第二十一話 作戦会議
オレとシュラは南の海辺を目指して森林を歩く。砂浜から周っても良かったが、砂浜だと隠れながら動けないのと、今は状況的にアシュよりシュラの方が適しているから影があって尚且つ身を隠せる森林から向かうことにした。
シュラにこれまでのいきさつを話すと、シュラは「最悪ね!」と喉を震わせた。
「どんだけ無駄なことしてんのよ!
戦力は実質二人で、あの大群を相手にするとか……ほんっと最悪ね!」
「いいや、確かにさっきまで最悪だったがお前が加わったおかげでだいぶ楽になった」
「――ふんっ!
私の杖と服はどこにあるの?」
「待ち合わせ場所の岩陰に置いてあるよ」
シュラの嗅覚で魔物を警戒しつつ、オレたちは島の南、浜辺へ辿りつく。
ゆうに一時間はかかったな。
「よう、久しぶり。無事か?」
オレが岩陰へ顔を出すと、カーズとイグナシオが頬を緩めて近づいて来た。
「さっすが大将! あの状況から生還するのか!
いま、助けに行こうか悩んでいたとこだったぜ」
「シール、本当に……無事でなによりです」
イグナシオが足を震わせながらオレに近づき、そっとオレの胸に顔を埋め、背中に手を回してきた。
体を引き締めつつ、女性らしい柔らかさを残した感触――
反応が遅れた。あまりに突然のことだったから。
イグナシオのこのハグは友人が死の淵から帰って来た感動から出でた行動、つまりは友愛なわけだ。それはわかっているが、この歳の男が同世代の美形の女子に抱き着かれて興奮しないはずがなくて、鼻の下がのびるのは仕方のない――
「おい」
背後から、軽い殺意が混じった声が聞こえた。
「どいて」
意味合い的には“どけ”に近いだろう。
シュラは軽くオレを睨んで側を歩きぬけた。
「――おい、イグナシオ。
そろそろいいか?」
「あ!
――す、すみません……つい」
イグナシオが身を引く。
名残惜しいが、仕方あるまい。
「ちっ!!!」
デカめの下手な舌打ちが聞こえた。
ご機嫌斜めの茶髪女子。カーズが目の前を通るシュラを見て、驚きの声を上げる。
「あれ? 茶髪の嬢ちゃんじゃねぇか!」
「はぁ? 誰よアンタ?」
「コイツ、前のオレとシュラの戦闘を遠目で見てたらしいぜ」
「あっそう。アンタの後ろにあるバックに用があるからどいてくれる?」
カーズは「おっと、すまん」と道を譲る。
「いつ合流したんだ?」
「ついさっきさ」
オレはもう一人の気配を感じて、隣の岩陰、岩に背を預ける少女を見つけた。
先ほど、魔物に喰われかけた少女だ。
「大丈夫なのか。あの子は」
「あぁ、ようやく落ち着いて来たところだ」
「先ほど、これまでになにがあったかを聞きました。
――シール。この島、放っておくと取り返しがつかないかもしれません」
イグナシオは語ってくれた。少女――フレデリカが経験した話を。
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フレデリカはとあるギルドの一員だったらしい。
そのギルドの名前は“海辺の支配者”。
基本的に海辺の魔物を狩ったり、無人島の管理をしたりといった活動をしていた。
ある日、“海辺の支配者”に一件の依頼が飛び込む。
それがこの島、シーダスト島の魔物討伐依頼だ。
依頼人は匿名、怪しい依頼だったそうだ。しかし報酬金はたんまり。
“海辺の支配者”は依頼を受けた。この時はまだフレデリカは参加してなかったと言う。フレデリカ……第二部隊がシーダスト島に行ったのは第一部隊が消息を絶って三日もした時だった。
フレデリカがこの島につくと、オレ達と同じように船を焼かれ、全員が魔物の手に落ちた。
フレデリカが魔物に捕まり、連れていかれたところは――奴らにとっての食糧庫だった。
集落にあった三列の建物だ。そこに、人間が詰め込まれていたらしい。
生きている人間もいれば、死んだあと加工されている人間も居たそうだ。フレデリカのギルドメンバーはそこには居なかったと言う。恐らくは、すでに喰われたのだろう。
人間を攫い、食べて、人魔の軍隊を作成する。加えて屍帝の力を全盛期まで戻す。それが奴らの目的らしい。
フレデリカはまだ若いこともあり、魔力量も他より高かったから“一級食料”として中央の一軒家に束縛されていたそうだ。
フレデリカが捕まった三日後、オレたちが到着し、今に至る。
「なぁフレデリカちゃん。
その依頼の依頼主は誰だったんだ?
間違いなく依頼主はこの島のこと知ってて送り込んだだろ」
カーズが聞くと、フレデリカは首を横に振った。
「わかりません。
でも……確証はありませんが、私は騎士団の誰かだと思っています」
「――ッ!
そ、そんなのありえません!」
イグナシオが真っ先に否定する。
「騎士団は誇り高き正義の使者!
人魔と組むなど……そんな非道なことをしません!」
「待てよイグナっちゃん。
まずは根拠とやらを聞こうぜ」
「ギルドは、騎士団に反発して出来た組織と言っても過言じゃありません。
なので、本来ギルドと騎士団が手を組むことはありえないのですが、私のギルドのギルドマスターは騎士団に知人が居て、時折騎士団から依頼を受けることがあったのです。
騎士団からの依頼は報酬が高く、匿名希望なのがお決まりでした。ギルドの皆は暗黙の了解としてそのことを知っていました。
この依頼も、報酬が高くて匿名希望だったので……」
「で、でもそれなら……騎士団からの依頼とは限らないのではないでしょうか?
騎士団は関係なく、報酬が高くて匿名希望だっただけでは?」
「その可能性もあります。なので、確証はないのです……」
騎士団が裏で手を引いている……人魔と組んで、人間を攫うことに?
もしそれが本当なら、公になったらヤバいだろ。しかも被害に遭ってるのはギルドの人間だ。騎士団とギルド、二大組織が真っ向から戦争になってもおかしくない。
おいおい、なんだか無駄に話が大きくなってきたぞ。
「ねぇ、その話さぁ、今は関係なくない?」
シャツと短パンを着たシュラがつまらなそうに切り出す。
「陰謀とかそういうのは終わった後でいいでしょ。
今はどうやってあの魔物たちを討伐して、捕まった人たちを解放するかよ」
「一度島から逃げて、騎士団やギルドの手を借りるってのはダメなのか?」
「おとなしく逃がしてくれればいいけどね!
魔力を上手く使えば適当な船でも海を渡れると思うけど……奴らの目を掻い潜って海に出れるかどうか」
「どっちみち逃走の方がリスクがデカいか……」
ひとまず陰謀やら何やら置いておき、どう例の魔物たちを追い詰めるかを話し合う。
「まずは敵の三大戦力をおさらいしよう、
骨の人魔、悪魔馬、髭巨人。
この三体をどうにかすれば後は雑魚だ」
最もヤバいのは骨の人魔――屍帝だ。
明らかに一体だけ、身にまとっている魔力の質が違った。
「“レイズ=ロウ=アンプルール”か……」
「まさか、こんな島に居るなんて――」
オレが屍帝の名を口にすると、フレデリカが反応した。
「知ってる名前か?」
「屍帝“レイズ=ロウ=アンプルール”。
支配の魔力で屍を操り、その昔一国を滅ぼし、その国の人間全てを使役し、一時的とはいえ一国の王となった伝説の魔物です」
「――マジか」
そんな大物だったのか、あの骨の王様。
「レイズって、あの札に書かれていた名前だよな?
例の棺となにか関係があるのか?」
オレは封印術について語った。かいつまんで、要点だけをまとめて。
「封印術……」
イグナシオが腕を組む。
「昔、ぼくの叔父が似たような術を見せてくれたことがあります。
“サーウルス=ロッソ”と言うのですが……」
あの集落で屍帝が口にしていた名前だ。
屍帝の口ぶりからして、そのサーウルス=ロッソと爺さんでアレを封印した……ってことなのかな?
「そうなのか。
オレの師匠は自分で自分のこと世界で唯一の封印術師って言ってたけどな」
「叔父は五年前、とある災害に巻き込まれお亡くなりになりました。
シールがお師匠さんと出会ったのが五年以内のことなら、発言に矛盾はないと思います」
世界で唯一ってのは歴史上で唯一って意味では無いもんな。
爺さんに師匠と弟弟子が居たのは確定なんだ。もしかして、弟弟子ってのがその――
「その話が本当なら、相手が不死者や再生者の可能性があるってことでしょ?」
「屍帝は再生者……何度殺しても再生する化物だと、聞いています」
「再生者は不死者の上位互換。ただ死なないだけで体は修復しない不死者と違って、再生者は死なない上にひとりでに回復する。
――私達じゃどうしようもないわね。
屍帝を倒せるのはアンタしかいないわ。シール」
まぁそうなるよな。
元々封印術ってのはそういう輩をどうにかするために作ったんだろう。
「そうだな。
野郎はオレが封じよう。
アイツは多分、長年の封印で魔力を失っている。今ならオレでもなんとかなるかもしれない」
と、強がってみるが、アレに勝てる気がしない。
いや、一発殴ればワンチャンある。封印術は“条件さえ揃えば誰にでも勝てる魔術”だ、そう爺さんも言ってたしな。
気になるのは棺に貼られていた二つの札、一つはあの屍帝とかいう奴を封じるための物。そしてもう一つは恐らく――
「なら、ぼくたちで悪魔馬、髭巨人を引き付けて、シールが屍帝と戦えるようにしましょう!」
「いや、アンタと赤髪はここで待機してなさいよ。
――足手まといよ」
オレが言うに言えなかった言葉をシュラはあっさりと口にした。
「てか、アンタはっきり言いなさいよ!」
シュラがオレを指さす。
申し訳ない、コレに関しては弁解の余地もない。
「魔力が使えない奴が人魔や人魔もどきに対抗できるわけないじゃない!
傷一つ付けられないわ!」
「で、でも――!」
「俺は是が非でもついて行くぜ。
それで俺が死んでも構わない。
こんな楽しい戦いに参加しないなんてありえないからな」
シュラが赤い魔力を拳に溜めた。
――あ、二人を気絶させる気だな。
オレはシュラの眼前に右腕を伸ばす。
「待てよシュラ。
オレに任せてくれ。コイツらを戦力に変えてやる」
「……どうやって?」
「それは見てのお楽しみだ」
オレはフレデリカに目を向ける。
「フレデリカ。お前はギルドに居たってことは魔術師なのか?
戦えるのか?」
「は、はい!
た、戦えますっ!」
「よしわかった。
――30分くれ。その時間で新しい封印術を覚える」






