第六十九話 ルール無用
滝面に入り、レイラとシュラが格闘戦を繰り広げた位置で両ひざに手をつく。
水中を覗き見ると、仄かに月光を反射させる丸い物体があった。水に手を突っ込み、その謎の物体を拾い上げる。
――鉄球だ。
両手で包めるぐらいの大きさの鉄球が大量に転がっている。
掬い上げた鉄球は時間が経つと緑色の霧となって散った。
「……緑魔、形成の魔力で鉄球を作ったのか」
ナイフを形成していたことから察するに、レイラは鉄の形成が得意なのだろう。
シュラと接近戦を繰り広げながら緑魔で水中に鉄球を設置。
シュラに鉄球を踏ませてバランスを崩させた――
あの高速戦闘の中でよくもそんなことができるもんだな。
「お、恐ろしい女だ……」
オレは水から上がり、地面にうずくまるシュラの方に足を向け歩み寄る。
大丈夫か。と聞くとシュラはスッと顔を上げた。
「~~~~!!」
「いっ!?」
下唇を噛みしめ、シュラはジッとオレの目を見る。
目尻に溜められた涙。必死に涙を堪える姿から絶対に泣いてたまるかという意思を感じる。
屈辱的だったのだろう。自分の得意な接近戦で完敗したのが。
いつもは強気なシュラが見せる弱い表情はギャップも相まって強力で、庇護欲を煽られる。『よしよし』と抱き寄せ頭を撫でたくなる衝動に駆られるが、そんなことをすれば事態が悪化するのは目に見えているのでグッと堪えた。
「……走ってくる」
「はい?」
「ちょっと走ってくる!」
「い……行ってらっしゃい」
シュラは森の闇に向かって走り去っていった。
大丈夫だろうか。もしも魔物に襲われたら――いや、アイツなら大丈夫だな。
背後で水たまりからポシャンと足を上げる音が鳴る。
「凄い赤魔の量だったよ。
一発でもまともに貰ってたらノックアウトされてた」
水しぶきで濡れた服を絞りながらレイラはオレの横へ歩いて来た。
白い服が透け、肌色が薄っすらと浮かび上がっている。体に付いた水滴をハンカチで拭う様は色っぽくて、自然とオレの目線はレイラの体にいっていた。
水に濡れた前髪を右手で掻きあげた所で、レイラはオレの視線に気づく。
「まったく、男の子なんだから……」
呆れたように、見下したようにレイラは言い放つ。
オレは瞼で無理やり視線を遮断し、頬を掻いて仕切り直す。
「シュラのこと、頼むぞ」
「うん、わかってる。
シュラちゃんに謝って来るね」
レイラはシュラの足跡を追って森へ入っていった。
草を踏みつける音が後方で響く。
振り向くとソナタが腰に手を付いて立っていた。
「いいねぇ、若者は。
決闘かぁ……暫くやってないなぁ。昔は同じ流派の仲間とよくやったなぁ」
「なんだ、武術でも習ってたのか?」
「武術じゃない、魔術の流派。
魔術にも流派が存在するんだよ~、僕は《遊縛流》っていう魔術流派に所属してたんだ。
シンファって言う騎士団親衛隊の一人も同じ流派だ」
魔術流派か。
封印術も見ようによっては魔術の流派の一つになんのかな。
「いや……駄目だね。
昔を思い出したせいで、闘志に火が点いたみたいだ」
ソナタの眼光が鋭くなる。
オレは仲間であるはずのソナタに気圧され、一歩引いてしまった。
「会長。
まだ夜は長い。彼女たちの戦いを見て、目も覚めたはずだ。
今日は戦闘もほとんど無かったから体力も有り余ってるんじゃないかな?」
ソナタは滝面に向かって歩いて行く。
「なにが言いたい?」
オレの問いに、ソナタ=キャンベルは薄ら笑いで答える。
「僕と一戦、交える気はないかい? 封印術師シール=ゼッタ君」
「――ッ!?」
ソナタの体から緑魔が立ち上る。
青色の水面が緑色に染まる程の魔力……恐怖心が『退け』と訴えかけて来やがる。
しかし、シール=ゼッタの好奇心は『前に進め』と言っている。
「決闘か……」
余裕の表情で、ソナタはオレを見る。
ムカつくな……絶対負けないって顔だ。『君の実力を見てあげよう』……そんな上から目線の声が聞こえる。
そりゃ大隊長殿に勝てるとは思わない。
だけど、一泡吹かせるぐらいはやってやる。
なにより、コイツとの戦いはきっと楽しい。だって大隊長だろ? 凄腕魔術師だろ? 面白い技を持ってるに違いない。
「――良い暇つぶしになりそうだな」
オレは“祓”と書き込まれた札をポケットから出し、右手に握り、滝へ足を進める。
「それはYESってことでいいんだよね?」
オレとソナタはレイラとシュラと同じように水面に足を沈め、滝を背景に向かい合う。
「ルールはどうする? 副源四色は?」
「有り」
「刃物は?」
「有りで行こうか!」
「……殺傷力の高い魔術は?」
「うーん、そうだね、有りで行こう!」
「OK、上等だ」
オレは右手人差し指と中指に挟んだ札に声を掛ける。
「ルッタ、解封……!」
「よーい、スタート!」






