第六十五話 旅日和
――釈放まで残り一か月半。
まだオレが爺さんと牢屋の中に居た時、
オレは爺さんに一つの質問をした。
男の子なら誰だって気になることだ。
「アンタが今まで見てきた中で、一番強い魔術師って誰だ?」
封印術の訓練の合間にした、暇つぶしの質問。
オレが問うと爺さんは本を読む手を止めた。
「私以外でか?」
「アンタ、意外と自信家なとこあるよな……」
爺さんは「ふむ」と顎を撫で、数秒の間を置いた後、口を開いた。
「強さと言っても様々な種類がある。
戦いには相性がある。
最強、などというものは存在しない」
「はー、つまんねぇの。
オレが聞いた時、パッと浮かんだ奴が居るだろ?
――あぁ、アンタ以外でな」
爺さんはまた数秒置き、
「そうさな……強いて言えば私が最後に組み、共に冒険したパートナーかな。
まだ粗削りだが、成長し、経験を積めばいずれ私の全盛期を超える力を得るかもしれない」
爺さんは「いや」と言葉を繋げる。
「――ポテンシャルを含めるならば、もう二人候補は居るか」
「誰の事だ?」
爺さんはチラリとオレを見て、鼻で笑った。
「秘密だ」
「はぁ?」
爺さんは再び本の方へ視線を戻す。
「今の話で思い出した。
そういえば、彼にはまだきちんと言っていなかったな……この前も言い忘れた」
彼ってのは今の話で出た相棒のことだろう。
「なにをだよ?」
爺さんはゆっくりとページをめくりながらラストパートナーに言い忘れた言葉をオレに伝えた。
オレはその言葉を、オレに向けられていないその言葉を、
なぜか今でもずっと覚えていた。
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無事マザーパンクを出発したオレ、シュラ、レイラは芝生の道を行く。
爺さんを嵌めた相手を探しに、あるいは呪いを解く手がかりを探しに、オレ達は帝都を目指す。
「なぁにニヤニヤしてるの? シール君」
「え? ニヤニヤしてたか?」
隣を歩くレイラに言われ、オレは自分の表情筋を撫でる。
「なんか、この世の全てが幸せ―って顔してたわよ」
「シュラまで……」
マジか、全然気づかなかった。
「わかるよシール君。
こんなかわいい女の子二人と一緒に旅ができるんだもん。自然とにやけちゃうよね」
「はいはい、別にそういうことでもいいよ」
「本当はなんなの? 気色悪いから正直に吐きなさいよ」
「気色悪いってお前なぁ……。
いや、ただ単に、いまのこの感じが“旅~”って感じがして、なんだか嬉しくなっちゃったんだよ」
空は晴天、足元は芝生。
遠くに見える火山と渓谷。視界いっぱいに広がる平野。
なんという旅日和、旅道中だろうか。
他人の目が無ければ芝生にダイブし、転がり回っているだろう。
前に火山に行った時は曇り空だったからな~、天気が良いと同じ景色でも見え方が違う。
「ほんっとガキね!」
「……お前に言われたくねぇよ。ちびっ子」
「なにをぉ!?」
「ほらほら喧嘩しないの。
それでシール君、ルートはどこを選ぶの?」
ルート、というのは今ここから見える火山と渓谷、もしくはその狭間道のことを指している。
帝都に向かうにはこの三つのルートの内、どれかを選ばなければならない。
「渓谷だ。
魔物のレベルは高そうだが、水源がそこらにあるから水に困らんし、気温的にも一番快適そうだからな」
「でも、もしかしたらドラゴンが出る可能性もあるんだよ?」
「それはそれで面白そうじゃないか。
ドラゴン討伐は冒険譚の醍醐味だろう」
「――君って、もっと理性的な人間だと思ってたよ……」
レイラは呆れたようにため息をつく。
まったく、浪漫のわからん奴め……。
「わー! もう引っ付くな!」
乱れる足音。
背後を見ると、レイラが右腕をシュラの左腕に絡めていた。
「別にいいでしょシュラちゃん! わたしたち、女の子同士なんだから!」
レイラがシュラの側に足を寄せていく。
女子同士の戯れ。目の保養だな。だがこうなんとなく、居づらい気持ちにもなる。女子特有のゆるふわムードが辛いこの頃だ。
「あ、ちょ、やばい……もう変わっちゃう!」
「きゃっ!?」
シュラがポンッと消え、アシュが現れた。ま、オレもそろそろだと思ってたよ。
レイラは目の前の怪奇現象に脳の処理が追い付いていない様子。仕方ない、初見はみんなそうなる。
「か、かわいい子が消えてかわいい子が現れた!
どど、どういうことシール君!?」
オレはレイラに説明する。シュラが陽の光を30分浴びると妹のアシュに変わること、アシュが影に入り30分でシュラに変わること。そして、二人の目的がこの呪いを解くことにあること。
レイラは事情を聞くと、同情したのか瞳に薄っすらと涙を溜めた。
「アシュちゃん……」
「む!?」
ぎゅむ、とレイラがアシュを抱き寄せる。
アシュはレイラの胸に鼻と口を塞がれ、手をパタパタと動かしている。
「く、苦しい……!」
「わたしも呪い解くの手伝うよ!
姉妹が肩を並べられないなんてかわいそう……!」
アシュはレイラの束縛から身を屈めて脱出し、オレの背中にすたこらと隠れた。
「その辺にしとけレイラ。
アシュが怖がってるじゃねぇか」
「ご、ごめんねアシュちゃん……わたしったらつい……」
アシュはプイッとそっぽ向く。
「あーあ、完全に嫌われたな」
「機嫌の悪いアシュちゃんもかわいい……」
「お前、その調子だと一生距離縮まらんぞ……」
歩くこと数十分。
ようやく渓谷を囲む山々が見えて来たな。山の隙間には川や滝が流れている。
「山を登るのは面倒だから、間の川沿いを行こっか」
「山の上からの景色も気になるとこだけどな。
さすがにリスクがでかいか」
「また君はそういうことを……ん?」
隣を歩いていたレイラが唐突に足を止める。
「どした?」
オレはレイラの指の先を見る。
そこに居たのはボロボロのロングコートを着た人影と、人影を取り囲む複数の男達だった。
「野盗だね……たまに出るとは聞いてたけど」
レイラは瞳から光を消し、ナイフを手元に形成する。
「レイラ、ナイフをしまえ」
「助けないの?」
「助ける必要がねぇよ」
野盗が斧やら剣を構えた時、ロングコートを着た人影は呟いた。
「――“炎鎖千縛”」
炎の鎖が無数に発生し、野盗を振り払う。叫ぶ間もなく、野盗は全員意識を刈り取られた。鎖は役目を終えると四散した。
凄い。とレイラとアシュが囁いた。
魔術に精通した二人から見ると、素人のオレが見るよりも凄いポイントが多いんだろうな……。
オレは人影に近づき、声を掛ける。
「こんなところでなにしてんだ? 吟遊詩人」
「おやおや!
君とはよく会うね~会長」






