第十九話 退屈な考え
「どうだ?」
「……。」
敵の本拠地に向かう途中で、魔物と会敵した。
先ほどイグナシオが戦ったのと同じ種類の狼魔。カーズは『見ててくれ』とオレとイグナシオを制止し、一人で狼魔と戦った。
イグナシオが“柔”ならカーズは“剛”。
粗削りだが力強い槍さばきで狼魔を圧倒した。
コイツら、魔力を扱えるようになれば物凄く強くなるんだろうな。
あくまで、扱えるようになればだが。
「その顔でもうわかるぜ。
やっぱお前には及ばないか」
カーズはオレが何も言わずとも、オレの考えていることがわかったみたいだ。
「やっぱお前がこのチームの大将だな」
「異存ありません。
シールは的確な判断ができる人です」
「ならしっかりオレの指示に従ってくれよ、問題児諸君」
カーズの案内に従い、オレ達は藪をかき分けながら森を進む。
この島は暑い、それに滑っとしている。油のような汗がにじみ出る……。
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“ハイディングローブ”という樹がある。
この樹の葉の裏側には接着剤のように引っ付く樹液が付いている。
オレ達はその樹の葉を全身にくっ付け、緑と同化した。
その後で体の臭いを消すために土を全身に被った。
“ハイディングローブ”の情報と身体の臭いの消し方、共にカーズの知恵である。
「一体この知識を何に使ったのですか?」
「そこは触れない方がいいと思うぜ、イグなっちゃん」
オレ達は隠密行動で敵集落へ向かう。
途中、魔物を目視したが草木に同化したらバレなかった。警備はザルだ。
細心の注意を払い、オレ達は集落付近の高台の草陰にたどり着いた。
上から魔物たちの巣、集落を見渡す。
「見張り台が東西南北に一つずつ。
真ん中に大きな一軒家が一つと、その後ろに三列の建物か」
「南の見張り台の側に小屋が一つありますね……」
それにしてもまぁ……
「普通に家作ってやがるぜ、魔物がよ」
「怖いねぇ~、家を作れるぐらいの知識を持った奴が居るってことだからなぁ」
さて、
「どうするシール。
正面突破か?」
「いいや、魔物の数もそうだが明らかにヤバそうなのが一匹いるからな~」
中央の一軒家。その前に門番のように立つ“髭巨人”。その身長は辺りを囲む大木を凌駕する。全身に緑の毛を纏っているから近づくまで巨人だとは気づかなかった。
しかも東の見張り台の足元にオレが戦った馬の魔物が居やがる。
あの二体を同時に相手取るのは厳しそうだ。
「見てください!
南の小屋に鞄を持った小鬼が……」
「ビンゴ。
あそこにオレたちの荷物もありそうだな……」
問題はどうやってあそこまで侵入するかだ。
オレが作戦を練っていると、中央の一軒家の大きな扉が開いた。
「なんだなんだぁ?」
「しっ! なにかでてきます……」
カタカタ。と響く音。
オレは一瞬で理解する。
「やべぇな……」
気づいたら足が震えていた。
――存在してはならぬ者が居る。
封印術師としての直感か?
とにかく嫌な感じだ。早く蓋をして、その激臭を封じ込めたい。
華美な一軒家の扉から、人間の骨のような物で構築された玉座に乗って、そいつは現れた。
玉座の底には人間の足の骨のようなものがついており、カタカタと歩を刻んで玉座を動かしている。
紫の長髪。
赤い瞳。
左半身が骨。
両手両足二本ずつ、人型だ。結構背丈がある、カーズと同じくらいだろう。
だがあの左半身を見るに人間ではない、骨の悪魔といえば“骨魔”。それに近い存在だろう。
上半身には王様が着るようなマントを羽織り、下半身は破れ破れの長ズボン。
「なんだありゃ?」
「魔物……ですかね」
“骨魔”もどきが現れると、理性のないはずの魔物たちが彼の周りを囲むように整列を始めた。
異様な空気感。
奴より遥かに巨大な髭巨人までも膝を折って頭を下げている。
“骨魔”もどきは人間のような動作で手を叩き、魔物たちを鎮める。そして、“骨魔”もどきは喉を鳴らし、
「ようやくこの時が来たっっ!!!!」
と、声を跳ねあがらせる。
「あの忌々しき封印術師、バルハ=ゼッタとサーウルス=ロッソ……!
奴らに封印され、丸十年、ようやく余は封印から解放された!」
言葉の一つ一つが魂に響く……!
「バルハ=ゼッタ……」
「サーウルス=ロッソ……」
オレとイグナシオは目を合わせる。
バルハ=ゼッタ、爺さんは知っているがサーウルスとかいう奴は知らない。だがイグナシオはこの名に反応していた。そういえば、ファミリーネームが一緒だな。血縁者か?
「私は奴ら封印術師に復讐するっ!
今は手駒も魔力も長い封印のせいでほとんど無いが、ここからだ! ここから余の覇道は再び歩を刻む! まずは人間を1000と喰らい、魔力を蓄える。そして海を渡り! 海辺の町を侵略する!!! 屍帝“レイズ=ロウ=アンプルール”の名の下に、奴ら人間を蹂躙する!!!!」
屍帝――
“レイズ=ロウ=アンプルール”……アイツが、棺に封印されていた存在か。
普通に言葉喋ってるし、人魔なのだろう。
理性のない魔物たちが全員ビビり散らしている。
アイツが、この島の王か。
「よし、では記念すべき500匹目の食事を始めようか……!」
中央の一軒家、そこから麻袋が小鬼の群れによって屍帝の前に運ばれてくる。
麻袋はぐねぐねとうねっている。中に入っている何かが暴れているのだろうか?
オレとカーズ、イグナシオは袋の中から出て来たモノを見て、戦慄する。
「んー! んー!!!」
「――っ!?
マジかよ……!」
麻袋の紐が小鬼によって解かれ、中から口と手と足を結ばれた女性がでてきた。
薄緑のクセの強い髪質の少女だ。船の中であんな可愛い子見た記憶がないが……彼女の口紐が小鬼によって解かれた。
「――いや、助けて……!」
少女は鼻水を垂らし、涙を流して懇願する。
屍帝が人差し指を立てる。すると黄色の風が地面に注ぎこまれ、地面から人型の骸骨が現れた。
「今の感じ……」
一瞬、黄色のオーラが見えた気がした。
――支配の魔力。
骸骨が少女の体を持ち上げる。
「……行くぞ」
「わかってます」
即断で、息を合わせて飛び出ようとするカーズとイグナシオ。
オレは二人の肩を掴んで止める。
「――ちっ! なんだよシール!」
「なにを考えてるんだ! こんな敵陣地の真ん中に飛び出して見ろ、即死だ!」
「じゃあ、あの女の子を見殺しにする気ですか?
あの骨人間は食事を始めると言ってました。食う気ですよ、今から、あの子を!」
「わかってる。仕方ねぇだろ……この状況じゃ、救える命には限りがある」
そうだ、全部丸く収められるほど、オレ達は強くない。
戦力が少なすぎる。
「ですが……!」
反抗するイグナシオと反対に、カーズはおとなしくさがった。
「今、このチームで一番強いのはお前だ。
お前の決定に従うよ、シール」
試すような瞳で、カーズは言う。
「――これでいい。
あの野郎、どうも嫌な感じがする。無策で相手すべきじゃない」
いいだろ。いいはずだ。
「たすけ……! いや、死にたくないっ!!!」
可愛らしい顔が次第に歪んでいく。
屍帝は地面から生え出た骨の剣を持ち、構えた。
「シール……!」
イグナシオの訴えかける瞳。
「誰か……誰か助けてっ!!!」
無視だ無視。相手にするな。オレの判断は間違っていない。
間違ってないだろ、いま出れば全滅間違いなしだ。
胸の内に、濁った罪悪感が産まれる。
オレは間違った判断をしていない。100人中、99人がオレの判断を支持するだろう。
「――!!?」
「……っ!!!」
たまたま。
たまたま、目が合ってしまった。
必死に助けを求める瞳と目が合ってしまった。
「たすけてえええええええええええええええぇぇぇぇぇぇっっ!!!!!!」
“誰かに”、向けた声じゃない。
“オレに”、向けた声だった。
「……くそ」
100人中、99人がオレの判断を支持するだろう……だが、1人は、オレを責めるような目で見てくるだろう。
あの人なら――
無視するのが安全安定な策。
ここは息を潜めて、少女は見殺しにして次の機会を伺う――か。
なんて、
「なんて、退屈な考えだ……」
退屈は嫌いだ。
退屈な話なんて、オレの人生ノートには必要ない。
――飛び込め、少しでも面白い方へ……!
「――解封、
獅鉄槍ッ!」






