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【WEB版】退屈嫌いの封印術師  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第二章 封印術師と常春の街

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第四十七話 決戦前日

 決戦前日。

 今日をどう過ごすかで明日の戦いは決まる。


 とりあえずオレは朝起きてすぐに、アカネさんが居るキッチンに足を運んだ。


「紙束と、手袋と、色んな種類の塗料?」


「はい。それらが欲しいんすけど……」


「いいわ。私、趣味がお絵かきだから塗料はいっぱいあるわよ。

 紙束も手袋も今用意するから待っててね」


「本当にすみません。

 お代は必ず――」


「いいのよいいのよ。

 わたし男の子欲しかったけど結局産めなかったから、シール君のこと息子代わりに思わせてもらってるの。

 そのお礼として、ただで受け取って」


 まずい、溢れる母性に涙を流しそうだ。相手は猫顔なのに、外見なんてどうでもいいと感じるほどの温かみを感じる。

 種族の差か。この街で過ごしているとそんなのどうでもいいと思えてくるな。

 

 オレはアカネさんから道具を受け取り、早速ある物を取りに家を出た。



---



 “爆氷珊瑚(コーラルクラッカー)”という魔力を孕んだ物体がある。

 衝撃を加えると内包する魔力が破裂し、爆発を巻き起こす物体だ。


 騎士団にて加工され、“珊瑚手榴弾(コーラルグレネード)”という名の爆弾として使われるそうだ。オレは先日、パールに『魔力を孕んでいて、お手軽に手に入る物はないか?』と問い、この情報を聞き出した。


 それを今から取りに行く。

 この爆弾珊瑚を全身に生やしたゴーレムが街から出て、海沿いを歩いた先にある洞窟に生息しているらしい。一体から拳サイズの珊瑚を十数個取れるとのこと。


 生憎、今日は雨模様。

 オレはパール娘が使っていたという傘を借り、マザーパンクから外へ出る。


 マザーパンクを出て南に海沿いに歩く。パールから場所は聞いていたし、地図も貰っていたから迷うことはなかった。



「ここか」



 岩壁に穴が空いた場所、洞窟。

 空は暗いのに洞窟の中は明るい。何やら赤い水晶や黄色の水晶が輝いている。

 目的の物じゃないが、金になりそうだな。


「財宝ざっくざくかぁ?

 いい手土産になりそうだな」


 と、オレが傘を閉じて、洞窟に一歩踏み出した時だった。

 背後に重い足音が近づいて来た。


「おらぁっ!」


 後ろを振り向くと、斧頭(斧の刃の反対側)が眼前に迫っていた。


 オレは後ろにステップを踏み、地面に足を引きずりながら着地する。

 オレに向かって(ほう)られた斧は地面を砕いていた。



「なんだテメェは?」



 斧を持って立っていたのは、明らかに悪そうな顔をした大柄な男。

 雨を浴び、前髪を顔面に引っ付けてるから余計に人相が悪い。


「それはこっちの台詞だ!

 貴様……俺達の狩場に何の用だ!」


「狩場?」


 ズラズラと、大男の背後に足音が連なる。


「ここは発掘ギルド、“ナーガデザート”の狩場だ。

 ここにある鉱石は全部俺達のモンなんだよ!」


「知るかよ、そんなこと。

 標識でも立てとけ馬鹿。

 オレは騎士のお許しを貰って来てるんだ。文句言われる筋合いはねぇ」


「騎士なんぞ知ったことか馬鹿が!

 いいから金目のモン全部置いていけ。ハリーアップ!」


 オレはポケットから“祓”と書かれた札を取り出す。

 目の前の連中は多少魔力は使えるようだが、今の一撃で程度は知れた。


解封(open)


 オレは札から短剣を弾きだし、右手に取る。


「なっ!?

 お前、いまどこから剣を……!」


「教える義理はねぇな」


 斧男が「うおおおっ!」と斧を振りかぶる。

 遅い、パールに比べたら隙だらけで選択肢がありすぎて逆に悩む。先に相手を穿つこともできるが、ここは敢えて少し間を置き、斧に合わせて短剣を横に薙ぐ。


 バキン! と斧が壊れ、破片が飛び散る。オレの短剣の矛先は斧男の腹、その薄皮を裂いた。


「すっこんでろ。

 余計な魔力は使いたくねぇんだ……!」


「――ッ!!?」


 オレは赤い魔力を迸らせる。

 ざ、と盗賊共が一斉に一歩退いた。


 シュラやパールがやっていた赤魔での威圧、オレも遂にできるレベルまで来たようだ。


「野生じゃ、狩場の取り合いなんざ珍しくも無い。

 時に狩場の(あるじ)を殺し、強奪することもザラだ」


「て、テメェ……!」


「どうだ、オレと取り合うか? この洞窟(狩場)を……」


 オレが指をクイクイと動かすと、斧男一味はたじろいだ。

 だが――



「ほう? 君、中々面白い術を使いますね」



 斧男の影から、細身の眼鏡を掛けた男が現れた。

 緑色の、苔のような色をした髪の男だ。


「……。」


 コイツは只者じゃない。

 纏っている魔力でわかる。


「ナーガさん!」


 斧男が眼鏡男をナーガと呼んだ。

 コイツがリーダーなのか?


「これは警告です。

 洞窟の先に居るコーラルゴーレムは貴方が相手できるレベルじゃありません。

 退く方が賢明ですよ」


「アンタなら相手できるのか?」


「ええ、もちろん」


「じゃ、アンタに勝てればオレでも倒せるってことだろう?」


 オレは短剣の矛先を眼鏡男に向ける。

 男は眼鏡をクイッと上げ、右手を前に出した。


「いいでしょう。その挑発乗ってあげます!」


「あ、待ってくれナーガさん!

 アンタ、この雨の中じゃ――!」


「止めないでください。

 久々に魔術師の血が騒ぐ!」


 オレは前へ足を踏み出し、雨を浴びながらナーガとかいう眼鏡男に突っ込む。


「くらいなさいっ! 

 これが我が至宝の魔術、砂魔術です!」


「砂だと!?」


 ナーガの足元から砂が上がる。


――しかし、


「なぬっ!?」


 砂は雨粒を吸い、地面に落ちていった。


「……。」


「ままま、待ちなさい! 

 この戦いは無効です!」


 オレは短剣の柄頭で、思い切りナーガの頭を叩いた。

 ナーガは「ぐへぇ!?」と気絶し、地面に倒れた。


「……。」


「……。」


 オレと斧男の間に、数秒の静寂が訪れる。


「お前のとこのリーダー、もしかして馬鹿か?」


「ああ、だから普段はオレが取りしきってるんだ。

 行けよ。多分、お前ならあのゴーレムも倒せるよ」


「わかった。

――大変だな、お前」


 オレは斧男に軽く同情し、洞窟へ戻った。

 後ろを振り返ると、情け無さそうに眼鏡男を抱える斧男の姿があった。


「なんだったんだアイツら……」



---



 洞窟には金目の鉱石が多く眠っていた。帰り際に採っていこう。

 こんな宝の山、なぜ放置しているのだろうか? 

 さっきのギルドを怖がって誰も手を出せなかったのか。


 そんなオレの疑問を、洞窟の奥に居た奴が解決する。



「【グオオオオオオオオオッ!!!!】」



 赤や青の鉱石が辺りを照らす美しい洞窟内の開けた空間。

 そこでそいつは待ち構えていた。

 

 オレの身長の五倍はある体躯。

 岩石の四肢、全身から青い珊瑚のような水晶を生やしたゴーレム。


 間違いない、コイツがコーラルゴーレムだ。これを怖がって誰もこの洞窟に近づかないんだな。


「――獅鉄槍」


 オレは獅鉄槍を解封し、両手で握る。

 ゴーレムは大きく口を開け、オレに向けた。



「【ゴォ!!!!】」



 口から放たれる青の結晶。

 赤い魔力を体に帯び、横っ飛びして避ける。

 結晶は地面に着弾すると轟音を鳴らし、辺りに爆風と破片をまき散らした。


「聞いてた通りだな」


 オレは洞窟内の壁を蹴り、相手の視線を左右に振ってから地面を蹴って飛び上がる。

 奴の視線が上に向くと同時に、獅鉄槍に赤と緑の魔力を込めた。


「伸びろ!」


 槍が伸び、ゴーレムの額に激突する。

 だがそこで槍は伸び悩み、弾かれた。


封印(close)


 伸ばしたまま槍を封印する。

 なるほど、あの装甲を突破するにはある程度威力がないと駄目らしい。オレの手持ちじゃキツイか。ならば、


「装甲を()()()破るのは諦めよう」


 着地し、オレは獅鉄槍を封印した札を丸める。

 同時に、ゴーレムは高速タックルをかましてくる。オレは両手を前に出し、突進を受け止めた。


「お」


 ゴーレムは思っていたより軽い力で止まった。


「特訓の成果か?

 無駄じゃ無かった――な!」


 オレはゴーレムの腕を掴み、背後の壁に投げ飛ばす。

 ゴーレムが壁にめり込む。体の結晶にもかなりの衝撃が入ったはずだが、起爆しない。


 奴の体に付いている間は衝撃が入っても起爆しないのか?

 ゴーレムはすぐに壁から抜け出し、地面に着地する。


「【ゴォッ!!!!】」


 再びゴーレムが口を開けた。


――それを待っていた。


「ルッタ!」


 札からルッタを弾き、キャッチして突進する。

 放たれる結晶を、短剣の投擲で落とす。先頭の結晶が爆風を起こし、後続の結晶達も巻き込んだ。 


 黒煙に全力で突っ込み、ゴーレムの大きく開いた口に紙球を放り込む。

 ゴーレムは獅鉄槍の入った紙を飲み込んだ。


「はい、お疲れさん」


 オレは指を立て、「解封(open)」と口にする。


 ゴーレムの体内で獅鉄槍が解封。

 さっき伸ばしたままだった獅鉄槍はゴーレムを体内から頭までを貫いた。



「一丁あがりっ!」



 ゴーレムは叫ぶこともできず、その場に倒れこんだ。

 オレはゴーレムから爆氷珊瑚(コーラルクラッカー)を採取し、字印を描いて札に封印していく。


 これで、おつかいは終了だ。


 帰り際に鉱石を採取し、それをマザーパンクで売りさばいた。鉱石は思ったより高値は付かず、両腕いっぱいに積んで持っていったのだが、2000ouroにしかならなかった。まぁいいか、この金でアカネさんになにかお菓子でも買って帰ろう。


 これで修行開始から五日間が経った。目的は全て果たした。

 準備は万端だ。


――天逆の月が訪れる。


 闘技場にて、オレは彼女を待つ。

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