第六十二話 七つの脅威
「え、ちょ、会長!?」
「まずは一発くらっとけ……!」
拳を握り、ソナタの頬をぶん殴る。
ソナタは「ぐへぇ!?」と椅子ごと地面に倒れこんだ。
「ぬわあ!? いきなりどうしたシール!?」
「一発ぶん殴るって決めてたからなぁ……!
テメェ、オレ達を無人島に置いて行きやがって!」
「いやいや、事情があったんだって本当に!
まったく、会って早々酷いなぁ……」
頬をさすりながらソナタは椅子を直す。
コイツ、大隊長って割には軽かったな……シーダスト島ではすげぇ魔術を使っていたのに。緑魔は使えても赤魔はからっきしっていうアシュと同じような感じか?
「――大切な話の途中だったか。
邪魔して悪かった」
「あぁ、待て待て。
シール、君も聞いて行くといい」
「……?」
椅子に座り直したソナタが黒い瞳でオレを見上げる。
「会長、屍帝のことは覚えてるよね?」
ちっ、長話の予感がするな。
オレは椅子には座らず、通路から出てすぐの壁に背中を預ける。
「当然だ。あんなバケモン、忘れる方が難しい」
思い出したくもないがな。
「その屍帝がいま問題でね」
「帝下二十二都市、その内の一つ、
古代都市〈ティアクレン〉が屍帝の襲撃に遭い、
半壊したのだ」
「なんだと!?」
唇をかみしめる。
あの時、あの島で、屍帝を逃がさなければ……!
「君が気に病むことじゃないよ。
全面的に僕ら、騎士団の責任さ」
「それは百も承知だ。
お前らがそもそも屍帝を逃がさなきゃ何事も起きなかったんだからな」
「あっはっは~、容赦ないね」
「そんで、その屍帝をどうするかって話をしてたのか?」
「ちょっと違う。
屍帝もそうだけど今の問題は再生者そのものなんだ」
「再生者……不死身且つ、自己再生するバケモンか」
あんまり詳しくは知らねぇんだよな……。
「会長は再生者が世界中に何体居るか知ってるかい?」
「そうだな……」
10……いや、希望的観測も含めて、
「3……」
「お!」
ソナタが意外そうな顔をする。
「なんだ、当たりか?」
「ううん、全然違うよ。
正解は7!」
「紛らわしい反応すんじゃねぇよ!」
7体か。
多いようで少ないようで……まぁ許容範囲内か。100体とかじゃなくてよかった。
「彼らの内、4体はさ、君の師匠……バルハさんと、あとバルハさんの弟弟子であるサーウルスって人が封印して帝国騎士団に預けていたんだ。その中には君も対峙したあの男、屍帝も含まれている」
「屍帝は逃したんだから今は3体預けてあるってことか?」
「それがね~、実は別々の場所に保管していた他の再生者も盗まれたんだ。
手紙にも書いた急用ってのはそれのこと」
「じゃあ、再生者全員が野放しってことかよ。
おいおい……今のところオレの中で騎士団=無能ってイメージが凄いんだが」
「はっはっは!
うむ! 反論できん!」
「笑いごとじゃねぇだろ……。
だが、どっちみち盗まれなくても、
爺さんが死んだ時点で封印は解かれて再生者は逃げ出しただろうよ」
「いいや、君の師匠はそんな甘い人じゃ無かったよ。
例え自分が死んでも、その後も封印が解けないよう処置を施していた。
まぁその処置も盗んだ奴に解かれてしまったけどね」
「封印が持続しているとはいえ術師が死ねば、封印術のセキュリティは弱まる。
今なら封印術師以外でも高度な魔術師ならバル翁の封印を解けてしまうのだ」
「封印術師サーウルス=ロッソとバルハ=ゼッタ。
再生者の解放は両者の死の証となる。再生者の解放をきっかけに封印術師の死の情報が世界中に伝わっていく。屍帝が暴れたことで情報の広まりは更に加速するだろうね。
封印術師が居なくなったと勘違いした他の再生者たちが暴れだすのは、もはや時間の問題だ」
「そこでソナタ殿を筆頭に、新たに再生者を捕縛する隊を結成することになったのだ!
先ほどはその件について話していた」
屍帝と同程度の馬鹿能力を持った連中が好き勝手にしたら、この世界がどうなるかわかったもんじゃないな。対策を立てるのは当然と言える。
「メンバーはできるだけ少なく、精鋭だけを集めようと思っている。
そ・こ・で・だ!
僕はね! とある二人の人物をどーしても隊に加えたいと思っているんだ!」
「その二人がこのマザーパンク……もしくはマザーパンクの近くに居るってか?」
「そそ! ねー、誰だと思う? 会長」
「もったいぶらずに早く言えよ……」
「つれないなぁ……じゃあ早速発表しよう!
一人目はアドルフォス=イーター! 空の支配者であるドラゴンの力、物理攻撃を受け流すスライムの力、旋風を操るシルフの力、鉄を操るメタルコンダクターの力、四種の魔物の能力を持っていて更には再生者にすら負けない魔力量を誇る凄腕術師だ!」
「アイツか」
アドルフォス……グルエリ火山では世話になった。
火山に居たってことはこの近くに住んでいるのだろう。肌で感じた通り、やっぱやべぇ奴なんだな。
「アドルフォス君はね、あのバルハさんと三年間再生者を封じる旅に出て、再生者を二体捕まえている。バルハさんの隣で再生者を見て来た彼は対再生者のスペシャリストとも言えるわけだ」
「爺さんと旅だと……」
「バル翁と旅した者は数居るが、
一年間以上付き合えた人間は彼しか居まい!
私も、バル翁の旅について行くのは三か月が限界だった!」
「え!? じゃあもしかして、アドルフォスはパールより強いのか?」
「無論だ!」
う、上には上が居るもんだな……てっきりパールは最強格だと思っていた。
「じゃあ二人目!
二人目は会長もよーく知ってる人だよ!
さ、誰だと思う? 誰だと思う!?」
「うっせぇな……オレだろ、どうせ」
「せ、正解だよ……よくわかったね」
「再生者をとっ捕まえるって言うなら、
封印術師を欲しがって当然だ」
「うん、理解しているなら話は早い!
シール=ゼッタ君、是非とも僕の部下に――」
「断固拒否する」
肩を落とし、「なんで!?」と喚くソナタ。
「再生者はともかくとして、
どっかの組織に属するのは嫌だね。
それも騎士団とか、性に合わないにも程がある」
なによりもソナタの部下ってのがマジで嫌だ。
「封印術が無くとも、
なにかしら再生者対策は用意してるんだろ?」
「うん、少しはね。
でも封印術に比べたらどれも欠陥ばかりさ」
ソナタはどこか含みのある笑顔を浮かべ、「しょうがない」と呟いたあと、顔を上げた。
「話は終わりか?
ならオレは失礼するよ」
「会長はこれからどう動くんだい?」
「爺さんを貶めた野郎を探しに帝都に行く。
爺さんを大罪人のままにしておくわけにはいかないからな。
あと、連れが爺さんの家に用があるから、それにも付き合わねぇと」
なにをするにしてもまずは帝都だ。
この大陸の中心で、あらゆる情報が揃う場所。純粋に帝都の街並みとかも気になるしな。
「うぅむ、帝都か。
シール、ニーアム殿を知っているか?」
「ニーアム?
どっかで聞いたような……あ!」
――『単刀直入に言います。私に封印術を教えてください』
ディストールの牢屋で爺さんを訪ねて来たへそ出し女騎士。
アイツの名前はニーアムだったな。
「知ってる。
アイツがどうした?」
「ニーアム大隊長か。
彼女はちょっと、気難しいからなぁ……そこが可愛くもあるんだけどね」
「大隊長!?
あの女、大隊長だったのか?」
「そだよー」
「彼女は帝都に居るだろう。
よいかシール、彼女の前では絶対に封印術を使うな。
どんな反応をするかまったく読めん。
下手すれば……斬りかかって来るぞ」
パールの額に脂汗。本気の忠告だ。
ニーアム、アイツは封印術を切望していた。
その封印術をこんなドブネズミが習ったと知れば、確かにどんな行動に出るかわからないな。
「わかった。頭に入れておく」
バタン! と扉の開く音。
寝ぐせを頭頂部で炸裂させたシュラが、目を擦りながらリビングに現れた。
「うっさいわね。なに話して――」
「やぁ! 久しぶりだね副会長……って、なんで君も拳を握ってるのかな!?」
「――よくも島に置き去りにしたわね!」
赤魔を立ち昇らせてソナタに迫るシュラ。
オレは壁から背を離し、シュラの肩を掴んで止める。
「もうオレが一発殴っといたから勘弁してやれ。
事情があったのは事実みたいだしな」
「コイツのせいで私たちは海で溺れかけたのよ!
一発殴らないと気が済まないわ!」
「……それに関しちゃお前の自業自得だ」
あのイカダ作戦に同意したオレが言えた義理じゃないけども。
「いいからはやく支度しろ。
昼前には出発するからな」
「むぅ~! 仕方ないわね……!」
シュラは納得いかない様子で部屋に戻っていった。
「じゃあな吟遊詩人。
再生者封じの旅、頑張れよ」
「うん! 応援感謝するよ!
じゃ、またね会長!」
オレはリビングを後にし、荷物の確認を済ませる。
シュラの支度を待ち、オレとシュラは足を揃えてパール宅を出る。
オレ達はそのままマザーパンクの外へと足を運んだ。






