第八十二話 伝言
「ただいま」
無事、再生者を封印したオレは“雲竜万塔”の頂上――もとい、アドルフォスの住居へ帰って来た。
真っ先にオレを迎えに来たのはシュラだった。
「おかえりなさい。なにしてたの?」
アシュはシュラと交代したようだ。気づけばもう太陽は完全に沈んでいた。
シュラ達にオレが経験したことを説明すると、まずソナタが驚き混じりの笑みを浮かべた。
「再生者をあっさりと……噂以上だね、アドルフォス君」
アドルフォスはどこか浮かない顔をしている。
「彼は一体なにを落ち込んでるんだい?」
「大事な剣を無くしたんだと」
「――大事じゃない。
元々の持ち主は大嫌いな野郎だったから、むしろ無くなってせいせいしている」
強がってる……。
「お前ら、全員俺に話があるのか?」
シュラ、レイラ、ソナタ。全員が頷いた。
「中には聞かれたくないこともあるだろう。
一人ずつ呼ばれた奴からこっちに来い。面談をしよう」
「悪い、オレは明日でいいかな?
ガーディアンと泥帝の連戦でクタクタなんだ……もう飯食って寝たい」
「構わない」
シュラ、レイラ、ソナタはそれぞれ個人的にアドルフォスと一体一で会話した。オレは六本腕の怪物と泥帝との連戦で疲れ切っていたため、会話に加わることなく、一人でテントで眠った。
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目を覚ますと、まだ辺りは暗かった。
深夜。隣ではソナタがいびきをかいて眠っている。
まだ眠気が残っているが、ソナタのいびきが静まるまで外で時間を潰そう。
テントを出て背筋を伸ばし、周囲を確認すると端の方で人影が一つ座り込んでいるのが見えた。
「まだ起きてるのか?」
人影――アドルフォスに歩み寄り、声をかける。
「そいつは……」
アドルフォスの正面にあるのは四つの墓だ。
「俺の、元パーティメンバーの墓だ」
寂しげな背中でアドルフォスは語る。
「ヴァンスは力持ちで頼りがいのある、皆の兄貴分だった。
セレナは面倒見が良くて落ち着いていて、俺にとって姉のような存在だった。
フィルメンは博識で、よく本の話をしたな。
そして、ルースは……」
そこでアドルフォスの言葉が止まった。
「アンタぐらい強くても、仲間を守れないんだな」
「コイツらが死んだ時、俺は弱かった。
いつも、みんなに守られていた。全て失ってからだ、俺が強くなったのは。
仲間を失って、半ば自暴自棄になって、死に場所を探すように冒険を始めた時――俺はバル翁に出会った」
アドルフォスは晴れた顔で、空を見上げる。
「バル翁が俺に教えてくれた。
どれだけ過去が暗く、悲しく、絶望に満ちていようとも、
人生を楽しまなくていい理由にはならない――ってな」
「ははっ!
爺さんらしいな……なぁアドルフォス。爺さんがアンタに伝え忘れたこと、伝えるよ」
「伝え忘れたこと?
再生者の情報とかか?」
「そんなんじゃないよ」
そう、そんなんじゃない。
大した言葉じゃない。
きっと、口にしなくても伝わっていることだ。
「『君との冒険は楽しかった』。だってさ」
たったそれだけ。たったそれだけの言葉を受けて、
アドルフォスは顔を伏せ、右手で目元を隠した。一筋の雫が、ポタリと落ちた。
「ああ……。
俺も、アンタとの冒険は楽しかったさ……!」
三年間、アドルフォスは爺さんと旅をした。オレの約六倍の時間一緒に居たんだ。
アドルフォスの頭の中では爺さんと冒険した各地の思い出が巡っているのだろう。
――少しだけ、羨ましくも感じる。
アドルフォスは右腕で目元を拭い、顔を上げた。
「シール=ゼッタ。
お前の仲間から聞いたが、お前はバル翁の未練を晴らすために冒険しているらしいな」
「半分はそうだな。もう半分は単純に面白い景色が見たくて冒険している。
この塔から見る景色のようにな」
オレはポケットに手を突っ込み、牢屋での出来事を思い出しながら語り始める。
「……爺さんがさ、言ったんだよ。
『自分の人生は100点満点中80点だった』ってさ。
オレは爺さんに生き方を教えてもらった。その恩返しに爺さんがやり残した20点を埋めてやりたいんだ。
生き方を教えてもらったから、生き様で返したい。それだけなんだ」
アドルフォスは「俺も同じだな」と呟く。
「俺もバル翁に貰ったモノを返したいから再生者を探している。
バル翁の未練、その内の一つに再生者は入っている。バル翁は再生者を封じることを最後の使命だと言っていたからな」
「やっぱそうか。そうだよな……」
「あとバル翁に未練があるとすれば……そうだな、バル翁はよく呪いの里を気にしていた」
「シュラの故郷か?」
「呪いの里〈フルーフドルフ〉。
そこに居る誰かを気にしていた。俺が思い当たるのはこれぐらいだな」
「さて」とアドルフォスは言葉を繋げる。
「俺はバル翁の跡を継いで再生者を捕まえる。
お前はどうする?」
オレは頭を掻き、ため息をつきながら返答する。
「さすがに、あんな化物共の相手してられっかよ」
「……そうか」
「だけど、まぁ……」
それが爺さんの未練だって言うのなら――
「目に付いたら片付けておいてやるよ。――暇つぶしにな」
「素直じゃないやつだな」
「アドルフォス、オレと一緒に旅しないか?
ボッチだろ、今」
アドルフォスは首を横に振った。
「俺は一人じゃない、ずっとコイツらと一緒に居る」
そう言って、アドルフォスは“Ruth”と刻まれた墓を撫でた。
「お前が俺の横に立てるぐらい強くなったら、
喜んでパートナーになってやる。今はまだまだだな」
「アンタの横か……何十年後になるかな」
「安心しろ。そう、遠い話じゃないさ」
アドルフォスはオレの目をジッと見て、顔を伏せて自分の寝床へ歩いて行った。
アドルフォスという男は不思議なオーラを持っていた。猛々しい存在感を放ちつつも、胸の内は静かで凪いでいる。どこか、爺さんに似ている。
兄弟子ってわけじゃないが、オレにとってアドルフォスはそんな感じの存在になっていた。
「二度寝するか……」
オレはテントへ戻り、ソナタのいびきが止んでいる内に眠りについた。
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朝、目を覚ますとオレらは塔の下の地面に寝っ転がっていた。
起きて受付嬢に話を聞くと、
「アドルフォスさんが皆さんを運んできましたよ~」
爺さんを貶めた相手に心当たりがないか聞きたかったけど、まぁいいか。この塔に居るんじゃ事件に関して大した情報は持って無さそうだしな。でも、
「一宿一飯の礼ぐらい言わせろって」
「そういうの苦手ですからね、あの人。
だから何も言わずに運んだんだと思いますよー」
「あ、あの受付嬢さん。
このピアス、アドルフォスさんに渡しておいてくれますか?」
レイラはピアスを一個、受付嬢に渡した。
「どうしてピアスなんか……」
「ただの保険。気にしなくていいよ」
ソナタとアシュが森でオレとレイラを待っている。
オレは塔の上をチラッと見て、二人の方へ歩いて行った。
――アドルフォス=イーター。
爺さんのラストパートナー。
ここでアイツに会っていたことが、後々オレの人生を大きく左右することになる……。






