第八十四話 朝食当番
“雲竜万塔”を越え、再び森林エリアに入ったところでオレ達は一度朝食をとることにした。
「さてと、なに作るかな……」
メニューを考えていると、レイラがツンツンと肩を突いて来た。
「シール君。わたしが作ろうか?」
「ダメ」
「どうして?」
パーティが全滅するからだよ! なんて言えないしな……。
「ジャンケンで決めよう。負けた奴が料理する。それでどうだ?」
「これからは全部わたしが作るから大丈――」
「料理当番が固定だと味に飽きちまうだろ。
アシュ、ソナタ。お前ら料理はできるか?」
ソナタは頷いた。
「できるよー、簡単な物ならね」
アシュは首を横に振った。
「……ま、お前は見るからに出来なさそうだもんな」
「シール。それはちょっと失礼。
もやし料理なら作れる」
胸を張ってアシュは言う。どっちみちもやしは無いから戦力外だ。
シュラは――味覚が無いから無理だな。
となると、オレとソナタと……レイラか。
三分の二、確率はこっちに分がある。
オレ達三人は拳を前に出した。
「頼む敗北の神様……! オレに力を――」
絶対に勝っちゃいけない勝負がそこにある。
「会長、必死だね~」
「ほら早く始めるよ。
じゃんけん……」
ポイ、とオレが出したチョキは二人が出したパーを切り裂いた。
「僕とレイラちゃんの負けだね」
「ソナタ、お前絶対負けろよ!」
「会長……そんなに僕の手料理が食べたいのかい?」
この野郎は事の重大さを理解していない。
トイレも何もないこの土地で、腹を下したらどれだけえげつないことになるか……。
『じゃんけん……』
ポイ、とソナタはグーを出した。
目を細めながらレイラの手を見る。レイラは――パーを出していた。
「あ、勝っちゃった」
「そうか。レイラの手料理食べたかったけど、残念だな……」
「僕が朝食の当番だね~早速取り掛かるよ」
なんとか腹の平穏は保たれたようだ。
そんなこんなで朝食はソナタの手腕に任せることになった。コイツはコイツで心配だけど、レイラより酷いことにはなるまい。
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レイラ宅の物置には調理道具も置いてあるらしい。
ソナタはレイラから鍋を受け取った。
「なにを作るんだ?」
「白身魚を叩いて、こねて、お団子にして、
森で採れた香辛野菜で味付けしたスープに入れようかなって思ってる」
良かった。ちゃんとした料理を作れそうだ。
「悪いけど枯れ木を拾ってきてくれるかい?」
「了解」
枯れ木か。
レイラかアシュに手伝ってもらおうと周囲を確認する。
レイラがいつの間にかいなくなっている。アシュに手伝ってもらうか。
「アシュ、手伝ってくれ」
声を掛けると、眠たげな目を擦りながらアシュは頷いた。
アシュを連れて枯れ木を探しに木々の間を歩く。
「昨日、アドルフォスとなにを話してたんだ?」
枯れ木を拾いながら、オレはアシュに聞く。
昨夜。シュラ、レイラ、ソナタはそれぞれ順番にアドルフォスと会話した。シュラはきっと呪いについてアドルフォスに聞いたのだろう。結果、アドルフォスがどう答えたか気になる所だ。
アシュが言うにはアドルフォスはまず、シュラにこう言ったそうだ。
『お前が一番欲しい言葉をくれてやる』
アドルフォスは続けて言う。
『呪いを解く方法は――存在する。
バル翁は何かを掴んでいた。詳細は知らないがな』
ずっと呪いは解けない、解く方法が無いと言われてきたこの姉妹にとって、アドルフォスの言葉はまさに一番欲しい言葉だっただろう。
「オレ達の夢が叶うのも、そう遠くないかもしれないな」
「夢?」
「カラス港で言っただろ。三人でミートパイを食べようってな」
アシュは緑色の瞳でオレを見上げ、ほんの少し笑った。
「シール、知ってる?
お姉ちゃんね……最近、影に居る時間が多くなったんだよ。
暇な時は影に居るようになった」
「お前にとっては迷惑な話だな」
ただでさえアシュは活動時間が短いってのに、シュラが意識して影に居れば余計にアシュの活動時間は短くなる。そういや、確かにシュラが表に居る時間が増えている気がする。今度注意しておくか。
「ううん、これでいいの」
とアシュは首を横に振る。
「昔は逆だったから。すぐに私と変わって、外に出たがらなかった。
――シールと会ってからだよ。お姉ちゃんが影に入るようになったのは」
「照れる話だな……」
「シールは初めて私たちの夢を肯定してくれた人だから、
特別なんだよ。私にとっても、お姉ちゃんにとっても」
呪解。それは常識上不可能だと言う。呪いは解けないモノだと誰もが思っている。
この姉妹は夢を口にする度、笑われたり、非難されたりしたんだろうな。
「シール、約束して欲しいの。
お姉ちゃんは弱いから……シールが守ってあげて。シールが命懸けで守ってあげて」
「シュラが弱い?
お前、今までなにを見て来たんだ。アイツは強いぞ」
祝福で強化された嗅覚、
祝福で強化された赤魔、
白魔による再生術。
メンタル面でもアイツが萎えているところは見たことが無い。
頼りになる奴だとオレは思っている。
「お姉ちゃんは……弱いよ。私じゃお姉ちゃんは守れないからシールに任せる」
アシュは強く発音して、枯れ木採集を再開した。
アシュが言っていることは正直ピンと来なかった。言っちゃなんだがシュラはアシュより強い。どっちかって言うと守ってあげないといけないのはアシュの方だ。
「心配しなくてもオレは命懸けで守るよ。
シュラも――お前もな」
アシュは驚いたような顔をする。
「その代わり、オレのことも守ってくれよ。
……オレ弱いから」
現在シール=ゼッタは泥帝戦で己の弱さを実感し、自己評価が低くなっているのだ。
「シール……最後ので台無し。
でも、うん。わかった」
呪いを解くこと。それはつまり、呪いが形を持った存在である再生者を殺すことにも繋がる。
この姉妹の夢を叶えることができたなら、封印以外の方法で奴らを排除できる可能性が生まれる。
「……他人事じゃないんだよなぁ」
それにしても、さっきから拾う木拾う木全部湿ってやがる。
「この辺の木は湿ってるな……もうちょい場所を変えよう」
森の奥へ進んでいく。すると向かい側から銀髪の少女が歩いて来た。
「レイラ?」
「えっ!? シール君!?」
「なにをそんな驚いてるんだ?」
レイラはリンゴか、ってぐらい顔を赤くして目を逸らした。
レイラの顔には焦りがある。間違いない、なにか隠し事をしている。
だが紳士たるオレは女子の秘密を暴こうとはしない。ここはスルーして真っすぐ奥へ進もう――と、足を進めるとレイラが服の裾を掴んできた。
「――ダメ」
「は?」
レイラは声を震わせて、もう一度「ダメ」と言ってくる。
「枯れ木を集めてるんだ。邪魔しないでくれ」
「そっちは……ダメ」
「どうして?」
「それは……」
レイラの手にはハンカチがある。手には水滴……川で手を洗って来たのか?
飯の前だから……じゃないな。
レイラは下唇を噛み、視線をオレと合わせようとしない。これは恥じらってる表情だ。
加えてオレには言えないようなこと――
全ての情報を統合し、紳士たるオレは答えを導き出す。
「あぁ、わかったぞ!
お前、この先でウン――ごはぁ!?」
腹部に突き刺さる流纏の掌底(加減あり)。
たまらずうずくまり、枯れ木を腕から落とす。
「――ここから先に行ったら、こ、殺すからね……!」
そんな物騒な言葉を残してレイラは去っていった。
柔らかい手がオレの背中をさする。
「シール、デリカシー大事」
「……そうだな」






