見張り台の上で
魔物の群れは、城壁を見て諦めたのか、後退していった。
視界から完全に消えて、ようやく戦いの終わりを実感した。
(よく頑張りましたね。勇者よ)
女神の声が聞こえた。
戦闘中なにも話しかけてこなかったのに、急なものだ。
(実際の戦では、私にできることはありませんから)
私だってできることがあるとは思ってなかったわよ。
(見事な戦いぶりでした。嬉しいですよ、私の勇者が強い人で)
武器が良かったのよ。
戦ったことなんて一度もない私があれだけできたんだから。
(それは違います。どれだけ強力な武器があっても、それで戦えるかどうかはまた別です。貴方はまさしく勇者でした)
城壁の見張り台で外を見ながら女神と会話してると、バズが隣にやってきた。
「よう、凄かったじゃねえかねえちゃん、いや、勇者様」
「勇者様っていうのやめて……」
女神以外の人から呼ばれると、恥ずかしい。
「あんたのことが話題になってるぜ。街の外での戦闘から、さっきの一騎打ちのことまで。吟遊詩人があんたの詩を作るって言ってる。勇者の詩だ」
「やめてよ。どうして私がそんなことに」
「それだけあんたは凄かった。被害が最小限に抑えられたのもあんたのおかげさ。何もかもうまくいった。あんたがいてくれたからだ」
被害。
私の目の前で死んだ、フルフェイスの騎士が思い出される。
「被害、出たのよね」
「そりゃ出るさ。50人も死んでないって話だが。あれだけ魔物が出たにしては上出来だぜ」
「……50人ねえ」
多いのか少ないのか。
そもそも、何人が戦闘に参加していたんだ?
1000人くらいだろうかと思うが、確証はない。
実感がわかないのだ。
私の知らない所で死んだ人のことは、なんとも思えない。
目の前で死んだ騎士の最後は、こんなにも目に焼き付いているのに。
「魔物は見るからに集団戦闘に慣れていなかった。数で押してくるだけだったし、城壁を見るなり引き返した。だがよ、もしねえちゃんがいなかったら、なし崩しで全滅してたかもしれねえ。それに門が守れなかったら、そのまま魔物が雪崩れ込んで街は廃墟になっていたかもしれねえ」
「つまりなにが言いたいの?」
「俺たちは運が良かったってことさ。そしてねえちゃんは幸運の女神だ。どうだい、俺のものにならねえか」
「……口説かれてる?」
「夜のお誘いに乗ってくれるかい?」
「やめとくわ」
「振られちまったかぁ」
「いきなりすぎるわよ。そんな口説き文句で誰が引っかかるの」
それに、乙女の純血は安くないのだ。
バズはため息を吐いてから、続けた。
「で、勲功式をやるってよ。みんなあんたのことを探してた」
「なぜバズは、私がここにいると思ったの?」
「ここは見晴らしがいい。遠くまで見える」
「そうね」
「魔物が戻ってこないか見てたんだろ?」
「……そうね」
私が見張り台に登った理由。
確かに、魔物が居ないか見るためだ。
半ば無意識的な行動だったが。
「あんた、伝承の戦乙女みたいだったよ。おっかねえ顔しながら遠くを睨んでいた」
「私はただ、魔物が怖いだけよ」
そうだ。
そして私は死ぬのが怖い。




