第二十五話 予言
魔物の集落。
オレは足音を消しながら木影に隠れる。
――周囲に魔物の気配はない。
ただ一体、集落の中心で骨の玉座に座る奴を除いて。
「やはり、手駒の弱さ、少なさは課題だな。
この程度の雑魚共に手間取るとは……」
半身半骨の男は瞼を下ろし、頬杖をつく。
「くだらん。
はやく出てこい。貴様の気配など、とっくに気づいておるわ」
「おっと、奇襲失敗だな」
オレは木影から出て集落へ足を踏み入れる。
骨の人魔は相変わらず座ったまま、視線すらこちらに寄越さない。オレは玉座に背後から近づいていく。
「一つ聞く。
お前らは、どうして人を喰らう?」
「愚かな質問だな。
貴様らが豚や牛を喰らうのと変わらん。
人を狩り、喰っているだけよ」
屍帝は侮蔑を込めた声色で語る。
「よいか、よく聞け。
今でこそ貴様らは我々魔物を追い、狩っているが、いずれ立場は逆転する。
我ら魔帝が復活したからな。
近い未来、貴様らは服を着ることを忘れ、言葉も忘れ、尊厳も、なにもかもを無くし野を駆けまわる兎の如く野生に帰るのだ。
余は、その未来を先取りしているに過ぎない」
魔帝――
はじめて聞く単語だ。“帝”って付くぐらいだ、魔物の中でもヤバい奴らって感じか?
「……本来ならば、何年も前に我らの時代が来るはずだった。
――奴ら封印術師さえ居なければ……!」
屍帝の声に、怒りの色がつく。
「だが、余は一つの結論にたどり着いた!
あの棺の封印をこの島の魔物程度が解けるわけがないっ!
ならばなぜ、棺の封印は解かれ、余は解放されたのか!?
それは術師が死んだから、封印術師が死んだからではないのかっ!!!?
となれば、もう余の覇道を止められる者は居ない!
――封印術師の居ない世界で、再生者たる余を封じ込められる者は居ないのだ!!!」
高笑いが集落全体を揺らす。
奴が笑い声を上げる度、肌がナイフに突きさされたように痛む。
なんという圧力だ、格の違いを否応でも感じるぜ。
――それでも、負ける気はサラサラ無いがな。
オレが拳を握り、一息で距離を詰めようと踏み込むと、人骨の棘壁が行方を阻んだ。
「近寄るな」
玉座が反転する。
奴とオレの視線が正面から交錯する。
「どうやら随分、人間を下に見てるようだな……」
「当然だろう。
貴様らは魔物の食料に過ぎない」
顎を上げ、鼻の穴を見せつける屍帝。
なるほど、微塵も人間に負けることはない。そう思っている顔だ。
――上等だ、その鼻明かしてやる。
「屍帝殿。
退屈しのぎに一つ――予言でもしてやろうか?」
「ほう?
申してみろ」
オレはポケットに手を突っ込み、顎を上げる。
「この戦い、
先手は必ずオレが取る」
屍帝の瞳に微かに光が宿った。
屍帝は肘を滑らせ、大きく高笑いする。
「ふ――ふははははははははっ!!!
面白いことを言うではないか!
――覚えておけ、蟻。先手、後手もない。終始余のターンだ!
貴様に手番は一度たりともまわりはしない!」
愉快気に笑った後、屍帝は右手を前に出す。
屍帝の手の動きに合わせて、地面から生え出た骸骨たちがオレに視点を合わせた。
「余も予言してやろう。
――十秒後。貴様は地に膝を付く間もなく息絶える」
一斉に襲い掛かってくる骸骨。
オレは右ポケットから札を取り出し、その中身を弾きださせる。
「解封、
――獅鉄槍ッ……!」
札から呼び出された槍は長槍、以前にこの集落から脱出する際、シュラと協力して伸ばしたまま封印していた獅子の槍だ。
解封と同時に、槍は屍帝の胸に吸い込まれていく。
「なにっ!?
――ぬうぅ!!!?」
息つく間もなく、骸骨を貫いて集落から海まで届く槍が屍帝の胸元を貫いた。
屍帝は口から赤い血を吐き出し、槍によって玉座に縫い止められた。
「さっき伸ばしたまま封印したんでな」
「ぐ、ぐふっ……!!?」
槍はすぐに元の長さへ戻った。
屍帝は胸を抑えながら眼を真っ赤にさせ睨んでくる。
オレは槍で動きの止まった骸骨を払う。
短くなった槍の矛先を、目の前の魔物に向ける。
屍帝はオレの持つ札を見て、「まさか……!」と唇を震わせた。
「さてと、十秒だ。おかしいな?
オレはまだ息してるぜ……屍帝殿」






