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【WEB版】退屈嫌いの封印術師  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第二章 封印術師と常春の街

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第三十七話 憎い相手

 案内されたのは二階、階段を上がって一番奥の部屋だ。 

 ちなみに二階は三つ部屋があり、レイラの寝室とトイレとオレが案内された部屋だ。


 オレが案内された部屋の扉にはドアプレートがぶら下がっており、そこには“アイン”と書かれていた。


 部屋の中にはほとんど物が置いていなかった。ふかふかのベットが一つとクローゼットが一つ。あとは机と椅子が一つずつ。


 ベットの側には窓があり、街灯が差し込んでいる。陽はもうとっくに沈んでいた。今日はもう外に出ない方がいいな。

 オレは窓から外の景色を眺める。桜の木に向かって伸びる町並み……なるほど、ここに家を建てた奴はセンスがあるな。寝る前にあんな綺麗な桜を拝めるなんて最高じゃないか。


「ん?」


 視界の端、ベットと壁のすき間になにかが落ちている。

 オレはもふもふしたその物体を拾いあげた。


 ぬいぐるみだ。


 クマのぬいぐるみ。ボロボロだな……埃っぽくて綿が抜けている。このボロボロ加減を抜きにしてもこのぬいぐるみ、かなり不細工だ。めちゃくちゃに太い眉と憎たらしい丸目、口は3の字……きもかわいい? ってやつなのだろうか。


 コンコン、とノックする音が部屋に飛び込む。


「どうぞ」


 オレが言うと、ドアノブが回り銀の長髪の少女が部屋に足を踏み入れた。

 寝巻(ナイトウェア)だろうか、さっきまで着ていたワンピースより薄い生地の服を着ている。半透明で、太腿から下は透けて見えている。


「どう? この部屋、なにか不満な所とかある?」


「いいや全然。不満どころか大満足さ」


「そっか、良かった……ところで、手になに持ってるの?」


 レイラは頭を横に倒し、オレの背中の方を覗きこむ。


「あぁ、これか?」


 オレは手に持ったぬいぐるみをレイラにも見える位置に持ってくる。


「――――ッ!?」


「すげー不細工なぬいぐるみだよな。綿も抜けてるし、捨て忘れたのか?

――っと!?」


 バッ! とオレの手元からぬいぐるみが消えた。奪われた。

 レイラが顔を伏せながらぬいぐるみを抱きかかえている。


「ごめん、これは……ちょっと訳ありなんだ」


「そう、か……悪いな、無神経なこと言ったか?」


「全然そんなことないよ。

 不細工で、汚くて、まったく可愛くないぬいぐるみだよね……」


 ならどうして、そんな大切そうに抱えてるんだ?


「誰か、大事な人からのプレゼントとかか?」


「……。」


 レイラの表情が暗く冷える。

 瞬時にわかった。今のレイラの表情が、彼女の素の顔だと。


「ねぇシール君。

 シール君はさ、()()()()()()()()って居る?」


 レイラは唐突にそう切り出して、真っ黒に落ちた瞳をオレに向けた。

 怖い。なんだこの圧力……!


 生物の本能が“逃げ出したい”と叫んでる。


「居ない、けど……別に」


「そう。わたしは居るんだ。

 このぬいぐるみはその人がくれたもの」


「じゃあなんで、そんなもん、捨てずに持ってるんだ?」


「さぁ、どうしてだろうね。

 わたしにもわからないや」


 にひひ、とレイラは笑う。

 それが作り笑いだと言うのはすぐにわかった。


 レイラはなんてことない調子で話を切り替える。


「さっきパールおじさんの家に飛ばしたハトが戻って来たよ。

 明日の昼頃には騎士団の支部所に帰ってくるってさ」


 圧力が消えた。

 オレもレイラと同様に表情を切り替え、余裕の面持ちに戻す。


「家にはパールは居ないんじゃないのか。

 誰が返事書いたんだ?」


「奥さんと娘さんが居るんだよ。

 返事を書いてくれたのは奥さんだね。アカネさんって言うんだけど、すごく料理が上手なんだ。わたしの料理の師匠だよ」


 レイラの師匠か。

 本当に料理が上手なのだろうか。レイラの腕を見てると心配になる。


「そんじゃ、明日は朝からマザーパンクを周って、昼に支部所に行ってパールと合流って感じか?」


「そうだね~。

 楽しみだからって、眠れなくなっちゃダメだよ?」


「オレがお前とのデート如きで眠れなくなるわけないだろうが。

 デートだって初めての経験じゃない」


 オレは余裕の面持ちで、肩を竦めて言う。

 レイラは「むー」と口を紡ぎ、オレをジト―と見ながら退出した。


 オレはレイラが居なくなったのを確認して、腰に手を当て体をクネクネさせる。


「デートかぁ……」


 あのレベルの女子とデート。

 生きてればいいこともあるもんだ。

 

 しかし、少々緊張するな。今までのオレの女性遍歴はかなりひどい。


 一度、デートまでこぎつけた相手が居た。ディストール一の美人さんで、オレは目一杯エスコートしたつもりだったが……



『シールってさ、ずっと退屈そうだね』



 そう言って彼女は消えていった。

 オレはあの時楽しんでいたと思う。退屈なんてしていなかった。

 なのに、どうして彼女はあんなことを言ったのだろうか。

 彼女は結局、次の日にどこかへ旅立ってしまった。


「――気にするな……明日は楽しむぞ!」


 そうだ、レイラは特別だ。

 言っちゃなんだが、レイラの容姿はオレが出会った中で一番かわいい――いや、アシュとあの女騎士、ニーアム。あとはイグナシオ。あの三人、中身はともかく容姿は凄かったからな。


 シュラはほら、明らかにちんちくりんだから除外として。

 うーむ、オレが今まで会った中で一番の美人を決めるのは難しいな。


 だがトップレベルであることは間違いなし! くそ、緊張で寝れる気がしない!



「じー……」



 ふと、背中に視線を感じた。

 オレは恐る恐る振り返る。扉を指三本分開けて、水色の瞳が部屋をのぞき込んでいた。


 オレは柄にもなく頬を赤く染め、尋ねる。


「ど、どこから見てた……?」


「“デートかぁ……”、ってところから」


「いっ……!?

 いや、これはアレだ違くって……!」


 オレが動揺すればするほど、レイラの頬が緩んでいく。


「ふふっ、わたしも明日、楽しみにしてるね。

 ど・う・て・い・くん♪」


 小悪魔笑顔で彼女は言う。

 パタン、と扉が閉まった。同時に、オレの男としてのプライドは崩れ落ちた。


「だからどこで覚えたんだ。

 そんな言葉……」


 オレはなんだか馬鹿らしくなり、あっさりと眠りについた。

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