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49  作者: 蒼治
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後日談:1010(5)

「どうもご迷惑をかけます」

「大丈夫ですよ~」

 門倉さんがにこにこしながらロビーで待っていてくれた。

 あの日藤織さんから言いつけられて、数日はじっとしていたのだが、さすがに二三、生鮮食品を中心とした買物をしたくなった。おそるおそる伽耶子さんに電話をしてみたらちょうど門倉さんがおり、車を出すといってくれた。

 ロビーで落ち合って私達は外に出た。


「でも伽耶子さんと引越しの準備中で忙しいんじゃないんですか?」

「っていっても俺の家じゃないですからね。あまり手伝えることもないんです」

 門倉さんは大きくて長いまつげの目を細めて笑った。なんだろうこの人、すごくサバンナの草食動物っぽいな……。キリンかシマウマか。

「正直手伝っても邪魔だと思います」

「そ、そんなことはないと思います。もしそうなら伽耶子さんきっとそう言いますよ」

「あ、言われてます」

 ……そうですか。


「伽耶子さんのうちに来ているのはただ一緒にいたいだけなんですよね~」

 私は目をむいた。

「いきなり全開でのろけられてびっくりしました」

「そうですか?」

 門倉さんはにこにこしている。別に照れも気負いもない。すげえ。

「だって嬉しいですから。多分最初に会った時からばれていたと思うんですけど、俺はずっと伽耶子さんのことを好きでしたからねえ」

「……まあそうですね。とことん隠しきれていませんでしたね」

 私は最初に会った時を思い出す。数年前の四十九日の事件の時、紗奈子さん探しの一環で訪れた飲み会で院生として紹介された門倉さん。門倉さんについての伽耶子さんの意識の低さもうっかりまとめて思い出してしまった。あれがどうしてこんなことに……。


「門倉さんは伽耶子さんを結構長く好きだったんですね」

 よくぞ長きに渡る奴隷扱いに耐えて成就させた、といいたいところだけど、どう言葉を選んでも嫌味かからかい半分になってしまうのがネックだ……。本当に讃えたいところなんだけど。

「そうですね。紗奈子さんに紹介されたのが八年くらい前ですからね……ああ、でも」

 そこでうつむき加減になって門倉さんは笑った。

「多分伽耶子さんも知らない頃から伽耶子さんを好きでした」

 意味がわからない言葉に私は首を傾げる。


「伽耶子さんは覚えていないってことですよ」

「どういうことですか?」

 門倉さんは照れくさそうに指一本でこめかみを掻いた。

「伽耶子さんには内緒で」

「はあ」

 門倉さんはちょっとだけ間をおいた。


「本当に最初に出会ったのは、俺が中学生で伽耶子さんが高校生の時なんですよ」

「そうなんですか?涼宮と門倉のなにか会合的な」

「いいえ、道でばったり」

 なんだそれ。

「俺はまあ中学生からそれほど変わっていないといえばおわかりでしょうけど、昔から喧嘩とか苦手で。その日は塾の帰りでわりと遅かったんですが、近道にした繁華街の一本裏道でカツアゲにあっていたんです」

「まさか、そこを伽耶子さんが助けてくれたとか」


 いやまさかそんな古典的な展開が。いまどき少女マンガはおろかBLですらお目にかかることのないような手垢の付いたシチュエーションがいやまさか!


「そうです。名門女子高校の制服を着てばったばったとそのたちの悪い連中をなぎ倒していく伽耶子さんは本当にかっこよかったです」

 やばい。手に取るようにその姿が目に見える。今よりもさらにひょろひょろの門倉さんが、薄暗い路地のすみっこで鞄を抱きしめてしゃがみこんでいて、その脇で伽耶子さんが大立ち回りをしているというその光景が。

 明瞭過ぎる。もしかして妊娠を期に私はなにかサイキックに目覚めたのだろうか。


「今も伽耶子さんは美人ですが、その時は本当に綺麗な高校生で。芸能人でもないのにこんな綺麗な人がいるのかと思いました。でもその時は彼女は名前も名乗らずに颯爽と立ち去ってしまったんですよ」

 思い出補正を差し引いても確かに綺麗だったのだろうとは思う。だが。

「助けてもらって好きになるって男の人には珍しい考え方ですね」

 門倉さんが変にマッチョな脳みそを持っていないことが幸いだったのか。しかし伽耶子さんはことごとく人を奴隷扱いしていると思いきや、正義の味方みたいなことをやっていたのか。伽耶子さんと言うのは何を考えているのか微妙にまだ謎だ。言っていることはいつだって胸をはって「自分のことしか考えていないわ!」なのに。そうでもないのは確かだ。


「そうかもしれないですね。でもまぶしいくらい綺麗なことには変わりないんです。俺はそこを本当に好きになった。だから高校生になってから門倉として祖母に連れられて涼宮に挨拶にいった時に、伽耶子さんを見かけて本当に嬉しかったんです」

「でも最初は紗奈子さんを紹介されたんでしょう?」

「そうなんですよ。涼宮さんちも気が利かないというか。年の差二つなんだから伽耶子さんを紹介してくれればよかったのに」

 そこで私達はあははと笑った。天下の涼宮さんちも門倉さんにかかればこんなふうにけちょんけちょんだ。


「でも紗奈子さんに話したら、非常に乗り気でお姉さんを紹介してくださると」

「あー……そうだったんですか」

 紗奈子さんの保身ばかりと思っていたんだけど、門倉さんの執念もかかっていたのか。なるほどなあ伽耶子さんも二人掛かりで攻められていたわけだ。

「でもそこからも長かったんじゃないですか?」

「まあねえ……」

 さすがの妙にポジティブな門倉さんも少し遠い目をした。

「やっぱり犬から男に見てもらえるまでに時間はかかりましたよねえ」

「あー」

 わかります。私も最初『物』扱いでしたからね。藤織さんの切り札のカード。懐かしいなあ。

 でも伽耶子さんがこの間言っていた様子からすると、門倉さんもまだ伽耶子さんを手にしてはいないのか。さすがにそこはつっこみいれられないけど頑張ってください。


「伽耶子さんの決め手はなんだったんですか?」

「さあ」

 門倉さんは自信なさげに疑問を口にした。

「俺の何が良かったんでしょうね」

「そんな自信なくて良いんですか?」

「俺は伽耶子さんにとっての俺の長所はわからないんです。研究で実績らしい実績もまだないし、『門倉』だって今はほとんど名前だけだし、中学の頃と何も違わずにあいかわらず腕力もないし、かといって伽耶子さんを支えられるほど家庭的かといえばそうでもないし」

 正直、門倉さんの自己分析が鋭すぎてうかつに励ますことができない。このひとあたまいいな!


「でも伽耶子さんのことはなんとなくわかる」

 門倉さんの目は最初からずっと穏やかで微笑に近い角度を描いていたことに気がついた。大事なものを思い出すとき、人はこういう顔をする。

「伽耶子さんは嫌なことは絶対にしないし、結婚と言うことを軽くも考えていない。軽く考えていたら涼宮の勧める適当な誰かととっとと結婚してしまったほうが、いろいろ生き易い。でも今まで拒絶しまくっていたということはそうではないんだと思ってます。だから俺を選んだということの意味は俺は理解しています」


 ああすごいなあ。

 門倉さんの印象が変わる。今まで、頼り無い院生という印象が拭えなかったけどなんだか私より全然しっかりしていて、よく考えている人だった。

「ちなみにプロポーズはどうだったんですか?」

「『相続税で困っているのなら私が肩代わりするから結婚しましょう』」

「……言葉の中身以前に、当然のように伽耶子さんからだったんですね」

 でも私も今はもう、伽耶子さんの言葉どおりになんて受け止めることはしない。大体あの人天下無双のツンデレだしな。


「結婚式楽しみにしてるんです」

「もうすぐご出産ですよね」

「でも式は半年先でしょう。その三時間くらいはシッター頼みます」

 そうかあ、まだ半年も先の話なのか。

 ……話だけ聞いたら何もかもわりと非常識な二人なのに、でもなんだか途中でダメになってしまうという気は全然しなかった。

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