第百四十二話 不落が落ちる時
悪臭漂う下水道の脇道を走っていく。
目の前では青の長髪が左右に揺れている。イグナシオ……良いタイミングで来てくれた。正直、ちょっと心が折れかけてたからな。味方が1人でも居てくれると精神的にありがたい。
「うおっ!」
足元がおどり、壁に肩を打ち付ける。
魔力はまだあるのに、血がマジで足りない。
「大丈夫ですかシール!?」
「大丈夫だ。それより、念のため確認な」
「え? ふぁっ!!」
イグナシオの両頬を両手でまさぐり、魔力で構成された皮じゃないことを確認する。
「い、いきなりなにするんですか!?」
「マルコが変化した姿の可能性もあるからな……問題ない。本物のイグナシオだ」
「と、当然です! ほら、早く行きましょう! いずれここもバレます!」
脳内にガンガンと音が響く。頭の中を内側から金槌で殴られている気分だ。
頭を手で押さえつつ、イグナシオの背を追う。
下水道は数々の分かれ道があるが、イグナシオは迷いない足取りで道を選択していく。
「このはしごをのぼった先が出口です!」
あれ? もう着いたのか。
頭痛に意識を削られて、走ることに夢中で、長距離移動していたことに気づかなかった。
「本当に、助かったぞ……イグナシオ」
「い、いえ……」
鉄のはしごをのぼり、丸い出口から顔を出す。
太陽の光を顔に浴び、一瞬目がくらんだ。
その瞬間にイグナシオがオレの手を引っ張り、下水道からオレの体を外へ持ち上げた。
地面に立つ。
ガチッ、と今出て来た出口が鉄の壁によって閉ざされた。
「なんだ?」
凄い量の気配を感じる。
馬鹿みたいな数の息遣いが聞こえる。
目を凝らし、周囲を見る。
「はっ…………!!?」
――終わった。
その感想が真っ先に出て来た。
ここは帝都の外ではない。やけに開けた訓練場のような場所。
見渡す限りの――騎士騎士騎士。空には飛竜があちらこちらに飛んでいる。
「ごめんなさい……シール……」
「い、イグナシ――オ?」
イグナシオは罪悪感に満ちた表情をして、肩を震わせていた。
さっきのパールの顔よりも、さらに思いつめた顔だ。
「よくやったぞイグナシオ=ロッソ!」
この声は……!
「グレン!?」
騎士の大群の中から、4人は現れた。
グレン、
シンファ、
メグル、
マルコ。
親衛隊の面々だ。
「これで明日から小隊長だ!
また一つ、レアリティを上げたな!」
そうか。
そういうことか……。
「昇進のためにオレを売ったってわけか?
それがお前の騎士道かよ、イグナシオ……」
「シール、僕は!」
「僕は――なんだよ?
もういい、もう黙ってろ……!」
オレのミスだ。
オレとイグナシオの関係なんて、シーダスト島のあの一件を共に行動しただけのものだ。家族でも恋人でもない、仲間とも言い難い関係。
けど、一応……友達ぐらいには思っていたけどな……。
騎士団とオレを天秤にかけて、オレを選ぶわけがない。
しくったな。
それでもコイツの性格なら、オレを売るようなことはしないと思ってた。決めつけていた。分かった気になっていた……。
「シール=ゼッタ。観念しろ。お前の命はここで終わりだ」
諭す様にシンファは言う。
「ごめんねゼッタ君。もう騎士団長様から言われちゃったの。見つけ次第殺せってね」
マルコが殺意の滲んだ瞳で言う。
「……あぁ、君の死体を持って行ったらレイラせんぱいはどんな顔するかなぁ……」
メグルは楽しそうに笑った。
大隊長と同レベルの親衛隊が4人。
オレは貧血気味で、しかも魔力も万全じゃない。
戦力はオレ1人――
助っ人……可能性があるとすればシュラとアシュとレイラとソナタだ。
でも、どいつが助けに来ても逃げ切れるビジョンが浮かばない。
やられた。
完全に殺す陣形だ。
一片の希望すら残ってない。この状況を打破する方法なんて――何一つない。
「はぁ」
終わりかよ、オレの人生ノートはここで……。
なんだこの結末は。
爺さんの仇も取れず、オレ自身の夢も叶わず……終わりか。
「殺しなさい」
マルコの号令で、騎士たちは火やら水やら雷やらを大量に形成した。
「さすがにこれは、足掻く気にもならねぇよ……」
悪いな、爺さん。
アンタの未練、果たせなかった。
「ちくしょう……」
潔く諦めて、
オレは瞼を閉じた――
◆ ◆ ◆
帝都結界外、上空。
竜翼を背から生やした男は、静かに左腕を帝都に向けていた。
「合成獣砲――〈マグライ〉ッ!!!!」
帝都の結界〈シュッツガイスト〉。
200年前より設置され、まだ一度も破られたことの無い不落の結界は――今日この日、1人の男の手によって打ち破られた。






