第六十八話 ヒロイン対決
いいぞー、やれやれ。
事情を知らないオレの心境はこうだった。
シュラとレイラの決闘、普通に興味深い。近・中・遠距離全てにおいて戦えるレイラ、対して接近戦オンリーのシュラ。はたしてどちらが強いのだろうか。
待て待てシール=ゼッタ。好奇心は結構だが、新造パーティでいきなりもめ事はまずい。とりあえずオレが間に入らないと。
「どうした? 好きな男でも被ったか?」
「大したことじゃないよシール君」
「コイツが私の毛布に勝手に入って来たのよ! 一度断ったのにっ!」
「えーっと?」
聞くと、レイラは一度シュラに添い寝を申し出て断られたらしい。
なのに、シュラが眠っている隙にレイラは無断でシュラの毛布に侵入。シュラが暑苦しさから目を覚ますと目の前にレイラが居て、怒ったシュラがレイラに決闘を申し込んだ――
オレがレイラの方へ視線を落とすと、レイラは「つい……」と人差し指を合わせた。
「レイラ、お前が悪い」
「ごめんなさい……でも言い訳させて?
シュラちゃんが寝ぼけながらわたしの服の裾を掴んで、『お母さん……』って呟いたんだよ? 添い寝するなって方が無理じゃない?」
「……情状酌量の余地はあるな」
「ないわよ!」
オレもレイラと同じ状況で『お父さん』と呟かれたら……内に秘めた父性を抑えられるかわからん。
「いいんじゃないの? 決闘すればさ!
今宵は明るいしねー」
お気楽者はお気楽に発言する。
「そうだな。互いの力を知るいい機会かもしれない」
などと、もっともらしいことを言ってオレは決闘に話を誘導する。
四人の中、決闘に乗り気じゃないのは一人だ。
「んー……これ、仮にわたしが勝ったところで、良い事無い気がするんだけど……」
レイラは小声でオレにだけ聞こえるようにそう言った。
「……確かに、お前が勝ってもシュラの機嫌が悪くなるだけだな」
オレも小さな声で返す。
「私が負けたら添い寝でも何でもしてあげるわ!」
さすがシュラ、耳が良い。コソコソ話は筒抜けだったようだ。
素晴らしい報酬を約束されたレイラの瞳は、誰よりも乗り気になっていた。
「ルールは? 場所はどこでやろうか」
なんて、ウキウキしながら聞いてくる。
「場所は滝面がいいんじゃないか。月明かりが水面に反射して視界が良い」
「ルールは『副源四色無し。刃物および殺傷力の高い技の禁止』でどうかな?」
ソナタの提案するルールは少しシュラ有利か。
レイラから投げナイフと転移を奪ったら後は流纏ぐらいしか勝ち筋がないぞ。まぁそれでも、レイラのセンスならやり合えるか。
「いいですね。それで行きましょう」
「私も文句ないわ!」
二人の同意でルールは決まった。
「シュラ、お前が勝ったらレイラになにを要求するんだ?」
「え?
えーっとね、勝ってから考えるわよ!」
コイツ、勢い任せに決闘って切り出したな……。
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数ある滝の中でも一番勢いの弱い場所、滝の水が落ちる滝面でシュラとレイラは距離を空けて対面する。
水深はちょうど二人のくるぶしが沈むほどの深さだ。滝から距離を取ってるため浅い。
オレとソナタは滝を正面に据えた木影に身を置いた。
「会長はどっちが勝つと思う?」
「そうだな、6:4でレイラが勝つと踏んだ」
「その心は?」
「投げナイフを使えなくて転移も使えないが、レイラには流纏がある。
流纏は近づかなきゃリスクは無いけどシュラは接近戦を仕掛けるしか勝ち目がない。カウンターで一発でも流纏を貰えばシュラは立ち上がれないだろう」
シュラが体を鍛えていることは知っている。だがシュラは女性で、しかも身長は小さく体重も軽い。オレがレイラ戦で貰ったカス当たりの流纏掌でもシュラの体じゃ耐えられない。
「僕はシュラちゃんに一票かな」
「その心は?」
「詩人の勘!」
「なんだそりゃ……」
気の抜けたオレ達とは違い、女子二人は真剣な態度で正面の相手を見ていた。
「アンタとシールがやり合ってるのを見てから、
私はずっとアンタと戦いたいと思ってた……ガッカリさせるんじゃないわよ」
アイツ、本当はただレイラと戦いたかっただけじゃね?
実はあんまし怒ってなくね?
「ごめんねシュラちゃん。わたし、手加減とか苦手だから……ちょっとやりすぎちゃうかも」
「アンタは自分の身だけ心配してなさい……!」
ソナタが木影から出て、手をパチンと合わせた。
「勝敗は僕の独断で決めるね。
もう一度手を叩いたらスタートだ。よーい……」
パチンと、ソナタが手を叩くと同時にシュラは水面を右足で蹴り上げた。
――目潰しだ。
蹴り上げられた水はレイラとシュラの間に壁を作った。
レイラは水を躱そうと滝の方に向かって走る。そんなレイラの動きを恐らくは嗅覚で読み切って、シュラはレイラが避けた方へ走り出した。
鉢合わせする二人。シュラの左拳が唸る。
シュラは左拳を引いて、前に出――
「――流纏ッ!!」
一瞬でレイラの全身に渦巻かれる青い魔力。
完璧なタイミングのカウンターだ。左拳が流纏に当たればシュラの拳の魔力は解かれ、打ち込んだ方であるシュラの拳がいかれる。
「そう来ると思った……!」
シュラの左拳は空を切った。
そもそもレイラに当てる気はなかったようだ。つまりはフェイント、レイラの流纏は空ぶった。
流纏が消え、青魔の防御が消えたレイラに向かってシュラは飛び蹴りを繰り出す。
しかしその蹴りもレイラにはヒットしなかった。レイラは身を屈め、シュラの蹴りを躱した。
そう、レイラは肉弾戦ができないわけじゃない
レイラはオールレンジで戦える万能手だ。接近戦も無論やれる。
だが躱せて一度、続くシュラの本気の追撃を躱せるとは思えない。オレの予想通りなら次のレイラの一手は間違いなく、
「――ッ!」
レイラの掌に青魔が渦巻く。
そうだ。この一撃はシュラが最も恐れるモノ。シュラは大げさでも大きく退く。そしてシュラのその行動はレイラとシュラ、共に利害が一致する。
レイラの魔力を削れるシュラ。
一度距離を取って、立て直せるレイラ。
ここの行動は決まっている。
シュラは案の定、水に足を沈めると共に、バックステップを踏もうとするが――
「はっ!?」
シュラの足元が暴れた。
なんだ? ここからじゃよく見えない。
シュラが何かに躓いたかのようにバランスを崩した。
転ぶほどじゃないが、シュラの膝は大きく沈み、その動きは止まってしまった。
――勝者は決まった。
レイラの右手の掌底がシュラの胸元を捉えた。
「――流纏掌ッ!!」
螺旋の衝撃が炸裂音を飛ばす。
シュラの小さな体は吹っ飛び、水たまりの外、大木に背中を打ち付けた。
シュラは「かはっ!」と胃液を口から吐いた後、その場に体を丸めた。
「はい、そこまで! レイラちゃんの勝ち!」






