第七十七話 アドルフォス=イーター
暗い赤髪、両耳にピアス。腰には形成の錬魔石が埋め込まれた杖。
間違いない。アドルフォス=イーターだ。
ん? 火山で使っていた形の変わる錆びた剣は見当たらないな……。
「……。」
アドルフォスは塔の頂上、そのちょうど中心に降り立って、全体を見渡した。
荒らされた食料、口に食べかすを残したアシュ。
状況を見て、アドルフォスは杖を構えた。
「――盗人か」
「否定はできないが待ってくれ」
両手を挙げて交戦意思がない事を訴える。
それでもアドルフォスは警戒を解かない。まずいな、緊張感が高まってきてやがる……。
なにかこの状況を和ませることが起きないか――と考えていると、ポチャンとアドルフォスの肩に白いドロッとした物が落ちた。
「げっ」
鳥の糞だ。
頭上を見上げると何匹かの鳥が隊列を組んで空を飛んでいた。
鳥の糞を受けてもアドルフォスは眉一つ動かさず、視線をオレ達へ戻した。
「お前ら――」
今度はぶちん、と何かが切れたような音がアドルフォスの言葉を遮った。
音のした方、アドルフォスの足元を見ると、アドルフォスの右の靴紐が千切れていた……。
「だ、大丈夫か?」
「……気にするな。不幸はいつものことだ」
よく見ると、そこはかとなく幸の薄い顔をしている。
アドルフォスは杖を下ろし、腕を組んだ。武器を下ろしてもその瞳にはまだ警戒の色がこもっている。
「そこの白髪」
レイラは「わたし?」と自分に指をさす。
「お前から懐かしい匂いが微かにする。
もうあるはずのない匂いがな……何者だ? 名前は?」
「れ、レイラ=フライハイトです……」
レイラが名乗ると、アドルフォスは「フライハイトだと?」と眉を動かした。
「バル翁の孫娘か……!」
「は、はい」
アドルフォスはその情報を聞いて完全に警戒を解いた。
この頂上広場の隅からイスと机を持ってきて並べる。
「――よく来たな。
座ってくれ。話を聞きたい」
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円卓に並べられた五つの木椅子。
椅子に座り、待っていると水とさっき食べた干し肉が用意された。
アドルフォスも席につき、ようやく話の準備が完了した。ちなみにアドルフォスのコートと靴は新しくなっていた。何着も同じのを持ってるんだろうな……。
「……。」
コイツが爺さんのラストパートナー……最も爺さんと長く組んだ男であり、爺さんが最強だと認めた奴か。
まだ二十歳かそこらだよな。人を選ぶタイプだが、顔は整っている(幸は薄そうだが)。
異様な圧力を感じる。
まるでドラゴンと卓を囲んでいる気分だ。
「これ、なんのお肉?」
アドルフォスに対し、アシュは何の遠慮もなく干し肉を食べながら話しかけた。
「竜の肉だ」
「へぇー」
アシュの動きが止まる。
おい待て。コイツ、いまとんでもないこと口走ったぞ。
「――本気で言ってるのか?」
「ああ。竜の尻尾肉だ。竜の部位の中で最も柔らかい」
確かマザーパンクでレイラは言っていたな、塔に住む仙人は魔物を食べると――!
「おいおいおい……!?」
「アシュちゃん! 今すぐペッてして! ペッて!」
「もうダメ……胃に吸収済み」
「お、お前! 魔物は食っちゃダメっていう世界共通の常識を知らねぇのか!?」
「正確には魔物が孕む瘴気を食べちゃダメなんだ。
瘴気さえ取り除けば、魔物は食える」
「え? そうなのか?」
「魔物を調理するのはすっごく難しいって聞くけどねー」
ソナタは知っていた様子だ。
「俺の調理は完璧だ。
一切瘴気は残っていない。
魔物の内にある瘴気、それが一定以上体内に溜まり、結晶を作り出した時、人は魔人になる。
ちなみにこの時できる結晶は錬魔石によく似た物だ」
アシュとレイラはホッと胸を撫でおろした。
「魔物は瘴気さえ取り除けばそこらの動物より遥かに美味なのが多い」
アドルフォスは一度席を離れ、一冊の本を持って戻って来る。
「これをくれてやる。魔物の調理法が載ったレシピ本だ」
――魔物調理大全集を手に入れた。
興味深い。後で読み込もう。
「いやぁ、お初にお目にかかるよアドルフォス君」
「ソナタ=キャンベルだな」
「あれ、僕のこと知ってるんだ」
「さっき受付の召喚獣から報告があった。騎士団の大隊長が来てるってな。
先に言っておくが、俺はお前ら騎士団に協力はしない。どんな事情があろうともな。
騎士は反吐が出るほど大っ嫌いだ」
なにを言うより前に釘を刺され、ソナタはガックリと肩を落とした。
「……そっちの金髪、お前からは全く別の人間の匂いを色濃く感じるぞ。
一人、二人――三人。お前からは別々の三人の匂いがする」
次にアドルフォスはアシュに視線を移した。
三人の匂い……?
アシュとシュラと……そうか、シュラは昨日レイラと同じテントで寝たからレイラの匂いも付いてるのかもしれない。
「二人の間違いじゃないか?
アシュは太陽神の呪いっていう……」
「太陽神の呪い子!?
驚いたな……見るのは初めてだ」
知識として、太陽神の呪いのことは知っていたみたいだな。
屍帝もパールもアシュラ姉妹の呪いについては知っている様子だった。オレが常識知らずなだけで太陽神の呪いってのは案外有名なのかもしれない。
「バル翁の孫娘、騎士団の大隊長、太陽神の呪い子ときて、最後はなんだ?」
アドルフォスがこっちを見てくる。
「あぁ、オレのことか」
なんだかすげー期待度が上がってる気がする。
オレはこの上がり切った期待を越えることができるだろうか。
一抹の不安を抱きながら、オレは自己紹介する。
「オレはシール=ゼッタ。バルハ=ゼッタの弟子で――封印術師だ」






