第四十九話 シール vs レイラ その2
「やっべ、やりすぎたか?」
よ、予想外の火力だ……これは普通にまずいんじゃないか。
字印から距離を取っていたオレまで爆風でステージ端に飛ばされた。
「大丈夫か!?
レイラッ!!!」
オレはレイラを心配し、煙に向かって走り出す。
さすがに今の火力じゃ爺さんの孫娘でも――
「ばっか!
シール! 上よ!!!」
シュラの声に引っ張られ、オレは頭上を見上げる。
ナイフを4本ずつ、右手左手に持ったレイラが空からオレを狙っていた。
服が破け、体に数か所傷跡を作っているが、動きを鈍らせるほどの大ダメージは負っていない様子だ。
「――降雨狙撃ッ!!!」
一斉に投擲される8本のナイフ。投擲自体は同時だったが、それぞれのナイフには速度差があった。
「無用な心配だったな……!」
オレは思い切り前へ飛び込み、ナイフを躱す。先頭のナイフが地面に刺さり、地を砕いて砂煙を上げる。その砂煙にのこりの7本も入っていった。
「予想より、はやはやだ……いっ!?」
おかしい。オレはナイフを完璧に避けたはずだ。
なのに、右わき腹に熱い痛みを感じる。
痛みの先に目を向けると、鉄のナイフが背後から刺さっていた。
「ナイフ? どこから――」
浅いが、どうして……確かにオレはナイフを全部見切ったはず。
レイラの四つ目の魔力に関係あるのか。
副源四色、虹。“方向転換の魔力”とか“透明化の魔力”とかか?
それともただの風魔術でナイフの軌道を操作して回り込ませたか。青魔で時間差で放ったか。
「いいや」
オレは先ほど躱したナイフを見る。
地面に刺さったナイフの本数は――7。レイラが投擲したナイフの数は8だったはず。
1本足りない。
その1本がオレの脇腹に刺さったナイフだとすれば軌道変更の線は薄い。あの位置からオレの背後まで周ってきたなら、さすがにオレの視界に入るはずだ。
「休む暇はないよ」
レイラは着地するやいなや、一歩でオレとの距離を詰めてくる。
接近戦だと? 封印術師の能力を知って、敢えて前に出るなんざ自殺行為だ。
「ルッタ!」
オレは短剣を札から弾き、右手に装備。順手でレイラのナイフを受け止める。
パールとの修行の経験を活かし、レイラの動作を読んで短剣を振るうが、レイラの両手のナイフは華麗にオレの斬撃を流した。レイラの伸びた足がオレの脇腹を蹴り飛ばす。
「ととっ!?」
蹴りの衝撃で脇腹に刺さったナイフが揺れ、痛みが走る。
オレはナイフをすぐさま抜いて、前に出てレイラと刃を合わせた。
「良い剣捌きだね。
付け焼刃にしては」
「お前はちょっと強すぎるんじゃないか?
女の子はもうちょい、か弱い方がモテるぞ……!」
しかし何が目的だ?
パールの話だとレイラの基本戦術はナイフの投擲による遠距離攻撃。なのになぜここまで接近する?
オレは封印術師、一発殴ればワンチャン字印が入ってゲームセットだ。
そんなリスクを背負ってまで接近する意味がどこにある。
まさかコイツもオレと同じで、近接での一撃必殺を持ってるのか?
「――ふっ!」
レイラはX字に両手のナイフを交差させる。
オレは攻撃を短剣で受け、後ずさりながらもレイラの追撃を受け流す。
パールのオッサンとの修行が無かったら簡単に崩されてたな……。
「そこよ! そこで足っ! 足を出しなさい!
あーもう! なにやってんのよ! そこでフック! 引くな引くな! 押せぇ!!!」
場外でシュラが暴れている。
うっせぇ! オレはお前ほど身軽じゃねぇんだよ!
「馬鹿ッ!
止まるな!!!」
レイラが左手のナイフを近距離で投擲。オレは反射的に片眼を瞑り、首を捻って躱す。
隙あり。とレイラは空いた左手でオレの右手首を掴んだ。
「ちょい待ち!」
なんてオレの制止を聞くはずなく、レイラは手首を回転させた。
――視界が回転した。
投げられた。綺麗に体が側転した。
気づいたら地面に背中が付いていて、上からナイフを振り下ろされようとしていた。
「シール!!!」
「終わりだよ!」
絶好のタイミング。
オレは右脚を振り上げ、靴の裏をレイラの腹に向ける。
オレの右足の靴の裏、そこには円形の魔法陣が描かれている。
――“獅”と書き込まれた魔法陣が……。
「獅鉄槍」
「――ッ!?」
決戦前に、伸ばして靴に封印しておいた獅鉄槍を靴の裏から出現させる。
獅鉄槍は石突の部分から出現し、レイラの腹を押した。
「ぐっ!」
シュラの協力も得てステージ端からでも観客席まで届く長さで封印していたものだ。
順当にいけば場外KOになる。
はずなのに、
槍の石突が消滅し、槍は硬さを失って曲がりくねった。
レイラに視点を合わせる。彼女は全身に渦巻く青い魔力を纏っていた。
「出たな“流纏”……!」
「今のは、やばかったよ……シール君」
獅鉄槍に込めた魔力を操作の魔力で散らしたか。
仕込み魔力封印からの爆撃、靴裏からの獅鉄槍。
どっちも完璧に決まったのに、これでも足りないか……!
「シール君、
もういいよ」
レイラは動きを止め、両手を広げた。
「この戦い、ここで手打ちにしよう」
「おっと、思わぬ提案だな」
「君の動きを見れば君がどれだけ努力してきたかわかる。
わたしと同じように子供の頃から魔術の訓練を凄い頑張って来たんだよね?」
いいや、そんなことはないんだけど。
「その努力をもう奪おうとは思わない。
封印術師を辞めろとは言わない。おとなしくこの街から出て行けばもうなにも言わない。
それで、この勝負は終わりに――」
「なんだレイラ、ビビってるのか?」
レイラの和解の提案を、オレは突っ張る。
「オレが思っていたより善戦するから、自分が負ける可能性が僅かでも出たから手打ちにしようって?
なぁレイラ。お前、やっぱり手紙を読むのが怖いんだろ」
「どういう意味かな?」
「爺さんが死んだ事実を受け止めるのが怖いんだ、お前は」
「違うから。もう黙って……」
「呪いで爺さんの命が短いことはわかってたんだろ?
だから嫌って……爺さんに憎しみを抱くことで、爺さんが死んだことを悲しむのを回避した」
「わたしがおじいちゃんのこと嫌いなのは本音だよ! 嘘じゃない!
わたしはおじいちゃんが嫌いで、大嫌いで――」
「本当に爺さんを嫌っていたらあの家に住めるはずがない、爺さんとの思い出が詰まったあの家に……ドアプレートも残して、爺さんから貰ったぬいぐるみまで置きっぱなしでな」
「それは、他に住む場所が無かったから」
「パールのオッサンに頼めばいくらでも家に泊めてくれたはずだ。
会ったばかりのオレやシュラを簡単に泊めてくれたんだからな」
「うるさい――」
「お前はわかってるんだ。爺さんからの手紙を読めば、その感情から逃げられないってな。
大切な人を失った悲しみから逃げられないと――」
「うるさいっ!!!」
レイラは顔をしかめ、瞼を震わせてオレを見た。
「それ以上変な憶測で喋ると、全部の指にナイフを突き刺すよ。
シール君……」
コイツは心のどこかでわかっているはずだ、爺さんが悪事に手を染めていないことを。
でも爺さんを悪役にしないと自分の心を保てなかった。
熾烈ないじめ、学院からの追放。そしてオレと言う、コイツ自身が憧れたはずの爺さんの弟子の存在。
そこにさらに大切な人間の死が重なったら、自分の心が壊れると直感した。
だから彼女は否定する。
愛情を否定する。そうすれば悲しむ必要はないと思ったから。
問題を遠回しにしているにすぎないと、わかっているはずなのに。
「君は、なにも知らないんだよ。
アイン=フライハイトがどれだけ身勝手な人間か」
向き合わないといけない。向き合わせないといけない。でないと彼女は一生この街から外に出られない。
オレはレイラという少女をそこまで好きじゃない。面倒くさい性格だし、地雷だらけの性格だし……料理は下手だし。たまに目の中から光が消えるしな。
だけどオレは死力を尽くして彼女に手紙を読ませなくてはいけない。
彼女に前を向いて歩いてもらわないといけない。彼女に、心の底から笑ってもらわないといけない。
理由はただ一つ。断言できるからだ。爺さんの未練の中に、彼女の存在があると。
レイラのためじゃない、オレは師匠のために、剣を振るう。
「年に数週間しか家に帰らないで、いつもおばあちゃんは寂しそうだった。
封印術という希少な術を、誰にも教えず長い間独占した。多くの人が大金を持っておじいちゃんの所へ弟子入りを願いに来た! そのお金があればお母さんもお父さんももっと楽ができたのに、あの人は断った! 挙句の果てにどこの誰とも知らない君なんかに封印術を引き継いだ!」
レイラの両目が見開く。
「君はアイン=フライハイトを知らなさすぎる!」
レイラはナイフをばら撒きながらオレに接近する。
オレは右手の短剣と左手の槍で丁寧にナイフを弾き、待ち構える。
レイラは1本のナイフを投擲する。
これでレイラの手にはなにも残っていない。
なにをする気だ? オレは武器持ちだ。コイツの身のこなしは凄いが、それでも無策すぎ――
「っ!?」
眼前に迫ったナイフを弾いたタイミングで、再び意識外の痛みが右肩に走る。
オレは痛みから短剣を落とした。
肩を見ると、やはりナイフが刺さっていた。
「どこから……!?」
いや、今はそれよりも――
「ちっ!」
レイラはすでに槍の間合いに入っていた。
オレは槍で迎撃を試みるがレイラは簡単に回避する。レイラは右手を引いて、腰を落とした。
打ち込み、掌底による打ち込みをする気だ。だが、そんなの受けた所で大したダメージには……
「ねぇシール君。
“流纏”を防御にしか使えない、って考えてないかな?」
レイラの右手に渦巻かれる青き魔力。
頭に過る、一つの理論。
対象の魔力を散らす技、“流纏”。
もしそれを直接打ち込まれたら、防御に使っている赤の魔力、強化の魔力はどうなる?
――最悪の結末が脳裏に走った。
「まずい――!」
「“流纏掌”」
渦巻く青魔を宿したレイラ渾身の打ち込みがオレの腹に炸裂する。
螺旋の衝撃が背中まで伝わった。
「あ、が……!」
オレの赤魔はレイラの青魔に割られ、剥き出し、生身のボディに強化された掌底が突き刺さった。
「――んぷっ!!?」
口の中に鉄の味が広がった。






