第七十話 封印術師vs吟遊詩人
短剣を札から解封、右手に握って加速する。
「“囚人の名はアレイスト。彼を縛りしは夢幻の氷剣”――」
詠唱術か。
出されたらそこで勝負が決まる可能性もある。
ソナタは見るからに接近戦向きじゃない、詠唱をさせないように張り付いてすりつぶす!
「させねぇよ……!」
水しぶきを上げ、ソナタに駆け寄り短剣を薙ぐ。
「よっと」
ソナタは帽子を押さえながら上半身を前に倒し躱す。右足を上げ、顔面を狙うがソナタは跳躍して空へ逃げた。
空を渡りながらソナタは詠唱の続きを唱える。
「“自由の象徴、翼を象り顕現せよ”――《氷錠剣羽》」
ソナタの真上に、翼を象った氷が現れる。
よく見ると氷は小さな剣の集合体で出来ている。 翼は小粒な剣に分離し、オレに向かってあらゆる方向から迫ってくる。
「ちっ、面倒な……!」
オレは滝面を走り、剣を避けていく。小さな氷の剣は水に触れると辺りの水面を凍らせていった。
剣が触れた側から凍結、一発当たっただけでも全身が凍らされる可能性がある。
――喰らったら終わりか……!
「出し惜しみはできねぇな。
――オシリスッ!」
死神の指輪を出し、右手人差し指に嵌める。痣が右手から鼻まで広がる。
オレは指輪の力で身体能力をブーストし、滝に向かって飛び込んだ。滝の後ろの空間には岩の足場があり、オレは岩場に着地する。滝は氷剣に凍らされるが上からさらに降りかかる水が氷剣を次々とシャットアウトしてくれた。
岩の足場に“月”の札を置いてオレは滝の側面から飛び出す。氷剣を掻い潜ってソナタに接近する。
「“炎仙の鎖、千の頭を絞めたまえ”――《炎鎖千縛》」
ソナタの足元から水を蒸発させ、展開される炎の鎖。
鎖の数は次第に増えていき、ソナタの姿が見えなくなる程に拡大していく。
鎖は伸びて、オレの首を締め上げようと飛んでくる。
オレは退くことはせず、前に進む。氷剣が氷の足場を作ってくれたおかげで速く動ける。滑らないよう氷を蹴り砕きながら迫る炎鎖と氷剣をステップで躱し、ソナタに近づいていく。
「“遊楽の風よ”――」
「歌いすぎだぜ、吟遊詩人ッ!」
オレは獅鉄槍を左手に展開、槍を伸ばして鎖の合間を縫いソナタに向けてぶち込む。
ソナタは鎖の束の中から後ろに飛んで回避する。
「やるねぇ! 七つある《遊縛流》魔術の内、二つを掻い潜るなんて!」
「いつまで余裕ぶってやがる! テメェにはもう魔術を使わせねぇぞ!」
オレは槍を手から放し、短剣一本を左手に握って距離を詰める。
もう一言たりとも喋らせない。ずっと張り付いてやる――!
「詠唱している間はまともに他の魔力を使えないんだろ? さっきから詠唱中、アンタから赤魔の気配が薄れてたからな」
「うん! その通りさ!
詠唱中は赤魔はちょびっとしか使えない」
短剣を逆手に、突き刺すように繰り出す。ソナタは横に逸れながら剣を避け、左手の掌底をオレの右頬に向ける。オレは短剣を右手に持ち替え、空いた左手でソナタの掌底を掴む。右手の短剣で密着した状態からソナタの腹部を狙うが、モーションに入る前にソナタの右足の蹴りがオレの腹を突き刺した。
「野郎……!」
オシリスオーブのブーストを受けたオレの動きについて来れるのか!
だが接近戦に限ればパールほどの圧力・実力の差は感じない。
水面を滑り、二歩分後退するがすぐさま加速。一瞬の暇も与えず再び接近戦を仕掛ける。
「熱烈なアプローチだねぇ……!」
ソナタは嫌がり、距離を取ろうと滝に向かって走り出した。
オレはソナタの背中を追い、背広を掴んで水面に叩きつける。
「――ッ!?」
ソナタのコートのみが手に残っていた。
ソナタはオレに掴まれた瞬間にコートを捨てたのだ。ソナタは肘まで袖のある黒いシャツを着て、オレから離れた所で両手を広げていた。
「チェックメイトだね、会長。
この距離なら君が近づくより先に詠唱が終わる」
「そりゃどうかな。――“偃月”」
ソナタの遥か後方、滝の後ろの岩場でブーメラン偃月が解封される。
滝に突っ込んだ時に置いておいたものだ。
ソナタは頭にハテナを浮かべている。気づいていないな……うまくこの位置関係に誘導できてよかった。
「“遊楽の風よ”――」
オレは足元から水面の下を通るように黄魔で出来た鎖を伸ばす。鎖が滝の後ろの偃月にくっついたところで、オレは右足を後ろに引っ張った。足の動きに呼応して、偃月は滝から飛び出てソナタの背中に迫る。
「“雷楔運び”――てっ!?」
ソナタの背中に激突する偃月。溜め無しだから威力はない、仰け反らせるのがやっとだ。
――十分。
ソナタが怯んでいる内に距離を詰めていく――
「はははっ! 驚いたよ!
こんなビックリ武器があったなんてね」
態勢を崩しながら、ソナタは笑う。
今、ソナタは赤魔を纏っている。詠唱術は使っていない……!
――ここで決める。
「でも会長、忘れたのかい?」
オレの縦斬りを鮮やかに避け、ソナタは話を続ける。
「シーダスト島で、僕が詠唱なしに雷竜を出したことを――」
ふと、頭にいつかの日の記憶が過る。
そうだ、コイツはシーダスト島で銃帝が乗るドラゴン目掛けてバカでかい雷の塊を飛ばしていた。
――あの時、詠唱はしていなかった。
「僕はね、ノータイムで雷竜を生み出せるんだよ」
嘘じゃない、出せるのは知っている。
オレがそう思うと同時に、ソナタの舌が光った。
――眩しい光が水面に落ちた。
空を見上げると、巨大な雷竜が口を開けてオレを睨んでいた。
オレは短剣を捨て、両手を挙げる。
「こ、降参だ……」
そりゃ反則だろう……。
詠唱は自分からやめた場合は再開できます。だけど中断中は他の魔力をロクに使えません。
心の準備なく詠唱をやめた場合はやり直しです。
久しぶりに感想欄解放しました!
よろしければまた、いただけると幸いです。






