第五十二話 約束
死神の指輪から光が失われた。
体から赤い魔力が抜けきった。脱力感が全身を襲う。
“死神の宝珠”+色装……この組み合わせ、体に掛かる負担が半端ない――
『うおおおおおっ!!!』
「げっ!?」
観客席から溢れ出る群衆の波。
すでに疲労困憊のオレは逃げること叶わず波に飲み込まれた。
「ね、ねぇ君! ギルドには所属しているの!?
もしよければさっきの女の子と一緒に配達ギルド“天馬急便”に――!」
「邪魔するな運搬屋!
お前の腕を活かすなら戦場だ坊主!
この俺が率いる傭兵ギルドに……」
「いや待て! お前確かパール大隊長の知り合いだよな!?
だったらここの騎士団入れよ! 歓迎するぜ!」
制服を着た女性と野蛮な恰好をした大男と鎧を着た真面目そうな男騎士が揉み合いながら接近してくる。
「ちょっと待てお前らっ!
オレはどっかのグループに所属する気は無くてだな――」
バチン! と手を叩く音。
首を回し、背後を見ると両手を合わせたパールの姿があった。パールの無言の拍手を聞き群衆は黙り込む。
「まさか本当にレイラ嬢に勝つとは……君は、私の想像を遥かに超える男だったようだ!
しかし……君はバル翁の弟子でありながら、その戦闘スタイルはバル翁よりもサーウルス殿に似ているな」
「サーウルス? 爺さんの弟弟子だったか」
「多様な手札を最大限に利用し、相手を追い詰め封印する。
まさにサーウルス殿の戦い方だ。
今の戦い、実に見事だったぞ!」
「アンタとの修行が無ければ手札を切る事すらできなかったよ。
マジで化物だったぜ、あの女……」
シュラがオレの背中を叩き、腰に手を付いてオレの顔を見上げた。
「アンタ……まぁた強くなったわね!
特に最後の加速――あの一瞬だけは私の色装時の速度と同等だったわ。
いつかまた、手合わせ願いたいものね……!」
「勘弁してくれ。
オレの手の内を知ってるお前には勝てる気しねぇよ」
シュラが「ん」とハイタッチを要求するように右手を挙げた。
パチン、とオレはシュラの手を叩く。
「それでこれからどうするの?」
「約束を果たしに行くさ。
レイラの家に行って解封して、手紙を読ませる」
「そ。じゃあ私はパールの家で待ってるわね」
「いや、お前も来て欲しい。
レイラの治療をしてやってくれ」
「あぁ、そういえば負傷してたわね。
いいよ、まっかせなさい!」
オレはレイラが封印された札を見て、腰をあげる。
出した武器を全てしまって、パールが連れて来た白魔術師の治癒術を受ける。
それからしつこい勧誘を振り切り、シュラと共にレイラの家に向かった。
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レイラ宅は鍵が掛かってなかったから簡単に入れた。マザーパンクは基本的に善人しか居ないから、鍵を掛けない家は多いということを最近知った。
以前に食事をしたリビングで、レイラの札を取り出す。
シュラが興味深そうに札を眺める。
「これって、破っても封印は解けるのよね?」
「ああ。器が壊されれば封印は――」
シュラがオレの手から札を奪い、「えいっ」と札を破った。
「なにやってんだお前……」
「ちょっとどうなるか見たくて」
器が破れ、中から全裸の白髪女子が弾きだされる。
「うわっ!?」
女子は上空に投げ出された。
――まずい。
肌色が近い……!?
「きゃっ!?」
白髪女子、レイラは背中からオレにもたれかかった。このままじゃレイラごと背後のテーブルに激突すると思い、オレはなんとか背中から抱く形でレイラを支える。
ほわん、と右手に柔らかい感触が伝わった。
「あり?」
咄嗟に掴んだなにかは凄く柔らかい感触をしていた。オレは三回手を動かし、その正体を知る。
「ちょ、やめっ……!」
うん、これはアレだな。女の子の頂だな。
予言しよう。数秒後、オレは張り手を喰らってぶっ飛ばされる。確実にな。
レイラの胸は弾力がほとんど無かった。
弱い力で萎む、手を離すとゆったりと膨らむ。弾力は無いのに、手を離すと胸はすぐさま上を向こうとする。重みを感じないお椀型だ。
「シール君……いつまで掴んでるの?」
レイラが顔を燃え上がらせオレを睨んだ。
頬は恥じらう女の子らしく赤くなっているのに、瞳は真っ暗闇だ。
しまった。物珍しい感触に普通に感動してしまっていた。
「ふんっ!」
レイラの肘が頬にクリーンヒットする。
体を回転させながら吹っ飛び、ソファーに頭から突っ込んだ。
「ま、こうなるよな……いてて」
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レイラが治療と着替えを終え、ようやくオレは壁以外を見ることを許された。
レイラは初めて出会った時と同じ、白のワンピースを着ていた。
レイラはオレから視線を逸らし、低い声で呟く。
「私の、負けだね」
オレは巾着バックから手紙の入った封筒を取り出す。
「約束だ」
「……。」
「ちゃんと見ろよ」
レイラはあっさりと手紙を受け取り、階段に右足を掛けて立ち止まった。
「ねぇ、シール君。
シール君から見たおじいちゃんは、どんな人だった?」
その質問を、彼女はどんな気持ちで捻り出したのだろう。
深く考えようとして、やめた。オレは率直な感想を述べる。
「超が付くほどの本好きで、教えるのが下手で、不器用で、
奇妙な術を知っていて、退屈しない話をいっぱい知ってて、
そんで――」
オレは眉を曲げ、口元を緩ませる。
「孫娘の話をする時だけはだらしなく目じりを下げる……孫バカの爺さんだったよ」
レイラはオレの顔を見ると、どこか吹っ切れた顔をする。
「そっか」
そのままレイラは二階へ、自分の部屋へ上がっていった。
「あの女、ちゃんと手紙読むかしら?」
「――読むさ。
いい加減、頭は冷えただろ。
さ、帰ろうぜ。アカネさんがご馳走を用意してるらしいからな」
「ご馳走ね……私には関係ないわ」
「そう言うなよ。後で味の感想は教えてやるからさ」
「それ! ただの嫌がらせにしかならないから!」
オレは扉を開け、レイラ宅から外へ出た。






