第八十話 万物を喰らう者
なにやってんだろうなぁオレは。
オレが行ったところで出来ることなんて限られている。
だけど、胸の内にある好奇心が前に進めと言っている。
泥帝までの距離は200~300m。周囲に泥はなし。ここならギリ泥帝の攻撃に反応できる。
手札はなにを使うか、
泥帝は触れた物を泥にする力を持っている……ルッタ、獅鉄槍、偃月は触れた瞬間に泥に変えられる恐れがある。戦いがどれだけ長引くかわからないからオシリスオーブも無しだな。ならば、選択肢は一つ。
「――“雷印”、解封ッ!」
“雷”の札から長弓を出し、手に持って構える。
「えーっと、確か緑魔を込めると……」
弓に形成の魔力を込めると、矢の形した雷が形成され、弓に装備された。
弓の弦を適当に鷲掴みにして引く。すると雷の矢もちゃんと後ろに引かれた。
「……弓使ったことないけど、構えが間違ってるのはわかる」
まぁいい。飛んでくれればOK。
矢の軌道は山なり。そこだけ意識してオレは弦を放し、雷矢を放った。
だがしかし、矢は山なりに飛ばす、まっすぐ進んでいった。想定していた軌道を大きく外れ、矢は空を飛ぶ泥帝に向かわず、あらぬ方向へ飛んでいった。
仕方ない。最初は外れること前提。矢がまっすぐ行くってわかれば次当てるのは簡単だ。
――ここで、思わぬ事態が起きる。
そのまま虚空に雷矢が消えてくれればそれでよかったのに、竜翼を生やした影が雷矢の行き先に現れた。
「やべっ!?」
「……っ!?」
雷矢がアドルフォスに偶然当たる。
アドルフォスは無傷、だが一瞬矢に気を取られ、拳を巨人サイズまで膨らませた泥帝に殴り飛ばされた。
アドルフォスは鉄でガードしたが、その身を大きく吹き飛ばされ、オレの正面の地面に突っ込んだ。
膝をつき、アドルフォスはゆっくり深呼吸したあと、オレの方を向いた。
「……使い慣れていない武器を使うな……!」
「すまん、マジですまん」
アドルフォスは再び飛んでいく。
さて、どうするか。いやしかし、泥帝に有効打を与えられるのはこの弓しかないんだ。
考えはある。オレが唯一アドルフォスの手助けになる考えが。
「もうちょい近づくか……」
さっきので弓の感覚は掴めた。
次は当てれる……気がする。
距離150。
狙うは泥帝、その顔面だ。
「行け!」
オレは片膝をつき、弦を引いて放つ。
矢は真っすぐ伸びていき泥帝の顔面に当たった。
「なによ、雷……!?」
「二度目でヒット。
天才的だな……オレ」
泥帝は無傷。しかし動きは止まる。
アドルフォスは旋風の魔術で泥帝の体を裂いた。
泥帝は再生者、すぐさま体を再生させる。オレは再生のタイミングを見て、再び泥帝の顔に矢を当てる。
矢は顔に当たると雷光を放ち、散る。ダメージはゼロだ、でもそれでいい。
「うざったい……!」
アドルフォスはオレに一瞬視線を送り、口角を少し上げた。
「――なるほどな」
アドルフォスはオレの意図がわかったようだ。
ダメージが無いのは百も承知だ。この弓、訓練用って言うだけあって威力は滅茶苦茶に低い。多分、オレが喰らっても大したダメージにはならない。
驚くことに、欠点はそれだけだ。
訓練用のため、どんな人間にも扱えるように配慮されている。消費魔力は下の下で、いくら撃っても魔力が無くなる気がしない。矢の軌道は風の影響を受けず、弓が下手な人間でもきちんと標的にヒットするようになっている。
素晴らしいのはここからだ。矢が弾けると同時に雷光を散らすため、対象の視界を塞ぐ。着弾時の雷音も凄まじく、相手の聴覚を封じてくれる。
相手を破壊するためじゃなく、相手の足止め・撹乱をするための武器として、この雷印は素晴らしい性能を誇っている。下手な伝説の武器より、オレにはよっぽどあっているな。
「そらそらそら!」
矢を泥帝の顔面にひたすらヒットさせる。
泥帝が怯んだ隙にアドルフォスが奴の体を削る。
これを繰り返し、泥帝の魔力が尽きるのを待つ――我ながら、鬱陶しいことこの上ないな。
「邪魔するなぁ!!」
泥帝がオレのちょっかいに苛立ち、こっちに殺意を向けてくる。
――それは悪手だろうに。
「……おい、再生者。
俺を無視する余裕があるのか?」
渦巻く青魔を右手に宿して、アドルフォスは掌底を泥帝に繰り出した。
「――流纏掌ッ!!」
「アドルフォスゥゥ!!!!!!!」
泥帝はぶっ飛び、500mほど先の地面に体を打ち付けた。
おいおいマジかアイツ、流纏まで使えんのかよ……! しかも言っちゃなんだがレイラの使っている流纏とは規模が違う。青く渦巻いた魔力はそこらの一軒家ぐらいなら飲み込む大きさだった。
そうか、爺さんは封印術師であり流纏の使い手だったって話だ。爺さんと旅してたんだから、流纏を学ぶ機会はいくらでもあったよな。
「うお! なんだ?」
アドルフォスが泥帝を追撃しようと翼を動かした時、オレの四方を囲むように泥が湧き上がった。
湧き上がった泥は五つの塊となる。
――ゴーレムだ。
周囲に巨大な泥の人形が五体、形成された。
「くそっ! 厄介だな……!」
オレは空を飛ぶ竜翼の男に視線を送る。
アドルフォスが翼を止め、挑発するような目を向けてきた。
“助けは要るか?”
口にはしていないが、ハッキリとアドルフォスは目でそう語ってきた。
「あの野郎……」
舌打ち交じりに、オレは人差し指を前に向ける。
「舐めんな! コイツら程度オレ一人で十分だ!!」
アドルフォスは薄っすらと笑い、目線を泥帝に戻して滑空する。
さて、ゴーレムたちをどう処理しようか。
ルッタ、火力不足。獅鉄槍、火力不足。雷印、火力不足。
選択肢は三つ。オシリス&偃月か、オシリスだけか、偃月だけか。
ここでオシリスを切るのはリスクがデカい。選択肢は一つ。
オレは弓を地面に投げ、“月”の札を手に取り、武器の名を呼ぶ。
「来い! ――“偃月”ッ!!」
巨大なブーメランを呼び出し、両手で握る。
――『溜め2ならばゴーレムすら破壊する威力を発揮し……』
どこぞの犬がいつかそう言っていたはずだ。
「信じるぞ、ガラット」
溜め1、白い蒸気が上がる。
溜め2、蒸気に赤い火花が混じる。
溜め3、蒸気の色が真っ赤に変わる――
「いっけぇ!!」
オレはブーメランをゴーレムの群れに投げる。
偃月は弧を描き、五体の内四体のゴーレムの胴を斬り裂いた。
しかし最後の一体には当たらなかった。
避けられたわけじゃない。他のゴーレムに当たった衝撃で偃月が徐々に想定していたルートから外れていったのだ。
「ちっ」
堅い物体に当たると思った通りに進まないな。この辺りは仕方ないか。
まぁいい。ルートから外れたなら無理やり修正するまで――
「おらっ!」」
オレは黄魔の鎖を右手から伸ばし、回転するブーメランに繋げる。
「そうらよっと!」
ブーメランを黄魔の鎖で無理やり軌道変更させ、来た道を戻らせる。残った一体のゴーレムの腹部を横から一閃。
横回転で戻ってくるブーメランをキャッチする。赤魔をごっそり持ってかれたな……もう赤魔の残りは限りなく少ない。
「――“封印”」
偃月を札に封印。
よし、これでまた雷印で援護を――
「……!?」
心臓を貫く寒気。
感じたことの無い、激しい殺意。
「アナタ――今、封印したわね……」
空を飛ぶ泥帝が、顔面を歪み崩しながらオレを睨んでいた。
鬼の形相――先ほどまでの美しい女性の顔はなく、目は六つ、口は三つの怪物の顔だ。
己の死の情景が無数に浮かぶ。実際、彼女の頭の中には無数のオレの死に様が浮かんでいるのだろう。
息ができない。汗が止まらない。
焦るな……計算通りだ。敢えて、オレは奴に見えるように偃月を封印した。
アドルフォスは言っていた。泥帝は20年前に爺さんに封印されたと。
ならば屍帝と同じく封印術を見たことがあるはずだ。オレが封印術を披露すればすぐにわかる。
再生者ほど封印術を恐れている者はいない……さっきまで眼中にも入れず、うざい蠅程度に思っていたシール=ゼッタという人間が途端に強大な存在へと変わる。目の前にアドルフォスが居ても、奴の意識はオレに向く。
――そこがチャンス。しっかり感じ取れよラストパートナー。決め時だ。
「封印したわねぇ!!?
お前、おまえぇ!!!
封印術師かぁ!!!!!!」
ゆっくりと呼吸を戻し、オレは表情を緩める。
「学習しろ馬鹿。
よそ見禁物だっての」
青き魔力が泥帝の体を包み込んだ――
「流纏ッ!!」
青魔が渦巻き、泥帝の全魔術がキャンセルされる。
無防備になった泥帝の背中にアドルフォスの右蹴りが刺さった。
「また……また流纏かぁ!!」
「飽きたか? なら対応してみろ」
泥帝は地面に突っ込む。
アドルフォスはオレの側に飛び降りて来た。
「……黄魔の量だけは一級品だな」
「『だけ』は余計だ」
「武器の使い方もよかった。相手の嫌がることを心得ているな。
――良いサポートだったぞ」
アドルフォスはオレの背を叩き、清々しい顔で言ってきた。
――くそ、ムカつくが嬉しい。
「覚えておけ封印術師。
再生者は破壊し続けると再生速度を遅くする」
見ると、確かに泥帝は徐々に体を再生させる速度を落としている。
「再生速度は奴らの残存魔力量を示す。
終わりは近いぞ」
「それ聞いて安心したよ……さっさと決めてくれ」
「ああ。奴はそろそろ出すはずだ。奥の手を。
――真っ向から叩き潰して終わりにしてやる」
泥帝の背中に六つの翼が形成される。
泥帝は雲よりも高く飛び上がり、右腕を天に掲げた。
「“我が胎を食い破り、産まれよ万物の生命!
地を這う全ての命に災厄の産声を浴びせ給え”ッ!」
遥か上空からも聞こえるほど、大きな声で泥帝は詠唱した。
彼女の魔力が天に溶け、空に浮かぶ雲が円形に変形する。
変形した無数の雲は、火・水・土・風、数えきれない種類の属性の魔力の塊を生み出した。
「――色装、“漆”!」
さらにその全ての魔力の塊に黒い魔力が纏われる。
「獄の門、三番! “インフェルニティゲート”ッ!!」
世界の終わりを思わせるほどの破壊の塊が、雨のように大量に生み出され、この大地に向かって降りて来た。
「アナタたちは今! ここで! 確実に葬るっ!!
まとめて消え失せなさいっ!!」
頭の中は冷静だった。
きっと、奴はこれを超える技を出してくれるに違いない。
「“獄の門”は奴ら再生者の奥の手。
残存魔力を全て費やし放たれる。規模・威力は他の魔術の比じゃない」
オレは横に居る男を見た。アドルフォスは――
「ようやく、その高度まで上がったな……!」
アドルフォスは、笑っていた。
「お前が万物を生み出すなら、俺はその悉くを喰いつくすまでだ」
アドルフォスは左腕の包帯を解き、白銀の左腕を空に晒し、天高く浮かぶ泥帝に掌を向ける。
「よく見ておけ、封印術師。
お前の師が戦っていた世界を……」
鉄の左腕、その先に竜の顎を作り出し、炎の塊を顎の先に練り始めた。
練り固まった炎の塊に四色の波動を混ぜ、凝縮させる。鉄の左腕は更に変化を遂げ、羽や翼や人の腕の形をした緑色の液体、鉄の棘が生え混ざる。
形成の魔力で作り出した色々な物質を混ぜ、凝縮。混ぜて、凝縮。混ぜて、凝縮――
「これが」
――爺さんの相棒を務めた、魔術師の本気……!
合成、凝縮を数え切れないほど繰り返し、出来上がったのは底の見えない漆黒の球だった。
「色装、“漆”。
合成獣砲――〈マグライ〉」






