第百話 帝都〈アバランティア〉
「はっくしょん!!」
ずず、とソナタは鼻をすする。
「風邪か?」
「いいや、多分――」
「『誰かが僕の噂をしている』、なんてベタなこと言うなよ」
「朝から手厳しいね会長……」
酒場の円卓をオレとアシュとレイラとソナタで囲む。
帝都に行く前の最後の腹ごしらえだ。
「はーい、お待たせしました。
チーズ四倍魚介ピザと、
もやし炒めの大盛り、
ジャガイモのバター焼き、
黒炭イチゴヨーグルトです!」
運ばれて来たピザをそれぞれワンピースずつ取っていく。
アシュだけはもやし炒めに焦点を合わせていた。
アシュはいつもは小さくしか開かない口を大きく開き、スプーンとフォークで挟んだ大量のもやしを頬張る。もやしを口の隙間からはみ出しながら咀嚼し、ごくりと飲んでまたもやし炒めにフォークを伸ばした。
「もやし! もやし!」
「お前ほどもやしを美味しそうに食う奴はいないな……」
もやし炒めはアシュに捧げて、オレはチーズだらだらのピザを口にする。
口になだれ込むチーズの波。噛みしめると波の中から海の幸が顔を出す。生命力を感じるプリプリのエビが奥歯の上で弾ける。くどくなりがちな濃いチーズの味をさっぱりとした貝の味が緩和させる。
美味い。けど手にチーズが垂れて食いにくい。
「あ」
新聞を右手に持ち、ソナタは「そういえば」と眉を上げた。
「明日は建国記念日だったねー」
「あ! すっかり忘れていました……明日でしたね」
口を手で隠しながらレイラはゴクリと喉を鳴らした。
「建国記念日ってのはつまり、帝国ができた日ってことか?」
「うん、そうだよ。会長もシュラちゃんもアシュちゃんも、まだ建国パレードに参加したことはないよね?」
「パレード?」
「そう。本来は『行進』って意味だけど、
ここで言う建国パレードは帝都で二日間行われる祭りのことを指すんだよ。
建国パレードって言うのはね……」
ソナタは建国パレードについて説明してくれた。
建国パレード。
建国記念日に開催される祭りだそうだ。一番盛り上がる時間に帝都を横断するように大道芸人による行進が行われるらしい。大道芸人の後を追うように民衆も踊るそうだ。
二日連続で行われ、貴族庶民問わず踊り明かす。帝都に住んでいない者たちもパレードに加わるためわざわざ遠方から来ることもあるそうだ。
「へぇ、面白そうじゃねぇか」
「そうは言うけどねぇ会長、騎士団にとっては一年で最も忙しい二日間だよ」
そりゃ、祭りで割を食うのは治安を保つ連中って決まっている。
「まぁ僕は職務放棄して歌いまくるけどねぇ!
去年歌った時はあまりの美声に、老若男女問わず気を失ったものさ……」
「テメェはおとなしく職務を全うしてろ」
運ばれた料理が半分を切ったところで打ち合わせを始める。
「帝都に着いた後のことだが……そんな大きな祭りがあるなら、ちょい予定も変わってくるか」
ボン! とアシュが消え、ぶかぶか服を着たシュラが姿を現す。
もう慣れたから、オレ達は何のリアクションもしないが姉妹の切り替えを見ていた他の客は驚いていた。
「私はまっすぐバルハ=ゼッタの家に向かうわ」
「そうだな……オレもまずは爺さんの家に行くかな。
爺さんを貶めた犯人の手掛かりがそこにある可能性もあるし」
「じゃあわたしもまずはそこだね」
「僕は悪いけど一旦抜けるよ。騎士団に用があるからね」
帝都に着いたらソナタと別れ、アシュラ姉妹とレイラと爺さんの家……レイラの実家を訪ねる。
問題は宿だな。祭りの前日、どこの宿も埋まってそうで心配だ。
「宿を合流地点にしようか。会長たちはどこに泊まる気だい?」
「レイラ、お前の実家に泊まるのは可能か?」
「うーん……キツイ、かな」
「なら、〈ビーズパーク〉って宿に泊まるといいよ。
宿泊代も安くて部屋も空いてる、陽が当たらない場所だけどおすすめスポットさ。
他の宿だとこの時期じゃ入れないだろうからね」
「おっけー。それで行くか。
宿に全員集合したら改めて今後について話そう」
手を挙げ、酒場のお姉さんを呼び、会計を済ませて外に出る。
空は快晴だ。野原を歩き、オレ達は帝都を目指す。
レイラとシュラが話しながら前を歩き、オレとソナタは後列で肩を並べる。
「久々だね~帝都に戻るのは。シンファは元気にしてるかな?」
「シンファってのはお前と同じ流派だっていう……」
「そ。親衛隊の一人で、僕の親友」
「ずっと聞きたかったんだが、親衛隊と大隊長ってなにが違うんだ? パールに聞いた話だと階級のレベル的には同じなんだろ?」
大隊長と親衛隊の持つ権限は同等だと、パールは言っていた。
「役割が違うんだよ。
大隊長は色んな地方に飛んで、前線で指揮を任せられることが多い。
親衛隊は騎士団長直下で帝都の守りや皇帝を守ることに尽力する。
大隊長が剣なら、親衛隊は盾だね。親衛隊は基本、帝都から離れない」
「ふーん……親衛隊の数は確か5人だったか。
5人もお前やパールと同じレベルが居るってすげぇな」
「はっはっは!
親衛隊に会うのを楽しみにしておくといいよ、
君はすぐに彼らに会うことになるだろうからね」
「なんでだよ?」
「例の事件の調査には彼らの手を借りるつもりだからさ。
それに、彼らや騎士団長様はきっと君に興味を持つはずだよ。
――おっと! 話をしている内に到着だ。会長……見てみなよ」
ソナタが顔を上げて、まっすぐ前を見る。
オレはソナタの視線の先を目で追った。
「おぉ~!
やっぱ遠くから見るのと、近くで見るのとじゃ全然迫力が違うなぁ……」
でっかい壁が正面にそびえ立つ。
中の賑わいが壁を越えて聞こえてくる。
帝都〈アバランティア〉。
帝都についてはソナタから事前にある程度の説明は受けている。
円形の街で、街を囲むように壁が設置してあり、東西南北に門が付いている。こういうのを城郭都市って言うんだろうな。
北門から中心街に向かう大通りを北通りと呼び、南門から伸びる大通りを南通り、東門から伸びる大通りは東通り、西門から伸びる大通りは西通りと呼ぶ。
帝都は四つの大通りを区切りにして地区を四つに分けている。北通りと西通りの間の街並みを1番街、北東は2番街、南西は3番街、南東は4番街。大通りが交わる中心の街を中心街と呼んでいるそうだ(ソナタ談)。
中に入ると背の高いレンガ造りの建物が並び立ち、赤茶色の風景が出迎えてくれるらしい。
レンガの家は庶民の証。貴族や皇族の住居は魔力が練り込まれた“ラーゼンストーン”という基本白色の石で造られている。家の材質で位が判別できる――とのことだ(ソナタ談)。
オレ達は南門を目指して壁の周りを歩いて行く。
「結界は壁の上から張ってあるのか?」
「ううん。違うよシール君。
帝都の結界――〈シュッツガイスト〉は帝都を覆う形でボール状に展開されているんだよ。上から見るとわかるけど、壁には結界を通すために溝が空いていて……」
「ああ、そういや塔から見下ろした時なんか不自然な溝を見つけたな」
「東西南北の門の所だけ、結界は張ってないんだよ」
シュラは眉間にシワを寄せ、
「そんな広範囲に結界を展開して、強度は大丈夫なの?」
「それは問題ないねぇ。結界術師っていう特別な術師が50人ぐらい集まってきちんと管理している。
並の黒魔術師を100人束ねても結界を壊せないよ。それほど強力だ。
200年の歴史の中、一度だって破られたことの無い不落の結界さ」
南門、多くの人が入り乱れる巨大な門の前で立ち止まる。
門番の騎士が一人、ソナタと会話する。ソナタが珍しく真面目そうに受け答えすると、騎士は元の位置に戻っていった。
「検問はこれでOK!
さぁ入ろうか!」
門をくぐり、帝国の中心点へとオレは足を踏み入れる――
『おい! その木材はこっちに運べ!』
木材を両腕に抱え、右往左往する若い男。
『ここはウチが申請して取った場所だ!』
『馬鹿言え! ここは俺たちの店がだな……!』
露店を開く場所を巡って繰り広げられる喧嘩。
『はーい、どいてどいて~!』
商品らしき陶芸品を持って人の波を縫って歩く女性。
『よし、手が空いた奴から休憩とっていいぞ!』
頭にタオルを巻いた大工のおっさん。
慌ただしい空気、酔いそうになる程の人の群れ。
ここまで人間が集まった場所をオレは初めて見た。
「あぁ~、懐かしい匂いだ」
「……ついに、戻って来た……」
「人が多くて鬱陶しいわね!」
ここが帝国の中心。この大陸でもっとも人が集い、広く、栄える場所――
「来たな……! 帝都〈アバランティア〉!!」
帝都の結界〈シュッツガイスト〉
緑と白の錬魔石が埋め込まれた巨大な錬色器によって形成されている。結界術師はこの錬色器に緑と白の魔力を注ぎ込むのが仕事。なので、基本的に結界術師は白魔術師である。
このタイプの結界は強弱の差はあれど珍しくはない。ただ帝都の結界は他の同系統の結界と比べ断トツで強度が高い。
壁がある理由は街並みを外から見せないため、結界を形成する錬色器を見せないため、万が一錬色器が壊れた際の予備、等々色んな理由がある。
【祝・100話突破】






