第八十六話 相容れない存在
奴隷商は一度フォークを止め、オレの眼を見た。
「まず、君の名前を聞いてもいいかな?」
「断る」
腕を組み、突き放すように言う。
奴隷商は表情を崩しかけるが、すぐにビジネススマイルを浮かべて仕切り直す。
「君たちは見るからにやり手だ。手を貸してくれると――」
「断る」
「もちろんタダではない。君たちが巨人を見つけた暁には……」
「断る」
目の前の奴隷商が言葉を言い切る前に遮っていく。
「合理的に行動したまえ」
怒気を孕んだ声で奴隷商は言う。
「君たちが巨人を発見し、我々に居場所を教えてくれれば50000ouro、捕縛して引き渡してくれればその十倍の金をやろう。例え発見できなくてもなにかを求めたりはしない。受けることになにひとつリスクは――」
「断る」
「君は……私の話を聞く気があるのか?」
「ないってわからないか?」
奴隷商と一歩も引かずに睨み合う。
「――もう一度言う、合理的に行動したまえ」
またもや威圧的な言い方。
オレは半分呆れ気味に言葉を返す。
「金を稼ぐために最善を尽くすのがお前の『合理的な行動』なんだろう。
残念だったな、オレにとっての『合理的な行動』ってのは自分が楽しむために最善を尽くすことなんだ。
どんな報酬ぶら下げられようが、お前らのようなつまらん連中に付き合うのは――合理的じゃねぇんだよ」
「後悔するぞ」
「しねぇよ、絶対」
一瞥もせず、オレは奴隷商の横を通り過ぎる。
「シール君」
レイラが、なにやら照れた様子でオレを見上げていた。
「ありがとね。さっき庇ってくれて」
「ああ、気にするな。
お前は爺さんの孫娘だから、オレが是が非でも守らないと……」
「……。」
レイラは微妙な顔をする。
「――わたしがバルハ=ゼッタの孫娘だから、庇ってくれたの?」
「ん? まぁそうなるかな」
数秒の沈黙。後ろからソナタとシュラの「やれやれ」という声が聞こえた。
レイラはニコッと、どこか怖い笑顔で、
「ありがとね!」
「お、おう……」
なぜだろう、全然感謝されている気がしない。
---
渓谷の出口、狭い岩場でオレらは休憩する。
「それにしても、なんだったんだアイツら? 腹立つぜ」
「同感だよ。あの人間を値踏みするいやらしい目線……気に入らないね」
「アンタ騎士でしょ! あんなの見逃していいの!?」
「別に奴隷売買は不法じゃ無いからねー」
ディストールに居る時は気づかなかったけど、
中々に腐ってるな……この国は。
「巨人がこの大陸に足を踏み入れちゃいけないってのは初耳だったな」
「巨人と僕ら中人はこれまで何度も共存しようとしたんだけど、全部失敗に終わってね。体格の違いから価値観も何もかも大きく異なるから海で境界を作って、互いに干渉しないようにしたんだよ。逆に僕らがあっちの大陸に入ると同じような扱いを受けるよ」
小人、中人、巨人、獣人。
人類全てが仲良くするのは無理か。それなら、割り切って住む場所を分けるのも悪くない手かな。
「まだ巨人と中人が同じ大陸に暮らしていたころ、巨人が誤って中人を踏みつぶす事件が多発したって聞くわ。種族的に、絶対相容れない存在なのよ」
「シーダスト島に居た髭巨人は巨人とはまた別なのか?」
「髭巨人は巨人の死体を苔悪魔が乗っ取った姿よ。
でもシーダスト島のアレは明らかにサイズが大きかったわ。人魔になった影響ね。本来の巨人はアレの三分の一ぐらいの大きさよ」
「シュラちゃん、巨人見たことあるの?」
「一度だけ巨人の乗った船とすれ違ったことがある。
その時にチラッと見たのよ」
博識な奴が多くて助かる。疑問がすぐに解決してくれる。
「……。」
「気になるのか? ソナタ」
「まぁ、ね。騎士団として、巨人の大陸侵入はちょっと問題だ」
「動くのか?」
「さすがに、一人で動くのは難しいかな」
全員、さっきの連中のことが気になっている様子だ。
それでも誰も『女巨人を探そう』とは言いださない。当然だ、オレ達にとってこの一件に首を突っ込むことは何の利益も無い。集団として動く中で、善意や正義感で勝手に行動を起こすのはワガママというものだ。このパーティの共通の目的は帝都、そこ以外にはない。
だけど――
「アイツらが女巨人を見つけて奴隷にして、
儲けて万々歳……ってのは面白くないな」
ボソッと、風の音で消えるぐらいの大きさの声でオレは言った。なのに、仲間全員がオレの方を向いた。
「シール君、君がそこまで言うなら止めないよ」
「え?」
「やれやれ、会長はお人よしなんだから」
「は?」
「仕方ないわね……アンタに付き合ってあげるわ。
女巨人、探すわよ!」
「お前ら……誰かが言い出すの待ってやがったな」
これが言葉狩りというやつか。
『やれやれ仕方ない』という空気を放ちながら、仲間三人は肩を竦める。
どこか納得いかないが、まぁいいか……。






