私の……手助けをしてくれるのか?」
「ああ。そう聞こえなかったか?」
――バリューダは顔を歪めずに、涙を流した。
この地に来てからロクに話も聞かれずに、迫害されてきたのだろう。
はじめて、まともに話をすることができたのだろう。
彼女はこの洞窟内で、多分、命を落とすことを覚悟していた。
ゆえに、突然現れた希望に涙を流さずにはいられなかったのだろう……。
「私からも聞かせてくれ。お前は何者だ?」
一切躊躇わず、オレは答える。
「シール=ゼッタ。
――封印術師だ」






