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【WEB版】退屈嫌いの封印術師  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第二章 封印術師と常春の街

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第四十二話 “許さない”

 正門を越え、オレとシュラは応接室に案内された。

 ソファーに腰を落ち着け、運ばれて来たカップを掴みコーヒーを口に運ぶ。めちゃ苦い。


 左隣にはシュラが座り、正面にはパールが座っている。



「やはり、バル(おう)は亡くなってしまったか……」



 ズズ、っとパールは鼻をすする。その顔は今にでも泣き出しそうだった。

 オレは第一に爺さんの死をパールに伝えた。やっぱり、爺さんが死んだ情報はあまり出回っていないようだ。親族であるレイラが知らない様子だったしな。


「だが良かった。君が看取(みと)ってくれて」


「爺さんは安らかに眠ったよ。

 決して酷い死に方じゃなかった」


「うむ! 感謝する!

 それはきっと、君のおかげだろう」


 パールが頭を下げる。

 深く、机に額を打ち付けるほどに。


「おいおい……」


 オレは慌ててパールの肩を掴む。


「やめろって! 別に大したことしてないから!

 アンタお偉いさんだろ? そんな簡単に頭下げていいのかよ!」


「本当に感謝しきれんのだ!

 あの、偉大な男を、孤独に送らなかった君の功績は大きい!

 本当に……本当に……!」


 震えるパールの声。

 このオッサンは……どれだけ爺さんのことを尊敬していたのだろうか。

 爺さんは一体、何者なんだ。


 こんな騎士団のお偉いさんにここまで尊敬される爺さんは、一体どれだけのことをしてきたんだ……



「なんか感動の話の途中で悪いけどさ、アンタに聞きたいことあるんだけど」



 沈んだ雰囲気などお構いなし。

 シュラは早速本題を切り出すようだ。


「バルハ=ゼッタの家の場所、私が聞きたいのはそれだけよ」


「なぜバル翁の家に?」


 パールは頭を上げる。


「呪いを解くためよ。

 そのための手掛かりがそのバルハ=ゼッタっていう人の家にあるかもしれない」


 呪いを解く。

 それを聞いた時、シュラは普通の人間は笑うと言った。もしくは驚くか、どちらかだろう。

 だがパールはどちらでもなく、ただただ瞳を鋭く尖らせた。


「――なるほど、確かにバル翁は呪いを解く方法を追い求めていた。

 ヒントはあるかもしれぬ」


「ホントに!?」


「だが、もし呪いを解く方法があったとして、簡単な道ではないぞ……決して」


 その言葉には忠告の意が含まれた。

 シュラの目的は否定せず、かと言って肯定もしない。シュラはパールの鋭い視線に息を呑むが、すぐに笑って切り返す。


「覚悟の上よ!」


「うむ! よくぞ言った!」


 パールはすぐに元の穏やかな顔に戻った。


「バル翁の家は帝都にある。

 後で帝都の地図に場所を書いて渡そう」


「助かるわ」


「となれば、シール殿も帝都に向かうのか?」


「“殿”はやめてくれ。シールでいい。

 そうだなぁ、オレも帝都に行くか。爺さんの家は気になるし。

 だが、ちょっとこの街でやる事が残っているから出発は一週間後くらいになるかな。

――どうするシュラ、お前、先行ってるか? 今ならカーズたちに追いつけるだろ」


「私も一週間後でいいわ。

 あの女とアンタの決闘、興味あるしね」


 オレとシュラの会話を聞いてパールは「決闘?」と顎を指で撫でた。


「ふぅむ、もしよければ、事情を聞かせてもらえるか?」


「あぁ、それが……」


 オレは爺さんから受け取った手紙のことと、レイラと決闘の約束したことをパールに話す。

 パールは涙ぐみながら、オレの肩を叩いた。


「亡き師のため、孫娘に手紙を届けるか――素晴らしい!

 しかしだなぁ、レイラ嬢はちと、手ごわいぞ」


「えっと、アンタはオレの味方……でいいんだよな?」


「そうさな……その話を聞いてしまえば君の方に付かざるを得ない。

 レイラ嬢を闇から救い出せるのはやはりバル翁しか居ないだろうからな……。

 その手紙が、きっかけになってくれればいいが」


「早速レイラについて教えてくれ。

 なぜアイツはあそこまで爺さんを憎んでいる?」


「うぅむ。わかった、全て話そう」


 パールの話はオレがカップのコーヒーを全て飲み終えるまで続いた。


 レイラ=フライハイト。

 帝都最大最高の魔術学院“ユンフェルノダーツ”の首席候補まで(のぼ)り詰めた天才魔術師。


 彼女の夢はイグナシオと同じ、騎士団長だった。騎士団直下の魔術学院である“ユンフェルノダーツ”の主席になればスタート(入隊)から小隊長になれる。彼女はその資格を取るために首席を狙い、日々熱心に勉学に励んでいた。


 ちなみに帝国騎士団の組織図は騎士団長(一人)→親衛隊(五人)=大隊長(三人)→中隊長(九人)→小隊長(二十七人)→一般兵(約五百人)→訓練兵(百八十人)という順番に並んでいる。このマザーパンクに居る騎士たちは地方騎士団という括りに分けられ、また別個で役職があるらしい。基本的に力関係は帝国騎士団>地方騎士団だそうだ。


 小隊長と一般兵の差は大きく、はじめから小隊長になれる、という条件は破格だった。と言っても大抵はすぐに実力不足・指揮力不足で降格される。だがパールが言うにはレイラならば降格されるようなことはなかっただろう、とのことだ。


 レイラの人生は順風満帆に進んでいた。

 祖父が、投獄されるまでは。


 爺さんがある日、魔術の開発に使っていた研究所に訪れると見知らぬ死体が並んでいたそうだ。

 ほとんどが騎士団の関係者だったらしい。


 爺さんは騎士団関係者を襲い、解剖した大罪人として手錠を掛けられた。


「騎士団の内縁の多数が被害に遭った。

 その中には騎士団長の妻も居た」


「濡れ衣だろ!

 爺さんがそんなことするはずがねぇ!」


「バル翁は言っていた。騎士団上層部に魔人が居ると。そしてその魔人が自分を嵌めたのだと。

 私の予想では、恐らく中隊長以上の誰かが……」


「ちょっと、シーダストでも騎士団が関わっているって話だったでしょ。

 どれだけ闇深いのよ、アンタら」


「いずれ、帝都に出向いて一斉捜査をするつもりだ。そのための準備を先日済ませておいた。バル翁の無念を晴らすためにも、いち早く騎士団の闇を暴かなくてはならない。

 さて、話を戻そうか。騎士団の内縁が多く巻き込まれた事件だったゆえ、騎士団直下の魔術学院にもすぐさまその話は流れた。この事件をきっかけに、バル翁の孫娘だったレイラ嬢に対し酷い仕打ちがはじまった」


 所謂(いわゆる)いじめというやつだ。


 レイラは元から、その強さから嫉妬の対象だった。事件が起こる以前から多少の陰口は叩かれていたらしい。

 だが人間は大義名分が無ければ、正義の理由が無ければ、過激なことには踏み切れない。


 その大義名分が、出来てしまった。

 溜まりに溜まった嫉妬の火は『正義』を薪にして、容易に一人の少女の心を焼いた。


 レイラは魔術学院の生徒、教師、そして騎士団からも白い目で見られた。

 やがて不当な方法で成績を操作され、落第。適当なこじつけで退学処分された。

 レイラは帝都に住むことに耐え切れず、穏やかな心を持つ者が多いこのマザーパンクにやってきた。パールの指揮下にあるこの街の騎士団は決してレイラを疎まなかった。


 レイラは何度も爺さんのところまで面会しに行ったらしい。

 ディストールに搬送される前の時期だろう。


『おじいちゃん、私は信じてるよ。だから全部話して』


『お願い、私は大丈夫だから……違うって、なにもやってないって、言ってよ……』


『おじいちゃん、おじいちゃん……どうしてなにも言ってくれないの?』


 爺さんは、レイラには何も語らなかった。


「バル翁はきっと――」

「言わなくてもわかるさ。

 アイツを巻き込みたくなかったんだろう。変ないざこざに……」


 爺さんが無実だと主張すれば、きっとレイラはそれを証明するために騎士団の暗部に切り込んだだろう。それがどれだけ危険な道でも。それは爺さんが望む選択じゃない。


 レイラはなにひとつ語らない爺さんを、ついに見限った。

 レイラは、自分の祖父の罪を認めた。認めてしまった。




『許さない。おじいちゃんのこと、絶対許さないからっ……!』




 それが、彼女が最後に爺さんに言った言葉だったそうだ。


「……。」


 沸々と、怒りがこみあげてくる。

 全部、爺さんを嵌めた野郎のせいだ。

 どこの誰かは知らないが、覚悟しておけ。テメェが踏みにじったモン、全部責任取らせるからな……。


「この決闘、

 是が非でも負けられねぇな」


「レイラ嬢は強い。

 赤・緑・青の主源三色、その全てに秀でたオールラウンダーだ。

 同世代ではずば抜けている」


「副源四色は?」


「――虹色、自由の魔力」


 虹色の魔力。

 副源四色の中で最も珍しい魔力。


 確か、他三つに分類されない魔力がそこにカウントされるんだったか。


「そっか。

 あの女から感じた異質な魔力、あれが虹色の……」


「虹色の魔力は千種万別。

 彼女の魔力の色は知っているが、詳しい魔力の質はわからぬ」


「同じ虹色の魔力を持っている奴でも、その魔力の特性は全く違うんだよな?」


「その通り!

 虹色の魔力は他の副源色で分類不可のモノをそう呼んでいるだけだからな」


 未知の魔力。

 破壊、再生、支配で分類できない、彼女だけの魔力――


「オッサン。オレはアイツに勝てると思うか?」


「勝てぬだろう。

 地力の差もあるが、厄介なのは彼女が封印術の能力をある程度把握していることにある。だが君は彼女の副源四色の特性を知らない。せめて情報面で差があれば搦め手でなんとかなったかもしれぬが条件的に厳しい」


「だよな。

 オレもかなり分が悪いと踏んだ」


「すまないが、正直五日間、なにかをしたとして埋まる差とは思えん……」


「ま、小さい時から魔術を学んでいる奴にぺーぺーのオレが真っ向勝負で敵うはずもないか」


 と言っても、諦めるわけにはいかないけどな。


「そういえば聞いたことなかったけど、

 アンタって魔術を習ってどれくらいになるの?」


「ん? 半年と少しだ」


「半年――」


 シュラは腰を上げ、オレの胸倉をつかんできた。


「半年!?」


「おいおい!

 いきなりなんだ!?」


 シュラの唇が、鼻先に付きそうなぐらい接近する。


「馬鹿な……!」


 シュラとパールがこめかみに汗を滲ませる。

 反応を見るに、凄いこと……なんだろうか。他の魔術師の基準がわからないから判断がつかない。


「ふっ、フハハハハハハハッ!!」


 パールが突然、笑い出した。


「嘘、でしょ?

 たった半年で、あんな複雑な術式を……。

 不意をつかれたとはいえ、私が、たった半年しか魔術を学んでいない奴に負けたって言うの?」


「なるほど。なるほどなぁ!

 希望はあるなぁ!」


 パールは立ち上がり、拳を天に突き立てた。


「我が家へ来い! シール=ゼッタ!

 あと五日で、君をレイラ嬢の居るレベルまで押し上げようではないか! 

 この私がなぁ!!」


「……そりゃ助かるが、お手柔らかに頼むぜ」


 妙にやる気満々のオッサン騎士に不安を抱きつつも、オレはパールの指導を受けることにした。

昨日、Twitterで『封印術師』で調べてみると意外にも多くの方が呟いてくれていて、本当に嬉しかったです。励みになりました、ありがとうございます(´;ω;`)


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