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【WEB版】退屈嫌いの封印術師  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第三章 封印術師と万物を喰らう者

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第六十七話 キャンプ

『おぉ~!』


 整理された道から渓谷、山の谷間へ進むと、絶景がオレ達を迎えた。

 そこら中からする滝の音。

 左右の岩壁にずらりと滝のカーテンが並び、水の道を両脇に作っていた。


「自然様はオレを飽きさせないな」


「滝の音が凄いね……!」


「うー、この中だと私、眠れる気しない……」


 絶景に見惚れる若者三人。

 ソナタは一人冷静に状況を見ていた。


「会長、まだ早いけど寝床を探さない?

 今日中に塔まで行くのは難しいよ」


「寝床を探すのは賛成だが、もう少し歩いてみよう。

 さすがにこの辺りはうるさいからな」


 竜の城と呼ばれるこの渓谷は大きく三つのエリアに分けられる。


 一番外側、渓谷を囲うように山が乱立する山岳エリア。

 そこから一つ内側に入った滝がそこら中にある滝エリア。現在地はここだ。

 一番内側、雲を突き抜ける塔“雲竜万塔(ヴォルケトゥルム)”を中心に広がる森林エリア。


 オレ達四人は滝エリアを越え、森林エリアに突入したところでキャンプ地を決めることにした。既に森は闇を帯び、月明かりのみが頼りになっていた。


「ここにするか」


 森の中の木々が剥がれている場所で立ち止まる。

 ここを今日の寝床にしよう。滝の音がギリギリ耳に響く場所、水の在処が常に把握できるギリギリの距離だ。


「さてと、クッションになりそうな草を探して来るかな……」


「その必要はないよシール君。わたしに任せて!」


 得意げな顔をしてレイラは胸を張る。


 レイラは空に指で魔法陣を描く。転移の魔法陣だ。

 オレと戦った時は拳サイズだったが、今回は人の頭ぐらいなら入れそうな大きさだな。


「それが限度のサイズか?」

「うん。これ以上広げると転移位置が安定しなくなっちゃうからね」


 へぇー、とソナタが転移の魔法陣を興味深そうに眺める。


「転移の魔術か。

 古代に使い手が一人居たって聞いたことあるけど、本当に珍しいね」


 アシュと交代したばっかのシュラは「ふん」と唇を尖らせた。


「それを使ってなにをするつもりよ」


「この転移門はわたしのマザーパンクの家の物置に繋がってるの。

 そして、物置にはある物が置いてある」


 レイラは転移門に腕を突っ込み、何本かの棒を取り出した。

 続いてレイラは緑色の布を引っ張り出す。オレは布を見て、レイラがなにをしようとしているのかを察する。


「テントか!」


「そうだよ。二つ分のテントの部品があるから、ここから取り出して、

 組み立てようって話」


「いやー! 便利な魔術だねぇ。

 旅で溢れそうになったアイテムとかも、転移門を通して物置に入れることもできるわけだ」


「重い荷物はこれから物置に置けるのね……ふん! 中々やるじゃない、白髪女」


 いや、しかしマジで便利だな。これは。


「ずっと物置に転移の魔法陣を維持して魔力は大丈夫なのか?」

「うん! 転移門を置きっぱなしにする消費魔力より、自然回復する魔力の方が多いからね。

 一つぐらいなら余裕だよ」


 転移はあんまり魔力を消費しないのか。


 テントか。虫や風に睡眠を妨害されることが無くなるってのはいいな。

 ん? ちょっと待て。


「テントが二つってことは、もちろん男女別なわけで……」


「僕と会長は同じ屋根の下で眠るわけだね!

 眠れない夜には子守唄を歌ってあげよう!」


「オレ、やっぱ外で寝ようかな……」


「馬鹿なこと言ってないで、テント組み立てるの手伝ってよ!」


 レイラの指示に従いテントを組み立てた後、火を起こして夕食作りだ。


 夕食は焼き魚だ。森を通る川でレイラが投げナイフで川魚を仕留め、串を刺して焼いて食う。

 夕食を食べつつ、夜の見張りの話を始めたらソナタが魔物避けの緑色の線香を出した。線香を焚いていれば魔物に夜中襲われる心配は無いらしい。


 夕食を食べ終え、夜中の休憩時間に入る。オレは本を片手にワンポールテントの中に寝っ転がった。



「……快適だ」



 うるさい虫も風の音も無い。


 オレは本の表紙をめくり、一番読みやすい態勢を探す。

 仰向けか、横向きか。もしくは両肘ついてうつ伏せ……日によって読みやすい態勢が変わるからな。悩む。



「会長、起きてるかい?」



 テントのドア部分の布を捲って、ソナタ=キャンベルが顔を出す。


「寝てるってことにしとく」

「起きてるじゃないか。

 どーだい、外で話さないかい?」

「面倒だ」


 ソナタは一度その場を離れ、両手にカップを持って現れた。

 カップからは香ばしい匂いが漂ってくる。


「コーヒーあるんだけど」

「……それを早く言え」


 オレは本を閉じ、テントから外に出た。


 空は薄い青色。月の光がよく通る夜だ。

 草に尻もちついて座るソナタ。オレは距離をあけてソナタの横に座り、カップを受け取る。


 とりあえず、なにかを話す前に一口。


「――ん」


 多分オレが子供だからか、コーヒーはほんの少し甘くしてあった。


「嫌いな甘さだな」

「甘いの苦手かい?」

「いいや、そういうわけじゃない。ただ中途半端な甘さは好きじゃない。

 コーヒーは完全にブラックか、もしくはミルクと砂糖をふんだんに入れた甘々が良い」

「なるほどなるほど」


 ソナタはコートのポケットから二つの小瓶を取り出した。

 片方には白い豆粒が大量に入っており、

 もう片方には黒っぽい豆粒が入っていた。


「なんだそりゃ?」


「“コーヒーシード”と“ミルクシード”。知らない?

 最近帝都ではね、旅人向けにこのシードシリーズが開発されているんだよ。

 この種をお湯や水に溶かすと、種が溶けてお湯や水がコーヒーやミルクになったりする」


 ソナタは「はい」と小瓶から白の豆粒を取り出し、オレに渡す。

 オレは種をコーヒーに投入する。するとコーヒーは白い染みを作り、融け合い、明るい茶色に変化した。


「へぇー、すげぇな」

「コーヒーも濃厚なのが好きなら種をもっと入れると良いよ。

 はい、角砂糖もあるよ」

「四個くれ」


 砂糖ドロドロのコーヒーミルクに口を付ける。

 うん、これならいけるな。普通に美味い。ミルクの味もしっかり付いている。


「静かな家の中で、ロッキングチェアを揺らしながら飲むコーヒーも乙だけど、

 こういう大自然の中で飲むコーヒーも……」


「格別だな。オレのは半分コーヒーじゃないけど」


 組んだ膝の上にカップを置き、「それで?」とオレはソナタに話を振る。


「話ってなんだよ」


「信じてくれないだろうけど、一応言っておきたいことがあってね」


 ソナタはカップの底を見つめながら、



「会長、僕は何があろうとも君を裏切らないよ」



 ソナタの発言にしては珍しく、その言葉には熱があった。


「君は僕のヒーローだからね」


「……またお前は無駄にオレを持ち上げやがる。

 ヒーローなんて、そんな大層な人間じゃないよ。オレは」


 カップに口を付け、コーヒーミルクを口に含む。すると舌の先に溶け切ってない砂糖のザラザラが付いた。喉を鳴らし、空のカップを地面に置いて今度はオレから話を切り出す。

 

「一つ聞いていいか」

「どうぞ」

「お前はなぜ再生者を追う?」


 人類の敵だからか、騎士団の仕事だからか。それとも――私怨か。

 目的に結び付く感情の流れを把握するのは大切だ。ソナタ=キャンベルを知るためにも、これは聞いておきたかった。


「大した理由はないさ」


「へぇ、じゃあ仕事だから仕方なくって感じか」


「そうだね~。あと理由を挙げるとするなら、再生者に故郷を滅ぼされたり、想い人を殺されたりもしたけど。それぐらいかなぁ」


「……百点満点の動機が二つもあるじゃねぇか」


 さらっとエグい過去を出してきやがる。

 そりゃそうだよな。あんな化物、それなりの動機が無きゃ戦おうとは思わない。


 再生者……。


「再生者を全員封じるってのは、誰にもできなかったことなんだよな?」

「うん。君の師匠ですら成しえなかったことだ」


 なら、もしオレが再生者を全部封じれば……その時は、オレは文句なしに一人前だよな。

 ふと、左隣に視線を移すと、オレの心の内を読んだソナタが口元をニヤつかせていた。


「会長、僕の部隊に――」


「入らねぇよ!」


 危ない危ない。

 やっぱコイツ、隙あらばオレを部隊に入れるつもりだな。気を付けよう。



「――表に出なさい! 白髪女ッ!」



 夜の静寂を突き破る怒声。シュラの声だ。


「なんだなんだ……」

「トラブルみたいだね」


 女子テントからシュラが現れ、続いてレイラが現れた。シュラは怒った様子でレイラを指さし、宣言する。


「もう頭きた!

 決闘よ! 私と一騎討ちの決闘をしなさいっ! レイラ=フライハイト!!」

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