第五十話 シール vs レイラ その3
宙に浮き、痛みに顔を歪めながらもなんとか足を伸ばす。
つま先を地面に擦りつけ勢いを弱める。
ステージギリギリのところでオレは止まり、片膝を付いた。
「かはっ!」
血の痰が喉に絡む。
息苦しい……呼吸を整えろ。まだ勝負は終わっちゃいない。
「どうして……」
レイラが『おかしい』と顔色で表している。
そうだろうな、今の攻撃……直撃していたらオレの意識は飛んでいたはずだ。
レイラはオレの手元の伸びた槍を見て、オレの意識が健在な理由を知る。
「槍を伸ばして、後ろに飛んで直撃を免れたんだね……!」
その通り。
あの掌底が当たる直前で、オレは槍を地面に伸ばして体を下がらせた。
「間一髪だぜ、ったくよ……」
しかし、掠っただけでこの威力。
直撃は勿論、掠る程度でも次もらったら耐えられない。
ボソボソと、会場の観客の声が耳に飛び込む。いつの間にか会場中が静かになっていることに気づき、オレは観客席に視線を送る。
スタート前とは大違い。
観客の視線は酒瓶からステージへと完全に移行していた。
「おい、あれがガキの喧嘩か?」
「馬鹿言うな……!
普通に騎士団小隊長レベルはあるぞ、アイツら!」
徐々に盛り上がる観客の声。
気楽でいいな。こっちはマジでヤバいってのに。
「おっとと!」
唐突に、足元が乱れた。
膝が震えている。
視界もちょっと霞んできてるな。
肩と脇腹にナイフ貰ってるし、今の“流纏”の一撃が思ってたより重かったようだ。
「しぶといね、シール君。
はっきり言って舐めてたよ。
まさか、ここまで戦いが長引くとは思わなかった」
レイラは右手の人差し指と中指を合わせ、前に出した。
「ご褒美をあげなくちゃね。
見せてあげるよ、わたしの全力ってやつを……」
そう言ってレイラは指先に虹色の魔力を灯し、空に陣を描き始める。
「副源四色、虹の魔力……!」
「――そう。これが、わたしの四つ目の魔力だよ……!」
オレは前に出る。直感的に、なにかヤバいと感じた。
レイラは指で、目の前の空間に2つの魔法陣を描いた。
拳サイズの小さな魔法陣だ。2つの魔法陣の内の1つがオレの頭上を越えて背後に位置する。
レイラは右手にナイフを形成し、そのナイフを残った正面の魔法陣に向けて投げた。
オレは足を止め、身構えるが、ナイフは魔法陣に触れると消失した。
「消えた!?」
「転移狙撃」
背中に鋭い痛みが走る。
ナイフが深く、オレの背中の中心に刺さっていた。
「嘘でしょ。
魔法陣から、魔法陣にナイフが移動した……?」
シュラのそのリアクションを聞き、オレは彼女の虹色の魔力の特性を理解した。
「瞬間移動の――魔力か!?」
「正確には“転移の魔力”だよ。
わたしの魔力は物を消し、移動させる!」
投げナイフと転移……えーっと、これはアレだな。うん。
――さ、最悪の組み合わせじゃねぇか!!
「褒めてあげるよ!
学院でも、わたしにこの魔力を全開で使わせた人は居なかったからね!」
彼女は再びナイフを正面の魔法陣に向け投げる。
オレは体を反転させ、背後の魔法陣の方を向く。
――彼女が投げたナイフがその魔法陣から現れた。
「反則だろ!」
オレは槍でナイフを迎撃し、すぐさまレイラの方を向き直る。だがその時にはレイラは新たに10に及ぶ魔法陣を展開していた。
「おいおいおい――勘弁してくれっ!!」
新たに展開した10の魔法陣+元々展開していた1つの魔法陣。合計11の陣の内5つの陣がオレを囲むように移動し、設置される。元々オレの背後にあった魔法陣もその囲いに参加した。
オレは目の前の魔法陣を槍で突き刺すが、槍は陣を通り抜けてしまった。
「実体がないっ!?」
レイラはナイフを両手の指で挟み、正面の残った6つの魔法陣に投げる。
魔法陣から魔法陣にナイフは移動し、囲むように設置されていた魔法陣から中心に居るオレに向かってナイフが放たれる。
「このっ!」
オレは真上に跳躍してナイフを避ける。そんなオレの行動を読んでいたかのように、レイラの正面にあった全ての魔法陣が移動して、空に居るオレを正面に据えた。
オレを囲むように設置されていた魔法陣が更にナイフを吸い込んだ。その行き先は間違いなくいま移動してきた魔法陣だ。
「――ッ!?」
ナイフの再利用。
並ぶように設置された魔法陣から空中に居るオレに向けてナイフが発射される。
これは、避けられない――!
「躱せばかぁっ!!」
「シールッ!?」
「勝った……!」
避けられない。
――ならば、
全部叩き落すまでだ!
「斬風剣、死神の宝珠。
――解封ッ!」
轟音が鳴り響く。
空気がうねり、竜巻がオレを包み込んだ。
「なにが起きてるの……!?」
会場中がどよめく。
ナイフは全て風の刃に弾かれ、カランカランと地面に落ちた。
オレの右手の人差し指には赤い宝珠が埋め込まれた指輪、
そして右手に握られるは緑の宝珠が埋め込まれた剣――
「パールおじさんの剣……!」
そう、これはパールに借りた風の刃を発生させる剣だ。
パールの髪の毛を三本落とした褒美でこの戦い中だけ預かった。
「それに、その指輪はおじいちゃんの――!」
「ばば、バル翁の死神の宝珠!?
君が持っていたのか!」
パールから預かった剣と、爺さんから貰った指輪。
一度限りの共演だ。
黒い痣が指輪から右頬まで広がる。制限時間は3分ってとこか。
風と赤のオーラを混ぜ合わせながら、オレは斬風剣をレイラに向ける。
「もう手札は無いんでな。
こっから先は、ゴリ押しで行かせてもらうぞ!」






