第八十五話 奴隷商人
朝食を終え、再び帝都へ向けて歩を刻み始める。
「吟遊詩人、お前も帝都まで来るのか?」
「うん。そろそろ本部に顔出しておかないとね……招集命令二回も無視したから、騎士団長様カンカンだろうなー。シンファにも怒られるかなー」
あっはっは、と笑うソナタにシュラは冷たい視線を向ける。
「今更だけどさ、アンタ本当に騎士なの? どっちかって言うと捕まる側にしか見えないんだけど」
「そんなこと言っちゃ失礼だよシュラちゃん! ソナタさんは騎士団の中でも1、2を争う緑魔使いで、
親衛隊のシンファ隊士と共に“深緑”の称号を持ってる凄い人なんだよ!」
「いいよ! もっと褒めてレイラちゃん!!」
「はしゃぐなオッサン。鬱陶しい」
土を蹴り、藪を払って森を進む。
特に問題なく進んでいる。が、景色が変わらないから退屈だ。
「なーんか面白いモノないか?」
「アンタ、さっきも同じこと言ってたわよ」
シュラが呆れたように言う。
「だって、ただの森だぞ。昨日通って来た森と代わり映えしないただの森だ。
木に顔が生えたり、枝が触手みたいに動いたりしねぇかなぁ……」
右を歩くレイラがふわっと耳をなぞるように髪をかきあげる。
「――シール君! 滝の音だよ!」
「やっとか……」
滝エリアの景色は飽きないからな。ようやく、この退屈な森を抜けられる。
「なんだかんだ結構時間かかったな」
「シール、待ちなさい」
シュラの右腕が行方を阻む。
「どうした?」
「凄い数の人間の匂いがするわ。それも血生臭い」
「副会長じゃなくても、僕の鼻でも匂ってくるよ」
雑多な足音が聞こえる。
オレ達は滝の見える位置で木影に隠れる。すると滝の影から人相の悪い人間の群れが現れた。
首を右に左に右往左往。なにかを探している様子だ。
「隠れてても仕方ない。別にやましいことしてるわけじゃないんだ。
堂々と通り過ぎようぜ」
木影から出て、滝と滝の間の石の道を歩く。
オレに続いて3人がついて来る。
「――待て」
と、群れの先頭の女が正面から呼び止めて来た。
体中に紫色の刺青を入れた女性だ。スタイル抜群で、恰好も布地が少なくエロい。
ただシュラの言う通り匂いが最悪で、血と下水と香水が混ざったような気持ち悪い匂いが鼻を通り過ぎて脳を貫いてきやがる。
「アンタら、この辺りで女の巨人を見なかったかい?」
「見てねぇよ」
「本当だろうね? ありゃアタシ達の獲物だ、手を出したら承知しないよ。
見たらすぐに知らせな。わかったね?」
なんだこの女、偉そうにしやがって。
「女の巨人――ねぇ」
ソナタがオレの影から出て、前に足を進める。
「おかしな話だね。巨人はガルシア大陸に足を踏み入れちゃいけない、そういう条約のはずだよ」
「知ってるさ。だが来たんだよ、条約を破って女の巨人が」
「君たち……騎士団じゃないよね? どうして女巨人を追ってるんだい?」
「決まってんだろ、売るためさ。
アタシ達は奴隷商売専門のギルドだからね……」
奴隷か。
ディストールやマザーパンクには居なかったけど、この大陸では別に奴隷は禁止されていない。無論、奴隷の売買も不法ではない。
「女巨人は高く売れる。なんせこの大陸じゃ手に入らないからね。
加えて奴らはこの地じゃ人権が無い、捕まえちまえばアタシらの自由だ」
「ちょっと待ってください!」
レイラが納得いかない、と言う顔で口を出す。
「人権が無いからって寄ってたかって女性を追い詰めているのですか?
巨人の方になにか事情があるのかもしれません、然るべき機関を通して話を聞くべきです! 拉致まがいのことをするなんて間違っています!」
レイラの主張を、ギルドの連中は何一つ聞いていなかった。
奴らの視線はレイラの目ではなく、彼女の顔や胸、腰回りに集中していた。
――気にいらない視線だ。
「お嬢ちゃん、中々良い身体してるね」
「……!」
レイラも下衆な視線に気づき、顔を赤くさせて正面の女性を睨んだ。
「どうだい? 奴隷とまでは言わない、ウチの契約先にはそういう店もある。
嬢ちゃんぐらいの容姿なら、すぐトップに――」
「……ルッタ」
札から短剣を弾き出し、逆手に構えて女の喉元に添える。
「――発言には気を付けろよ下衆」
オレの師の孫娘に――
「舐めた口利くな……!」
「ほう、中々の殺気じゃないか……アンタ、よく見ると結構いい男じゃないさ」
女は背中の大剣に手を添える。
「やる気かい? この数を相手に……」
「雑魚の群れを恐れる必要がどこにある?
やっちまえソナタ!」
「そこは他人任せなんだね~、別に構わないけどさ。
――会長からの御指名だ。全力でいかせてもらうよ」
戦闘態勢に入る武装集団。
対応して構えるシュラ、レイラ、ソナタ。
一触即発の空気を、1人の男が切り裂く。
「――そこまでにしておけ、諸君」
高慢そうな男の声。声だけで他人を見下しているとわかる、嫌な発声の仕方だ。
コツン、コツン、とブーツの足音が近づいてくる。野蛮そうな顔ぶれが左右に散り、中央に七三分けの男が現れた。
貴族がダンスパーティーに着ていきそうな、胸元にフリルの付いたスーツ。長く白い靴下。恰好から何まで鬱陶しい存在感を出している。
「争いごとを私は好まない」
「誰だテメェ――」
「待ちたまえ! 話の前にランチの時間だ!」
貴族風の男は手を叩く。すると奴の背後から首輪を付けたオレより少し年下ぐらいの女子と同じく首輪を付けた筋肉質の髭を生やした男が現れた。女子は椅子を持っており、男は円卓を抱えている。二人共見るからに奴隷だ。
ガチャガチャと音を立てながら、彼らは机と椅子を設置。円卓に白い布を被せ、椅子を引いて貴族風の男を座らせる。運ばれてくるワイングラス、料理の乗った皿。
貴族風の男はフォークとナイフを巧みに使い、こんな自然のど真ん中で優雅に食事を始めた。
「すまないね。タイムスケジュールはきちんと守らないと気分が悪くなる性質なんだ。ランチは確実に12時に食べ始め、12時45分には食べ終わるようにしている。1分1秒ずらしたくないんだ」
だからってテーブルまで用意するか? 普通。
コイツのこの感じ……誰かに似てるな。誰だろう。この傲岸不遜で自分勝手で殴りやすそうな顔をしていて、どんな場所でも構わず椅子に座るウザったい奴……どっかの誰かに似ている。
「食事をしながらで失礼するよ。
交渉を始めよう。合理的に、簡潔に、優雅にね」






