第四十七話 決戦前日
決戦前日。
今日をどう過ごすかで明日の戦いは決まる。
とりあえずオレは朝起きてすぐに、アカネさんが居るキッチンに足を運んだ。
「紙束と、手袋と、色んな種類の塗料?」
「はい。それらが欲しいんすけど……」
「いいわ。私、趣味がお絵かきだから塗料はいっぱいあるわよ。
紙束も手袋も今用意するから待っててね」
「本当にすみません。
お代は必ず――」
「いいのよいいのよ。
わたし男の子欲しかったけど結局産めなかったから、シール君のこと息子代わりに思わせてもらってるの。
そのお礼として、ただで受け取って」
まずい、溢れる母性に涙を流しそうだ。相手は猫顔なのに、外見なんてどうでもいいと感じるほどの温かみを感じる。
種族の差か。この街で過ごしているとそんなのどうでもいいと思えてくるな。
オレはアカネさんから道具を受け取り、早速ある物を取りに家を出た。
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“爆氷珊瑚”という魔力を孕んだ物体がある。
衝撃を加えると内包する魔力が破裂し、爆発を巻き起こす物体だ。
騎士団にて加工され、“珊瑚手榴弾”という名の爆弾として使われるそうだ。オレは先日、パールに『魔力を孕んでいて、お手軽に手に入る物はないか?』と問い、この情報を聞き出した。
それを今から取りに行く。
この爆弾珊瑚を全身に生やしたゴーレムが街から出て、海沿いを歩いた先にある洞窟に生息しているらしい。一体から拳サイズの珊瑚を十数個取れるとのこと。
生憎、今日は雨模様。
オレはパール娘が使っていたという傘を借り、マザーパンクから外へ出る。
マザーパンクを出て南に海沿いに歩く。パールから場所は聞いていたし、地図も貰っていたから迷うことはなかった。
「ここか」
岩壁に穴が空いた場所、洞窟。
空は暗いのに洞窟の中は明るい。何やら赤い水晶や黄色の水晶が輝いている。
目的の物じゃないが、金になりそうだな。
「財宝ざっくざくかぁ?
いい手土産になりそうだな」
と、オレが傘を閉じて、洞窟に一歩踏み出した時だった。
背後に重い足音が近づいて来た。
「おらぁっ!」
後ろを振り向くと、斧頭(斧の刃の反対側)が眼前に迫っていた。
オレは後ろにステップを踏み、地面に足を引きずりながら着地する。
オレに向かって放られた斧は地面を砕いていた。
「なんだテメェは?」
斧を持って立っていたのは、明らかに悪そうな顔をした大柄な男。
雨を浴び、前髪を顔面に引っ付けてるから余計に人相が悪い。
「それはこっちの台詞だ!
貴様……俺達の狩場に何の用だ!」
「狩場?」
ズラズラと、大男の背後に足音が連なる。
「ここは発掘ギルド、“ナーガデザート”の狩場だ。
ここにある鉱石は全部俺達のモンなんだよ!」
「知るかよ、そんなこと。
標識でも立てとけ馬鹿。
オレは騎士のお許しを貰って来てるんだ。文句言われる筋合いはねぇ」
「騎士なんぞ知ったことか馬鹿が!
いいから金目のモン全部置いていけ。ハリーアップ!」
オレはポケットから“祓”と書かれた札を取り出す。
目の前の連中は多少魔力は使えるようだが、今の一撃で程度は知れた。
「解封」
オレは札から短剣を弾きだし、右手に取る。
「なっ!?
お前、いまどこから剣を……!」
「教える義理はねぇな」
斧男が「うおおおっ!」と斧を振りかぶる。
遅い、パールに比べたら隙だらけで選択肢がありすぎて逆に悩む。先に相手を穿つこともできるが、ここは敢えて少し間を置き、斧に合わせて短剣を横に薙ぐ。
バキン! と斧が壊れ、破片が飛び散る。オレの短剣の矛先は斧男の腹、その薄皮を裂いた。
「すっこんでろ。
余計な魔力は使いたくねぇんだ……!」
「――ッ!!?」
オレは赤い魔力を迸らせる。
ざ、と盗賊共が一斉に一歩退いた。
シュラやパールがやっていた赤魔での威圧、オレも遂にできるレベルまで来たようだ。
「野生じゃ、狩場の取り合いなんざ珍しくも無い。
時に狩場の主を殺し、強奪することもザラだ」
「て、テメェ……!」
「どうだ、オレと取り合うか? この洞窟を……」
オレが指をクイクイと動かすと、斧男一味はたじろいだ。
だが――
「ほう? 君、中々面白い術を使いますね」
斧男の影から、細身の眼鏡を掛けた男が現れた。
緑色の、苔のような色をした髪の男だ。
「……。」
コイツは只者じゃない。
纏っている魔力でわかる。
「ナーガさん!」
斧男が眼鏡男をナーガと呼んだ。
コイツがリーダーなのか?
「これは警告です。
洞窟の先に居るコーラルゴーレムは貴方が相手できるレベルじゃありません。
退く方が賢明ですよ」
「アンタなら相手できるのか?」
「ええ、もちろん」
「じゃ、アンタに勝てればオレでも倒せるってことだろう?」
オレは短剣の矛先を眼鏡男に向ける。
男は眼鏡をクイッと上げ、右手を前に出した。
「いいでしょう。その挑発乗ってあげます!」
「あ、待ってくれナーガさん!
アンタ、この雨の中じゃ――!」
「止めないでください。
久々に魔術師の血が騒ぐ!」
オレは前へ足を踏み出し、雨を浴びながらナーガとかいう眼鏡男に突っ込む。
「くらいなさいっ!
これが我が至宝の魔術、砂魔術です!」
「砂だと!?」
ナーガの足元から砂が上がる。
――しかし、
「なぬっ!?」
砂は雨粒を吸い、地面に落ちていった。
「……。」
「ままま、待ちなさい!
この戦いは無効です!」
オレは短剣の柄頭で、思い切りナーガの頭を叩いた。
ナーガは「ぐへぇ!?」と気絶し、地面に倒れた。
「……。」
「……。」
オレと斧男の間に、数秒の静寂が訪れる。
「お前のとこのリーダー、もしかして馬鹿か?」
「ああ、だから普段はオレが取りしきってるんだ。
行けよ。多分、お前ならあのゴーレムも倒せるよ」
「わかった。
――大変だな、お前」
オレは斧男に軽く同情し、洞窟へ戻った。
後ろを振り返ると、情け無さそうに眼鏡男を抱える斧男の姿があった。
「なんだったんだアイツら……」
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洞窟には金目の鉱石が多く眠っていた。帰り際に採っていこう。
こんな宝の山、なぜ放置しているのだろうか?
さっきのギルドを怖がって誰も手を出せなかったのか。
そんなオレの疑問を、洞窟の奥に居た奴が解決する。
「【グオオオオオオオオオッ!!!!】」
赤や青の鉱石が辺りを照らす美しい洞窟内の開けた空間。
そこでそいつは待ち構えていた。
オレの身長の五倍はある体躯。
岩石の四肢、全身から青い珊瑚のような水晶を生やしたゴーレム。
間違いない、コイツがコーラルゴーレムだ。これを怖がって誰もこの洞窟に近づかないんだな。
「――獅鉄槍」
オレは獅鉄槍を解封し、両手で握る。
ゴーレムは大きく口を開け、オレに向けた。
「【ゴォ!!!!】」
口から放たれる青の結晶。
赤い魔力を体に帯び、横っ飛びして避ける。
結晶は地面に着弾すると轟音を鳴らし、辺りに爆風と破片をまき散らした。
「聞いてた通りだな」
オレは洞窟内の壁を蹴り、相手の視線を左右に振ってから地面を蹴って飛び上がる。
奴の視線が上に向くと同時に、獅鉄槍に赤と緑の魔力を込めた。
「伸びろ!」
槍が伸び、ゴーレムの額に激突する。
だがそこで槍は伸び悩み、弾かれた。
「封印」
伸ばしたまま槍を封印する。
なるほど、あの装甲を突破するにはある程度威力がないと駄目らしい。オレの手持ちじゃキツイか。ならば、
「装甲を外から破るのは諦めよう」
着地し、オレは獅鉄槍を封印した札を丸める。
同時に、ゴーレムは高速タックルをかましてくる。オレは両手を前に出し、突進を受け止めた。
「お」
ゴーレムは思っていたより軽い力で止まった。
「特訓の成果か?
無駄じゃ無かった――な!」
オレはゴーレムの腕を掴み、背後の壁に投げ飛ばす。
ゴーレムが壁にめり込む。体の結晶にもかなりの衝撃が入ったはずだが、起爆しない。
奴の体に付いている間は衝撃が入っても起爆しないのか?
ゴーレムはすぐに壁から抜け出し、地面に着地する。
「【ゴォッ!!!!】」
再びゴーレムが口を開けた。
――それを待っていた。
「ルッタ!」
札からルッタを弾き、キャッチして突進する。
放たれる結晶を、短剣の投擲で落とす。先頭の結晶が爆風を起こし、後続の結晶達も巻き込んだ。
黒煙に全力で突っ込み、ゴーレムの大きく開いた口に紙球を放り込む。
ゴーレムは獅鉄槍の入った紙を飲み込んだ。
「はい、お疲れさん」
オレは指を立て、「解封」と口にする。
ゴーレムの体内で獅鉄槍が解封。
さっき伸ばしたままだった獅鉄槍はゴーレムを体内から頭までを貫いた。
「一丁あがりっ!」
ゴーレムは叫ぶこともできず、その場に倒れこんだ。
オレはゴーレムから爆氷珊瑚を採取し、字印を描いて札に封印していく。
これで、おつかいは終了だ。
帰り際に鉱石を採取し、それをマザーパンクで売りさばいた。鉱石は思ったより高値は付かず、両腕いっぱいに積んで持っていったのだが、2000ouroにしかならなかった。まぁいいか、この金でアカネさんになにかお菓子でも買って帰ろう。
これで修行開始から五日間が経った。目的は全て果たした。
準備は万端だ。
――天逆の月が訪れる。
闘技場にて、オレは彼女を待つ。






