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【WEB版】退屈嫌いの封印術師  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第一章 封印術師と屍の王

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第十一話 シュラとアシュ

 このまま茶髪女子を持ち歩くわけにもいかないので、オレは街の宿屋の中で彼女を解放することに決めた。


 宿屋一階にある酒場で夕食を食べたあとでオレは彼女を解封する準備に取り掛かる。

 ベットとクローゼットしかない部屋の中心、絨毯の上に彼女が封印されている札を置く。

 その札の側に彼女が着ていた衣服も設置した。


 彼女は裸で出てくる。間違いない。


 紳士たるオレは札に背を向ける。杖は封印したままだし、いきなり裸で外に投げ出されたら戦うどころではないだろう。

 彼女があたふたしている間にオレに戦意がないことを示し、和解しよう。

 元々オレと彼女が争う理由はないのだから。


「そう上手くはいかないだろうがな……」


 覚悟を決め、呪文を口にする。



「――解封(open)



 軽快な音と共に白煙が背中から視界に流れてくる。

 トン、と生足が着地する音が聞こえた。


「私……一体なにを――」


「えーっと、だな」


 オレは背を向けたまま話を切り出そうとするが、


「アンタは……!」


 一瞬。瞬く間に彼女は襲い掛かって来た。

 彼女の足がオレの胴体に絡みつき、両腕がオレの首を締め上げる。


「がっ……! テメェ!?」

「なにをしたの! 吐きなさい!」


 身動きできない、首が抑えられると人間はこうも脆いのか……一瞬で全身を締められた。

 鮮やかなり。いや、問題はそれよりも。



「くそぉっ!」



 後頭部に当たる(ほの)かな膨らみと柔い突起物。背中には汗ばみ(ぬめ)る鍛えられた腹筋の感触――  


 ツンと鼻をつく健康女子の匂いは悪魔の香り。全身から力が抜けていく。


 一年間禁欲を強いられた青少年にこの雁字搦めは特攻(キツ)すぎる!!!


「ぬ……おおおおおっ! これは抜けられんっ!!!」


 なんて技だ! 

 物理的拘束力はもちろん、女子の体を全身で感じさせる隙の無い二重構造(ダブルロック)

 これを抜けるのはオレには無理だ!


「一体私になにをしたぁ!」

「落ち着け! まずは自分の恰好を見やがれ!」

「恰好……ひゃっ!!?」


 茶髪女子は技を解き、オレから距離を取った。


「わたし、はだか?

 どうして、いま、はだかで抱きついて……!」


 オレは咳き込みつつ振り返る。茶髪女子は顔を赤くし、秘部を隠すように両腕を駆使していた。涙を瞳に浮かべながら犬歯をむき出しにしてオレを睨んでいる。


 気になったのは彼女のへその部分。

 オレが付けたはずの字印が消えている。物体、武器や道具は一度封印解封(出し入れ)しても字印は消えなかったのに、生物だと話は別なのか?


「おっと」


 今はそれどころじゃなかった。

 オレは目を逸らしながら地面に置いておいた彼女の服を指さす。


「お前の服、そこにあるから着てくれ。

 危害を加えるつもりは無いんだ、杖もちゃんと後で返す」


「……。」


「信じてくれ。話がしたいだけなんだ」


 オレは背中を向け、戦意がないことを主張する。

 彼女が背中に迫る足音が聞こえる。また技をかけられるかと思い体を強張らせるが、服を拾う音が聞こえたと思うと足音は遠ざかっていった。


 布の擦れる音が聞こえる。数分待つと、トントンと肩を叩かれた。 

 振り返ると服を着た茶髪女子が居た。茶髪女子は親指で背後の扉を指さす。


「私も話がある。食事しながら話しましょ」

「……わかった」

「杖は話の後でいいわ」


 杖は後回し。彼女なりの戦意ナシのアピールだろうか。

 オレは夕食を済ませていたことを後悔しながら宿屋一階の酒場へ向かった。



 ---



「質問1、アンタ何者?」


 注文を終えて卓につくやいなや彼女は質問を投げかけてきた。


「封印術師だ」

「聞いたことないわね」

「ちとマイナーなもんで」


 彼女は「ふーん」と頬杖をつく。


「なるほどね。なんとなく納得したわ。

 私はアンタに封印されていたわけか」

「そういうことだ」

「じゃ、質問2――」

「待てよ。そっちから一方的に質問するのはせこいだろ。

 オレにも質問させろ」


 どうぞ。と彼女はジョッキに口を付けつつ手を返す。


「さっき路地裏で、金髪の女子がお前に変身したように見えた。あれはなんだ?」

「アンタが見た金髪の女の子は私の妹よ。そして、彼女は私の中で眠っている」

「どういうことだ?」

「〈陰陽一体の呪い〉、〈太陽神(ラー)の呪い〉とも呼ばれている。

 私と妹は生まれた瞬間にこの呪いを背負い、一つの器に二つの魂と二つの姿を詰め込まれた。ある条件が満たされると私と妹は入れ替わるの。くっっそウザったい呪いよ!」


 そんな呪いがあるのか……。

 一つの器に二つの魂。さっきコイツを封印する時に異常な稲妻が走ったのはその呪いが原因だったのもしれない。姉の名前は札に書いていたけど妹の名前は書いてなかったからな。


「おかげで私の活動時間と妹の活動時間は常人より遥かに少ない。不便で鬱陶しくて忌々しい。

――私……いや私たちはその呪いを解くための旅に出てるのよ」

「呪いを解く? オレが聞いた話じゃ呪いは解けないから呪いなんだろう」

「そうよ。歴史上、呪いを解いた記録はない。

 それでもやるの。絶対にね」


 茶髪女子の眼差しには確固たる意志があった。


「お前は――」

「お前じゃない。シュラよ、さっき名乗ったでしょ? 

 それと、今度は私が質問する番」


 オレは給仕係から運ばれて来たサラダをつまむ。

 茶髪女子――シュラはスライスされた干し肉をつまみ食い、苦い顔をしてフォークを置いた。料理が口に合わなかったようだ。


「さっきも言った通り私は呪いを解く旅をしているの。

 それで手がかりを求めてこの街にたどり着いた」


「ほう」


「呪いを解く方法を知っている人物がこの街に居るって聞いたのよ。

 アンタ、確かファミリーネーム“ゼッタ”だったわね?」


「そうだけど?」


「私が探している人物のファミリーネームも“ゼッタ”なのよ。

 フルネームは“バルハ=ゼッタ”……」


 バルハ=ゼッタ……バルハ=ゼッタ!?


「お前……爺さんを探してここまで来たのか」

「や、やっぱり知ってるのね!」

「ああ。バルハ=ゼッタはオレの師匠だよ」


 シュラは身を乗り出してオレのシャツの襟を掴んできた。


「どこ! どこに居るの!?」

「はい、落ち着けー。

 お前、テンション上がると周り見えなくなるタイプだろ……」


 指摘され、シュラは席に戻って咳ばらいする。


 そうか爺さんか。確かにあの爺さんなら呪いを解く方法を―― 

 いや知らないだろ。だって爺さんの死因がその呪いなんだから。


「悲報が二つある。

 一つ目、爺さん――バルハ=ゼッタは一か月前に亡くなった」

「なっ……!」

「二つ目。爺さんは多分、呪いを解く方法は知らなかった。

 なぜなら爺さんの死因は呪殺、呪いによるものだったからだ。

 呪いを解けるなら、呪殺される前に解いていただろうからな」


 シュラの顔色が青くなっていく。

 余程爺さんに希望を抱いていたのか。きっと色んな苦労を乗り越えてようやく見つけた手がかりだったのだろう。


「――火のない所に煙は立たぬ」

「ん?」

「……アンタの師匠は呪いに蝕まれていた。ってことは、私と同じように呪いを解く方法を追い求めていた可能性がある。解くまではいかなくても、近いところまでいっていたのかもしれない」


 なんてポジティブシンキング。

 確かに可能性はゼロじゃないけどな。あの爺さんなら何でも知ってそう感はある。


「――その師匠の家はどこにあるの!」

「いや、知らん。悪いが爺さんのプライベートな情報はまったく知らないんだ」


 いや、まったくではないか。


「爺さんには孫娘が居る。

 その孫娘に聞けば爺さんの家の場所もわかるかもしれない」

「孫娘? そいつはどこに居るの?」

「どっかの魔術学院、ってことしか知らん。オレもそいつを探してるんだ」


 シュラは干し肉を口に突っ込み、もぐもぐと二度咀嚼しゴックンすると、「それなら」と呟く。

 あぁ、なんとなく読めてしまった。次にコイツがなんて話を切り出すか。


「私たちもアナタについて行くわ。

 一緒に孫娘を探してあげる!」

「まぁそうなるよなぁ……」


 さっき手合わせした時から薄々思っていた。

――コイツが味方に付けば心強いとな。


「いいぜ、こっちとしても願ったりかなったりだ。

 ちょうど一緒に旅してくれる奴を探していた」


 シュラは右手をオレに対して差し出してくる。


「そ。契約成立ね。――よろしくね、シール。

 言っとくけど、私と旅するのは楽じゃないわよ!」

「了解。お手柔らかに頼むぜ、シュラ」


 オレとシュラは握手を交わす。

 こうしてオレにはじめての仲間ができた。



---



 昨夜、オレとシュラは仲間となった。

 夕食を食べ終えた後は別々の部屋を取り、そのまま就寝。早朝に常春街の〈マザーパンク〉に向けて出発する予定である。


 オレは部屋の扉をノックする音を聞き、ベットから立ち上がって寝ぐせを掻きながら扉の方へ向かう。

 きっとシュラだろうなって思いつつドアノブを回して扉を開けるが……そこに立っていたのは眠たげな瞳でこちらを見上げる金髪女子だった。


「はようー」


 金髪、碧眼。ポニーテール。


 手の平を見せながら彼女は挨拶らしき言葉を口にしてきた。

 オレはとりあえずノリを合わせ、手の平を見せる。


「は、はよぅ~……」


 路地裏でナンパされていた金髪女子だ。つまりシュラの妹である。

 恰好が昨日と違う。今日は身に合った格好をしている。が、季節とは合っていない。

 夏の暑さがウォーミングアップを始め、今まさに肌を焼いているのに、彼女は黒いモコモコの長袖を着ている。下半身は短パンを履いて生足を晒しており、どの季節にも対応していない衣服だ。


 オレはすぐに身支度を整え、部屋を出る。

 宿を出て、オレとシュラの妹は〈マザーパンク〉に向けて出発した。


「お前、シュラの妹……だよな。名前は?」

「アシュ。アシュ=サリバン」

「アシュ。昨日姉に聞きそびれたんだが、お前たちが入れ替わる条件ってなんなんだ?」


 アシュとシュラ。略してアシュラ姉妹は呪いによって合体している。

 条件によって姿および中身が切り替わると聞いていたが、その肝心の条件は聞いていなかった。これから一緒に戦っていく上で突然脈絡なく姉妹がチェンジすると連携に影響が出る。結構大切な問題だ。


「陽の光」


 アシュは太陽を指さす。


「お姉ちゃんが30分間、陽を浴びると私に変わる。

 今日の朝、カーテンを開けっぱなしでお姉ちゃんは寝ていたから、私に切り替わった」

「日差し? ってことは、また30分間陽の下に居ると姉に代わるのか?」


 アシュは首を振る。


「わたしは逆、30分間影に隠れるか、陽の当たっていない所に居るとお姉ちゃんに変わる」

「姉は陽を浴び、妹に変わる。逆に妹は影に居ると姉に変わるわけか……それで〈陰陽一体の呪い〉ねぇ。

 世の中不思議なことでいっぱいだなぁ」


 ある疑問が生まれる。


 人間、陽の下に居ることと影に居ること。どちらの方が多いだろうか。

 同じくらい? いや、普通に後者だろうな。


 単純な話、夜に陽を浴びることはないが、朝や昼に影に入ることは多々ある。

 陽に当たっていないとすぐに姉に変わってしまうアシュは、一日の三分の一ほどしか活動できていないだろうな。


「難儀な呪いだな……おっと、そういやまだ名乗ってなかったな。

 オレはシール=ゼッタだ」


「知ってる。お姉ちゃんの中から見てたから」


「へぇ、外の景色は共有してるってわけか」


 姉は活発で行動的だったが妹は内気で消極的な印象だ。

 ずっと眠たげな瞳で、喋るたびに胸元の布を口元まで引っ張り上げて唇を隠してる。

 表情もほとんど動かない。


 しかし、まぁ、見れば見るほど整った顔立ちだ。


 姉と違って胸は大きく、顔は幼いけど姉ほど子供っぽくはない。身長はちょうどオレの肩に頭のてっぺんがつくぐらいだ。姉の方は胸元ほどしかなかったからな。


「あれ?」


 ふと、金色の髪に目がいった。


 姉妹……だよな?

 昨日は色々あってスルーしていたけど、髪色がまったく違くないか? 

 姉は茶色なのに、妹は思いっきり金――どちらかが染めている可能性、もしくはどっちも染めている可能性があるか。


「なんだか、騒がしい」


 アシュは街の正門の方を指さす。

 目を向けると何やら騎士団が商人やら馬車やらを通せんぼしている。


「おい通してくれ! 今日は〈マザーパンク〉に居る客に商品を届けなきゃなんねぇんだ!

 用心棒だって何人も連れている。心配はいらねぇよ!」


「ダメだ! 最近、谷に出てくる魔物が凶暴性を増している。現在は騎士団が対応している最中だ。邪魔はさせない。

 護衛付きでも通すわけにはいかないな」


 面倒だな。

 少し頭を使えば無理やりここを通ることはできるだろうが、谷を騎士に会わずに抜けるのは難しい。


「別のルート探るか」

「わかった」

「西から山を越えるか、街を出て南にある港町から船に乗って迂回するか。どちらにせよ遠回りだな」


 山を越えるにはそれなりの準備が必要だ、金がかかる。二人で20000ouro(オウロ)の出費は覚悟しなくてはならない。時間もかかるし、体力の問題もある。

 だとすれば船か。港町までは距離があるが一日か二日あればたどり着くだろう。問題は船賃だな……。

 オレは財布袋を開き、手持ちを確認する。


「南の港町から〈マザーパンク〉まで船賃はどれくらいかかる?」

「距離を考えると、相場は一人7500ouroかな」

「オレの手持ちは5000だ」

「わたしは2800」


 一人分はあるのか。だったら……。


「一人分の船賃で二人運んでもらう方法がある」

「密航?」

「まぁそうだ」


 アシュを札に封印して荷物として運べば問題ない。

 ルートは決まったな。


「300ouroで一日分の食料だけ買ってすぐに街を出発しよう。

 なにか飯のリクエストはあるか?」

「シール、料理できるの?」

「ああ。長い間一人で生きて来たからな」

「じゃ……! じゃあね!」


 アシュが跳ねながらオレの外套の裾を掴む。

 先ほどまでのクールなキャラから一転、目をぎゅっと引き締め、大きく口を開ける。


「わたしねっ! もやし! もやし炒めが食べたい!」


 なんだ、この可愛い生き物は。

 異性として可愛いというより、犬や猫に対する感情に近い。姉の方は子ライオンって感じだったが、妹はリスみたいな可愛げがある。


「もやしか。ガーリックと醤油も買って、全部まとめて炒めるか」


 アシュは残像が残るほどの速度で首を縦に振った。

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