第七十六話 秘伝の錬色器
『おっめでとうございまーす!』
またもや軽快な女性の声。
召喚された蝙蝠型召喚獣が部屋の中心を飛び回る。
『君たち凄いね! 強い強い!
おっどろいたよ~! これほどの才覚の持ち主が私の情報網に引っかかっていなかったなんて~』
コイツ、誰かに似てると思ったらアレだ。どこぞの吟遊詩人に似てやがる。道理でイラつくはずだ。
『ズルはしたけど、修復機能付き“ロッピ”ちゃんを倒せたから許してあげる。
報酬の錬色器もあげるよ!』
「秘伝の錬色器ってやつか!」
『そ・の・ま・え・に!
上に行った二人と君たち二人、計四人分の挑戦料を地面に置いてね』
挑戦料500ouro×4
計2000ouroを地面に置くと、空を飛んでいた蝙蝠召喚獣が口を開けて金を飲み込んだ。
『ゴクン!
うん、確かに受け取りました!』
ついに来るか、秘伝の錬色器……!
『いでよ! 秘伝の錬色器!!』
――光が部屋の中央に差し込まれた。
見上げると、白い光に包まれた黄色の長弓がゆっくり回転しながら地面に降りてきていた。
弓の中心には小さな緑色の錬魔石が埋め込まれている。
「おぉ……」
この演出は少年心を奪う。
空想の中の伝説の武器の登場シーン、そのものだ。
「――ん?
この弓……“雷印”だね」
『……。』
蝙蝠から『やば』と声が漏れた。
「知ってるのかレイラ?」
「うん! よく緑魔の感覚を掴むために使われる訓練用の錬色器だよ!
魔力を込めると雷の矢が形成される。後は普通の弓と同じで弓を引いて矢をうつだけ。
印シリーズは雷印以外にも、炎印とか水印とかあって、種類によって矢の属性が変わるんだ」
「へぇ~、つまり、ありふれた武器ってことだよな?」
レイラは頷く。
オレは疑惑の視線を蝙蝠召喚獣に向けた。
「……秘伝の錬色器、ってのはまさかコレのことじゃねぇだろうな?」
問いに答えることなく、蝙蝠召喚獣は光の粒となって四散した。
「……少年心を弄びやがって」
「まぁまぁシール君、錬色器貰えただけよかったでしょ」
とりあえず、持っておいて損はなさそうだから雷印を“雷”と書き込んだ札に封印した。
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螺旋階段を上がり、扉を開けると突風がオレらを襲った。
扉の外には小さな石の足場だけが続いている。一人だけギリ立てるぐらいの足場だ。
石の床に乗り、扉の上の外壁を見るとロープが吊るしてあった。ロープを掴んで登るとようやく塔のてっぺんに辿り着いた。
塔の頂上は生活感に溢れていた。紐に干された洗濯物、ベッド、露店で使うような簡素なキッチンもある。
後は……なんだ? 外側に墓みたいな石の塊が四つ並んでいる。左から順に、“Vance”、“Serena”、“Filmen”、“Ruth”と刻まれている。
「うま、うま」
「あ! ようやく来たねー。会長、レイラちゃん」
ソナタとアシュはなにやら食べかすを散らかしていた。頂上の隅に置いてある木箱を開け、中にある食料を漁っている。
アシュは両腕一杯に干し肉を持って、むしゃむしゃと食べながらこっちに寄って来た。
「……オレらが死闘を繰り広げてた時に、テメェらはなにやってたんだ?」
「いやー、助けようと思って200階の扉の前まで行ったんだけど、開かなかったから諦めた。どうせ君たちなら大丈夫だろうと思ってたしねー」
「――で、これはどういう状況だ?」
「アドルフォス君は外出中みたいだったから待つことにしたんだ。
お腹減ったから食料を貰ってた」
やってることは空き巣と変わらねぇ。
「シール。あーん……」
アシュが干し肉をオレに向けて掲げる。
腹がグーッと鳴った。今の戦闘で体内エネルギーを大分使ってしまったようだ。仕方ない、これは不可抗力だ。
口を開き、膝に手を付いてアシュの持つ干し肉にかぶりつく。
「うっま!」
なんだこの肉、初体験の食感だ。
干し肉なのに柔らかい。仄かに酒の匂いがする。
うまい、元の素材もいいんだろうがなにかしら特別な下味を付けてるな。
「アシュちゃんアシュちゃん!
わたしにも“あーん”して!」
「レイラは自分で食べて」
干し肉を飲み込み、オレは改めて塔のてっぺんから外を見下ろした。
「お――おおおおおおおっ!」
横に三つの足音が並ぶ。
レイラは巨大な桜の木を指さし、
「すごいね……!
マザーパンクがあんなに小さく見えるよ!」
ソナタは風に飛ばされないよう帽子を右手で押さえながら、
「絶景絶景!
この景色を見れただけで、ここに来た価値はあるよねー」
アシュは漂う雲に視線を送って、
「おぉ……見て見てシール。雲が下に見えるよ」
オレはアシュと同様に雲を見下げた。
「いつも見上げてた雲を見下げる日が来るとはな。
生きてれば、なにが起きるかわからねぇもんだな……」
それでもまだ上にも雲はある。上には上があるってやつか。
渓谷を越えて、小さな山に挟まれた道を行けば帝都まですぐだな。帝都の周辺はマザーパンクと同じで野原だ。よく見ると帝都の近くに村も見える。
「ここでなにをしている?」
顔を覆う影。聞いたことある男の声。
見上げると、背中に竜の翼を生やした男が麻袋を背負って停空していた。
彼の目は警戒心で溢れていた。その目は、例えるなら――泥棒を見るような目だった。






