第二十三話 シュラｖｓトロール
「ゴラァ！！！」
「【―――――――ッ！！！！！】」
髭巨人が倒れこんだことで森林の禿げた地。
巨人の拳と小柄な少女の拳がぶつかる。
互いに強力な赤魔が炸裂し、真っ赤な火花を空に散らせる。
髭巨人の乱打を、少女はパンチとキックで全て相殺した。
「だああありゃああああああああああっっっ！！！！！」
少女、シュラは土煙を上げながら助走をつけ、髭巨人のスネへ飛び蹴りをかます。髭巨人は器用に赤い魔力をスネ部分に集めこれを相殺、逆に右足を振り上げてシュラを吹き飛ばした。
「――やっぱり」
シュラは一つの確信を得る。
シュラは空中で姿勢を直し、綺麗に両脚で着地する。
「ただの髭巨人はここまで器用に魔力を操作できないわ。ねぇ、いつまで喋れないフリをするつもり？ ――人魔」
シュラに言われ、髭巨人は頬を掻いた。
「【よく、気づきましたね。私が人魔だと】」
中性的な高めの声。
シュラは見た目に反して落ち着いた物腰の髭巨人を不気味がる。
「嬉しいわ。アンタが肉体派で。
久々に真っ向から殴り合える……！」
「【私も嬉しい限りです。
やはり、拳と拳、肉体でぶつかり合うのが楽しいですからね】」
そう口にしながら髭巨人は口の先に土の球を作り出した。
形成の魔力。
シュラは「嘘つきめ……！」と背から杖を抜き、全速で前にダッシュする。
放たれる土弾。
シュラは髭巨人の股の下をくぐり、飛び上がって背中を杖で叩いた。
――手応えなし。
髭巨人は地面より土の槍を生やし、空中漂うシュラに向け伸ばす。
シュラは土の槍の先を蹴って破壊し、土の槍の側面を足場にして追撃を跳ね躱す。
地面へ着地。頭上より降りかかる髭巨人の右足を手をクロスさせ受け止める。
髭巨人の全体重が乗せられる。
シュラは歯を食いしばり、赤魔を解放して足を弾き返す。髭巨人がバランスを崩している隙に距離を取った。
「……あれは」
シュラは髭巨人の右足、そこに生えていた緑色の体毛が無くなっていることに気づいた。体毛が消え、素肌が露出している。戦闘前には確かにあった、シュラはあの部分を攻撃していない。
髭巨人は土の魔術で土くれの弾丸を降らす。シュラは弾丸を躱しながら、体毛が剥げている部分を観察した。
――体毛が徐々に減っていっている。
「なるほど。
アンタの体毛、“魔填薬”の代わりを果たしているのね」
“魔填薬”。
市販されている物は瓶詰された液体だ。それを飲むと失った魔力を補填することができる。
“魔填薬”の素材は色んな物があり、種類によって効果も異なる。“魔填薬”の素材の一つ、それが緑色の髭巨人の体毛なのだ。
「【“魔填薬”……？
そう呼ぶのですか？ 体毛】」
「冗談でしょ……あの体毛全部が魔力の塊――」
シュラは杖を背にしまい、腰に手をつく。
「仕方ないわね……！」
シュラから発せられる異様な空気。
髭巨人は己より遥かに小さい生物に対し、恐れを覚え、その大きな歩幅で二歩後退した。
「その毛むくじゃら、全部むしり取ってやる」
シュラは己の副源四色――白の魔力を身にまとう。
「色装、“白”。
――回生術、“白雪の灯”」
白き鎧を纏い、シュラは地面を蹴った。蹴られた地面が衝撃で盛り上がる。
髭巨人はシュラの動きを目で追えず、気づいたら頬を殴られていた。
「【なん――！？】」
「もっと魔力を込めないと死ぬわよ？」
速度を増したシュラの高速乱撃。
髭巨人の全身を縦横無尽に駆け回り、後頭部→首→背中→腰→膝裏→踵の順番で打撃を加える。 髭巨人は踵を蹴られて足を滑らせ、背中から倒れこんだ。髭巨人の下半身の毛が全て消滅する。シュラの動きは遥かに速く、そして強かった。
“白雪の灯”。
シュラは白魔術師である。シュラはその回復術を己に使い、攻撃の衝撃で起こる己の体へのダメージを厭わず、全身全霊で動いているのだ。
足が折れるほどの跳躍も、
腕が折れるほどの拳撃も、
骨が折れたあとですぐさま再生し、成立させている。本来、自分へのダメージを考慮して攻撃の瞬間に全身に纏っていた赤い魔力も限界まで減らし、一点集中、威力へ費やす。
欠点は白魔力を垂れ流しにするため発生する時間制限と――どうしても避けられない、痛みの信号。
「こ、のっ――！！！」
痛みで思考が埋まる。それでもシュラは拳を握る。
シュラは追撃しようと 倒れた髭巨人に空から襲い掛かる。
「【良い事思いつきました。
私も、鎧を纏いましょう……】」
「――ッ！？」
シュラが空から踵落としを 髭巨人のおでこに当てる、その寸前で、土の兜が 髭巨人の頭に装備された。粘土質の土、シュラの攻撃の衝撃が散らされる。
「ちっ！」
シュラは土を蹴って宙を舞い 髭巨人の全身が見える位置まで後退。 髭巨人は緑の魔力で土を生成、全身に粘土質の土を被った。
「【これでもう痛くないですよ】」
「私の真似したつもり？
そんな付け焼刃で、私の打撃は防げないわよ！」
シュラは姿を消し、髭巨人に腹に肘を入れる。髭巨人は全く反応できていない。それもそのはず、鎧を着れば動きは鈍る。防御力と引き換えに髭巨人は速度を捨てたのだ。
シュラは確信する。「勝った」と。だが、その確信は攻撃した土塊から棘が生えたことで改めることになる。
「土の刃！？」
攻撃された瞬間、攻撃された箇所の周囲の土を青魔で動かし、密集し、棘を生やして反撃する自動反撃装置。ゼロから土を作るわけではないのでその反撃の速度はシュラが反応できるレベルを超えていた。
シュラは脇腹を棘に抉られる。だが瞬時に白魔力で回復。髭巨人のすぐ目の前に着地した。
「【これを繰り返すのは骨が折れる。貴方の攻撃を完全に防げるわけでもありませんしね。
魔力の消費は大きい……でも、】」
髭巨人はわかっていた。シュラの白魔、それがもうすぐ尽きると。
「先に沈むのは私ってわけね」
「【そういうことです。
一度ペースダウンしませんか？ このままだと貴方のジリ貧負けですよ】」
シュラは髭巨人の提案を鼻で笑い、舌を出した。
「――嫌なこった」
シュラは白魔を纏い、全身全霊の突撃をする。
髭巨人の腹に炸裂する右拳。同時に跳ね返ってくる土の棘。シュラは肩を貫かれても、腿を貫かれても、止まらず、打撃を重ねる。
「【無駄なことを……】」
「くううううぅぅぅぅんのおおぉぉぉぉぉぉっ！！！！！」
殴る、蹴る。その度棘の反撃が体を抉る。
守るのは脳と心臓。それ以外はいらない。すぐに治る。
（いだい――いだいいだいいだいいだいいだいいだいっっっ！！！！！！）
心の内で絶叫する。
それでも攻撃を続ける。たった一度のチャンスを掴むために――
攻撃された箇所、その周囲の土をかき集め、反撃しているのなら、連続で攻撃していけば鎧が無くなる時が来る。そのタイミングに一気に畳みかける。
シュラは止まることをやめた。
一瞬の隙を狙って……
「【し、しつこいですね……！】」
土の鎧が剥げていく。
髭巨人の体毛が消え去り、その千載一遇のチャンスがシュラに舞い降りる。土の妨害がない、巨人の懐。
「【ぬっ！！？】」
「ここだあああああああああああああああっ！！！！」
シュラは渾身の魔力を練ろうとするが、
「う、そでしょ？ ここで――！」
白き鎧は塵となった。
――魔力の限界が訪れた。
髭巨人は空中で止まったシュラに平手打ちをかます。シュラは禿げた地より外の大木にその背を打ち付け、血を吐いた。傷はもう治らない。
「【はぁ……はぁ……！
危なかった。ここまでやるとは予想外です。
でも結果は見えました。貴方の魔力は尽きた。私の魔力はまだわずか残っています。
この勝負、私の――】」
「私の負けね。
――でも、私たちの勝ちよ」
髭巨人の言葉をシュラは遮る。
「私の魔力はもう塵ほどしか残ってない。アンタももうほとんどない。
でも、一人だけさぁ……元気な奴が残ってるのよ」
シュラはそう言いながら、天に輝く太陽を指さした。
「【ハッタリは、見苦しいですよ】」
「あと、五秒だ」
拳を振り下ろす髭巨人。
シュラは最後のなけなしの赤い魔力を足裏にため、大きく跳躍した。
太陽の熱さを首筋に直に感じる。髭巨人は「【無駄な足掻きを……】」と、シュラを睨む。
「――30分よ」
瞬間、茶髪の修羅は姿を消した。
「【なにっ！？】」
続いて現れるのは金色の髪を持った少女。
少女は背の杖を抜き、その先にある黒き宝珠を輝かせた。
「【姿が変わった……？
――関係、ありませんね！！！】」
髭巨人は左腕を後ろに引いた。
金髪の魔術師は一切の焦りを見せず、淡々と髭巨人を見下ろしていた。
「―― “ファイアーボール”」
紅蓮の塊が金髪の魔術師、アシュの後ろに形成される。
その炎の塊は髭巨人の拳よりも大きかった。
それで終わりではない。
杖より黒い魔力が吹きだされた。
「色装、“漆”。
――黒炎術、“呂色焔”」
炎の塊は黒き魔力を纏う。
迫る巨拳。
髭巨人は異質な魔力を前に、手を引こうとするが間に合わない。
「【なんです！？
その魔力は――】」
「お前、お姉ちゃんを虐めた……許さないっ！！！」
黒き太陽と髭巨人の拳が衝突する。
「【う――うわあああああああああああああああああっっ！！！！？】」
黒い魔力に触れた部分はすぐさま塵となる。
アシュが放った“呂色焔”は三つの魔力を組み合わせた三色炎術。その威力は通常の二色炎術の威力を遥かに上回る。
それでも、まだ髭巨人に魔力が残っていれば鎧を作るなり、避けるなりできただろう。だがもう髭巨人には躱す余裕も防ぐ余裕もない。シュラとの戦いで髭巨人は消耗し過ぎたのだ。
「【私が、こんなところで……！
屍帝様、どうか……私の屍を――！！！】」
――絶対不可避。無慈悲の闇が髭巨人の胸から上を消滅させた。
アシュは空から地面に尻から突っ込み、腰を大きく打つ。
痺れるような痛みが全身を走った。
「うぅ……お姉ちゃんのばかぁ。
わたし、赤い魔力苦手……あんな高さから落とされたら受け身取れない……」
腰をさすりながらアシュは涙を流す。
アシュは腰の痛みから暫くその場から動けなかった。
――髭巨人、撃破。
