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【WEB版】退屈嫌いの封印術師  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第二章 封印術師と常春の街

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第五十九話 新しい武器を作ろう! その6

 そういやこの犬、相棒が黒の錬魔石を欲しているとか言ってたな。

 しかもコイツ自身錬金術師だと――待てよ。確かこの店の名前……


 〈ケトル=オブ=ガラディア〉。


 ガラ(ット)ディア。


「あぁ、繋がった……」


「ム、なにを一人で納得している! 

 吾輩は状況がまったく読めんぞ! ――むぐっ!?」


 小さな体がガラットに抱き着いた。

 おかしいな、アシュはもう居ないはずだが……。


「わんこ~~! よーしよしよし!」


「えっと、シュラ姐さん?」


 シュラはガラットを両腕でホールドし、仰向けに倒れた。

 いつもの仏頂面はどこに行ったのやら、その笑顔は女の子らしい輝きを放っている。


 一心不乱にシュラはガラットをモフりにモフりまくる。


「うがっ! やめろ小娘……!」


「もふもふ~! もふもふもふ……」


「おい、シュラ……?」


「はっ!」


 シュラはオレの視線に気づき、顔を赤くさせる。

 ガラットを腕から離し、彼女は腰に手を当て立ち上がった。


「な、なによ!」


「お前がなんだよ。

 そんなことするキャラだったか?」


「う、うっさい!

 犬は別なの! 犬は!」


「――はじめてお前とアシュが姉妹だと感じたよ……」


 ガラットは「ガルルル!」と威嚇しながらカウンターに飛び移った。


「まったく、いくら吾輩がプリティだとはいえ、貴様の連れは吾輩を愛しすぎだ!」


「自分で言うな。

――相棒も来たことだし、錬金を頼めるか? ディア」


「うっす。その前に一つお忘れっすよ」


「ん?」


 オレは一つ、重大な物を忘れていた。

 店で買い物をするには必要不可欠な物を。


「お代」

「あー……」


 現在、シール=ゼッタの財布は空っぽだ。

 錬金術、明らかに高い料金を要するだろう。


 しかもオレが提供したのは錬魔石だけで、素材となる鉱石すらあっち任せだ。

 しまった。完全に金銭事情が頭から抜けていた。


「その顔、持ち合わせが無いと見た!」


「恥ずかしながらな」


「ならば代わりに貴様の持っている錬色器(れんしょくき)を見せるのだ!」


「錬色器?」


「錬金術で錬魔石を付けて作成した武具のことっす」


 ルッタや獅鉄槍のことか。


「我々の技術の糧となる錬色器を観察させてくれれば、

 観察料を払おう。その観察料をもって此度の錬金費用とする!」


「ナイス提案だ。

 つってもオレの手持ちが金取れるほどのモンかはわからないけどな」


「例の短剣があれば問題あるまい! はやく見せろノロマ!」


「慌てるな犬。

 いま出してやるよ」


 オレはポケットから三枚の札を取り出し、鷲掴みにする。


「獅鉄槍、

 ルッタ、

 オシリスオーブ、

――一斉(いっせい)解封(open)


 青色の長槍。

 鍔元に錬魔石を埋め込んだ短剣。

 赤色の錬魔石を宝石代わりに飾った指輪。


 オレの手持ち全てを解封し、カウンター台に並べる。


『なっ……!!?』


 ディアとガラットはオレが出した三種の神器の内、ある一つの物に釘付けになっていた。

 ディアとガラットは自分達の頬をくっ付け、食い入るようにそのある物に視点を合わせている。そのある物とは――死神の指輪、オシリスオーブだ。


「な……な……なぜだ!

 なぜ貴様がこんな物を持っている!?」


「間違いないっす。オシリスオーブっす!」


「そんな有名なモンなのか?」


「百年前、名を馳せた伝説の錬金術師コンビ“アルカナ”!

 そのアルカナが残した22の錬色器の内の一つだ! 

 売れば2億ouroは下らない指輪だぞ!」


「に、おく……?」


「融度は11。

 いや、眼を張るべきはこの造形……仕組みっす。

 これは、呪いと祝福を込めているんすか……?」


「いいや似ているが違う! 信じられん、これほどの技術を百年も前に……」


 興奮し、白熱する錬金術師。

 ディアの耳が上げ下げしている。動揺が伺えるな。


「しかし爺さんめ、2億もするような指輪をさらっと渡すなよな……」


 練習道具として渡されたから、大して価値の無い物だと思っていた。


「こ、これを売ってくれ!

 これを売ってくれればこの店にある錬色器を全て渡そう!」


「欲しい物なんでもあげるっす」


「落ち着けお前ら。

 わりぃがこれはなにがあっても売れないんだ。

――数少ない、あの人から受け取った物だからな」


 オレはオシリスオーブをつまみ上げる。


「観察料はこの三品でいくらになる?

 錬金費用はそれで足りるか?」


「無論だ!

 釣りもやろう! 良い物を見せてもらったからな」


「観察料はオシリスオーブだけで10万ouro。

 そこから錬金費用として2万ouro引いて、残り8万ouroをお釣りとしてあげるっす」


「マジか! すげぇ助かるぜ」


「考えたんだけどさ、色んな錬金術店でこの指輪見せればいくらでも金稼げるんじゃないの?」


 シュラ、ナイスアイディアだ。

 指輪を見せるだけでまったく労せず金を稼げる。ふっ、貧乏生活とはおさらばだな。


「おススメしないっす」


「なんでだ?」


「ウチらは善良だからなにもしないっすけど、他の錬金術店だったらこの指輪を見た瞬間に盗賊を雇うっすよ。間違いなく」


「吾輩も、隙を見てこの指輪を咥えて逃げようと考えている次第だ」


「な、なるほどな……つーか犬っころ! テメェ、指輪にこれ以上近づくんじゃねぇぞ!」


「それに、どこの錬金術店でもこのサービスをやってるってわけじゃないっすからね」


 その後、数十分(じゅっぷん)観察させてようやく錬金術師一人と一匹は満足した。

 オシリスオーブだけじゃなく、ルッタも興味深かったようで、その観察料としてさらに2万ouroを貰った。


 ちなみに獅鉄槍は0ouro。ありふれた錬色器らしい。

 この武具三つの中じゃ一番頼りにしてるんだが、利便性と希少性はイコールにはならんな。


 オシリスオーブ観察料10万ouro + ルッタ観察料2万ouro - 錬金費用2万ouro。

 合計で10万ouroがオレの財布に溜まった。これは思わぬ収入だ。


「早速、別室で錬金を始めるっす。

 明日の朝には完成するっす」


「絶対に扉を開けるんじゃないぞ!」


「出る時に店の看板を下げておいてくれると助かるっす」


 黄色、赤、青の錬魔石を持って錬金術師はカウンター内にある扉を開き、中へ入っていった。


「明日の朝か……」


「出発も明日でいいわね」


「そうだな。

 新しい武器を受け取り次第、帝都に向けて出発するか」


「ねぇ、ちょっと気にならない?」


 シュラが右手の親指をカウンター内の扉に向ける。


「扉は開けるなって言ってたろ」


「窓付きの扉なんだから窓から覗けばいいじゃない」


「……一理あるな」


 カウンターテーブルに手を付き、膝を乗せ、中に足を踏み入れる。シュラはぴょんと跳躍しオレの側に着地した。


 オレは扉の前で立ち止まる。扉の窓は少し足を曲げれば覗けるぐらいの高さだ。ただシュラの身長じゃ窓まで顔が届かないだろうな。


「んー! んー!」


 シュラが背筋をピンと伸ばし、必死につま先を立てている。

 仕方ない。


「ほらよ」


「――きゃっ!」


 オレはシュラの両脇を持ち上げ、窓に視線を合わさせた。


「こ、こらぁ!

 ガキ扱いするなぁ!」

「静かにしろ。

 中に声が聞こえるぞー」


 シュラは唇を尖らせ、「ふん!」と静かになった。

 オレは顎を下げ、シュラの頭上から中の景色を覗く。



『……。』



 静寂。

 人が入れそうな大きな壺を挟み、ディアとガラットは椅子に立って両手あるいは前足を壺の上にかざしている。天井から鍋のような物が吊るされ、壺の上に設置してある。鍋には錬魔石や鉱石が乗っかっていた。


 ガラットは黒い魔力で鉱石や錬魔石を破壊、もとい分解していく。

 ディアは両手を掲げ、ガラットが塵にした錬魔石や鉱石を白の魔力で一か所()に集めている。粉が一粒一粒、密集し、形を作っていく。30秒は見続けたが、まだ小石ほども塊はできていなかった。


 もっと派手に砕いたりくっ付けたりしているものだと思っていたが、ひたすらに地味だ。地味な絵面だが、オレは一瞬息をするのを忘れた。


 集中力が伝播した。


 破片一つ、塵一つに気を配る作業。

 オレとシュラは同時に扉から離れるべきだと判断した。雑念一つが、致命傷になりかねない。それほどに細かい作業をしていた。


 オレとシュラは細心の注意を払い、カウンターから外へ、店内から外へ移動し、看板を下げ、帰路に付いた。


「あれが職人ってやつか……」


「私には一生無理な分野ね」


「同じくだ」


 外はいつの間にか暗みを帯びてきていた。


「さぁって、もう日も暮れて来たな。

 今日はアカネさん、支部所に用事あるから夕飯作れないって言ってたし、どっかで飯食って帰るか。

――なぁシュラ、夜桜を見ながら餅でもどうだ? 花見しようぜ花見」


 マザーパンクは夜の7時から9時まで最上層をライトアップする。

 桜の木の側が明るくなり、木の側から街を見渡せるようになるのだ。


「餅は興味ないけど花見はいいわね。

 付き合ってあげるわ」


「よしきた!」 


 夕焼けが街をオレンジ色に染める。


 子供たちの『バイバイ』の声。辺りの家々から香る夕飯の匂い。

 ぐぅーと腹が鳴る。


 オレとシュラは夜桜を見にマザーパンクの街を上がっていく。


――この日見たマザーパンクの街並みをオレは一生忘れないだろう。


 暗い夜を照らす花粉の光、舞い散るピンク色の花びら。

 遠くで広がる海……水面に溶ける花粉と月の影。


 この景色の美しさを言葉で表現するのは、オレには少々荷が重い。

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