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【WEB版】退屈嫌いの封印術師  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第四章 封印術師と巨人の戦士

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第八十八話 バリューダ

 女巨人は右手に剣を持ち、立ち上がった。

 女巨人は剣を振り下ろす。剣の進む先はオレの立っている場所だ。


「シール!? なにしているの! 動きなさい!!」

「シール君!!」


 腰に手をつき、その場にとどまる。

 巨人の剣はオレに当たる寸前で停止した。


「……なぜ避けない?」


「当たらないからさ。

 お前、奴隷商と交戦して怪我を負ったんだろう。なのに、お前の剣にも盾にも血が付いていない。どれだけ傷つけられても手を出さなかった証拠だ」


「お前らは、私を追って来たのではないのか?」


「追っては来たが敵じゃない。

 剣を置いてくれ」


 穏やかな声色で言う。相手の警戒心を鎮めるため、両手を開いて見せる。


 女巨人は肩から力を抜き、剣を置いて再び腰を地面につけた。


「まずは事情を聞かせてもらえないかな?」


 ソナタがいつもの軽い口調じゃなく、騎士団大隊長として威厳の籠った声で聴く。


「――薬を……買いに来た。妹が(やまい)にかかったんだ。

 その病を治す薬は私の住んでいる大陸では手に入らなかった。だから、この大陸に来た」


 腕を組み、オレは聞く。


「病の名前は?」


「シルフ病だ」


「ソナタ先生、解説どうぞ」


「シルフ病はシルフの腐った死体から感染する病だね。

 ガルシアじゃ簡単に手に入る“ナラフ草”から薬は作れる。薬の名前はそのまま“ナラフ薬”さ」


「じゃあお前はそのナラフ薬が欲しくてここまで来たのか」


「そうだ」


「でもナラフ薬は大陸間でトレードされてるはずだよ。

 そっちの大陸でも売っているはずだ」


「高すぎて私では到底買えん。

 現地なら200分の1の値段で買えると聞いた」


 海一つ挟むだけで物品の価値は大きく変動する。

 女巨人の話に嘘はないだろう。


「……甘く考えていた。

 まさか、ガルシアの民にとって巨人がここまで怖い存在だとは。言葉すら交わすことなく、武器を構えられるとは思わなかった……」


「擁護はできないね。君の言う通り認識が甘すぎる。

 君に武器を振るった人たちに罪はないよ。法を破ったのは君だ」


 厳しい口振りで、一切の容赦なくソナタは言葉を並べていく。


「……騎士団大隊長として見過ごすわけにはいかない。

 捕縛して、帝都に連行する。然るべき罰を受けてもらうよ。

 奴隷商に捕まるよりは断然マシな扱いはされるはずだ」


「待ってくれ! それでは妹に薬を届けることが――」


 ソナタは右腕の袖をまくり、魔力を体から放出する。


「――ッ!!」


 女巨人は目を丸くする。

 緑色のオーラが洞窟内に満ちる。

 ソナタが威圧で放った緑魔は女巨人の戦意を容易く折った。


 女巨人は諦め、目を伏せる――



「やめろソナタ」



 オレはソナタの右腕を左手で掴んだ。

 ソナタは魔力の放出を止めて、横目でオレを見る。


「……ごめんね会長。さすがに、ここは引けないよ」


「騎士団大隊長様だからか? お前、自分の本職がどっちなのか忘れたのかよ」


――『本職は吟遊詩人! 副職が騎士団さ!』


 シーダスト島でソナタはそう言っていた。ソナタも今のオレの発言で思い出している事だろう。


「吟遊詩人ってのは歌で皆を笑顔にするんだろ。

 無抵抗な女を痛めつけて、連れて行くのが仕事じゃないはずだ」


 ソナタは愉快気に笑って隊列の一番後方まで下がった。


「やれやれ……君は本当にお人よしだよ。

 ここで君の反感を買うのは得策じゃないね」


 オレは全員の顔を見て、不満そうな表情をする奴が一人も居ないことを確認する。


「アンタ、名前はなんだ?」

「“バリューダ=アリエスト”だ」

「――バリューダ。“ナラフ薬”はオレ達が買ってくる。

 お前はここで待っていてくれ」


 バリューダは大きな瞳をパチクリさせる。


「私の……手助けをしてくれるのか?」


「ああ。そう聞こえなかったか?」


――バリューダは顔を歪めずに、涙を流した。


 この地に来てからロクに話も聞かれずに、迫害されてきたのだろう。

 はじめて、まともに話をすることができたのだろう。


 彼女はこの洞窟内で、多分、命を落とすことを覚悟していた。

 ゆえに、突然現れた希望に涙を流さずにはいられなかったのだろう……。



「私からも聞かせてくれ。お前は何者だ?」


 一切躊躇(ためら)わず、オレは答える。


「シール=ゼッタ。

――封印術師だ」

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