冒険
「草原の魔物はもう簡単に倒せるな」
リックの言葉にこくりと頷く。ポイズンスネークは強化魔法が必要だけど、強化魔法さえあれば一撃で倒せるから、もう十分だとユキも思う。
ユキたちは森に向かった。
森を進んでいると一匹でいるワイルドウルフを見つけた。ワイルドウルフは基本的に群れる魔物だから、一匹のところで見つけられたのは運が良い。
リックはユキに各種強化魔法を、ワイルドウルフに付与麻痺術をかけた。戦いが始まると、リックのサポートのおかげもあって、ユキたちが優位に立つことができた。
「アオーン」
ワイルドウルフは倒れる直前に遠吠えをした。置き土産というやつだ。
まずい。一匹ならまだしも群れには太刀打ちできない。リックは遠吠えの意味を分かっていないようで、呑気にドロップアイテムを見ている。
「あれ、何か来てる……?」
彼はワイルドウルフの気配がする方をじっと眺めた。すると群れを見つけたのか、顔を青くしつつユキを抱き上げた。
彼は自分に強化AGIをかけ、全力で走った。ちらりと後ろを見ると、ワイルドウルフは赤く目を光らせ、執拗に追いかけてきていた。
「ユキ、自分で捕まっていてくれ」
彼の肩にしがみつく。でも、リックの手が自由になったところで焼け石に水。到底逃げ切れるとは思えない。彼が音声でステータスの割り振りを行うと、それでやっと逃げ切ることができた。
「つかれたあ……」
彼はセーフティーポイントの中で大の字に寝転がった。ユキも同じように地面に転がってみる。木漏れ日が心地よい。
ユキがのんびりしているうちに、彼は起き上がってアイテムを集めていたようだった。石を二つ持って重さを比べたり、草を口に入れてみたり、奇妙なこともしていた。
彼は赤い実も集めているようでセーフティーポイント内を動き回っている。リックこそ疲れているだろうに、働き者だなあ。
そうやって眺めているとリックがセーフティポイントの外に行くのが見え、慌てて追いかける。ユキまで遠くに行ってしまっては逆に迷惑になるからセーフティーポイントの近くで彼を見守る。彼はあの赤い実を集めようとしたところをワイルドウルフに見つかり、追いかけられていた。
安全な場所まで逃げ帰ってきた彼に、「欲張っちゃダメだよ」と耳を使ってビンタする。
「これ、食べるか?」
ビンタが効いたのか、彼は苦笑いしながら狼に追いかけられてまで集めた実をユキに差し出した。謝罪のつもりなのかもしれない。
差し出された赤い実を口に入れる。ちょっと酸味が強いけど美味しい。これがバースベリーなのかな。
ユキがバースベリーを味わっていると、リックもどんな味か気になったのか、一粒口に入れた。
――間接キスでは!? 今、ユキにあーんした手がリックの口に触れたよね!? そもそもあーんの行為自体が恋人的な――!
……これはペット、よくて妹扱いか。冷静になれ、ユキ。
でも、勝手に間接キスだと思う分には問題ないよね。ユキはさりげなくリックに近づいて、彼の指についたバースベリーの果汁をぺろりと舐めた。
リックが、何もないところをぼうっと見ていると思ったら、急に「鑑定」と言った。
「妖精?」
彼は不思議そうに言った。リックの視線の先を見ると、淡い緑の光がふよふよ漂っていた。
妖精は少し特殊な手段で手に入るパートナーで、魔物でないため進化はなく、能力も他の魔物とは違ったはず。特殊な手段がどんな手段なのか、分からないけど、とりあえず隠し存在に辿り着いたリックは凄いってこと。
ユキもデータとしては知っていたけど、淡い緑の光は綺麗だったからなんとなく眺めていた。すると、恥ずかしかったのか妖精はどこかへ行ってしまった。
セーフティーポイントを出て、町を目指した――けど、ワイルドウルフを見つけるたびに迂回をしているうちに、森の奥の方まで進んでしまった。
大きな木と池、そして池に咲くハスの花を見て、嫌な予感がした。
リックがハスの花を一つ取った瞬間、狙っていたかのように大地が揺れた。
「ユキ、逃げるぞ!」
慌てたように言う彼にユキはゆっくりと首を振った。ボス戦は、逃げられない。
敵わないと思っていたけれど、回避優先で戦っていたおかげかなんとか戦えていた。STRは心もとなくても、手数で押せる。無相応にもそう思ってしまった。
「ごめんな、ユキ。かっこ悪いマスターで」
リックがぼそりと呟く。違う、リックはかっこ悪くなんてない、自慢のマスターなの。悪いのは弱いユキ。ホーンラビットのユキがいけないの。
ほとんど無意識だった。ボスに攻撃されようとしているリックの前に出たのは。肉を切り裂く音がした。「倒されたんだ」と他人事のようにぼんやりと感じた。
「おかえり、ユキ」
五体満足(?)で会えて良かった。嬉しさのあまり、リックに飛びつく。
リックに頭を撫でられながら、差し出されたバースベリーを食べる。頑張ったご褒美かな。結局、リックもやられちゃったみたいだけど、ユキが少しでも役に立てたなら嬉しい。
「ユキ、自分の体を大切にしろよ」
彼は叱るような口調で――でも目は優しいまま――言った。
分かってないなあ。ユキを大切にしてくれるあなたのためだから、ユキは頑張れるんだよ。……こう伝えるのが恥ずかしくて、首を傾げてよく分かっていない振りをした。
ユキの弱体化が終わるまで、町を見て回ることにしたらしい。ユキはデート気分だ。肩に乗る恋人なんて見たことがないけど。
多くの露店が並ぶ通りを通っているとき、アクセサリーが気になった。もっとよく見ようと肩から降りる。
「何か欲しいものがあるのか?」
彼が私に問いかけた。彼は店員と話しながら、ユキの前にある青いリボンを手に取った。
「買います」
「ありがとうございます」
気がつけばリックはそれを買っていた。彼はユキの前に跪き、首にそっとリボンを巻く。結び慣れていないのか、少し不恰好だった。それはそれで嬉しいけれど、すぐに解けてしまいそうだったからか、店員が結び直してくれた。流石店員と言うべきか、お手本のように綺麗な蝶々結びがユキの首元にできあがった。
その後ものんびり露店を見て回って、魔術師ギルドで追い出されて、西門近くの草原で狩りをした。魔術師ギルドの人たちは許せない。価値観が違うと言ってもあんな言い方しなくて良いのに、ユキのリックをバカにしたような言い方をして……。
今日は初めて夜まで狩りをした。軽く歩くと夜限定の魔物のナイトバットと出くわした。
「なあ、ユキ。あれ倒せるか?」
ユキは跳べるけど飛べない。文字通り手も足も出ないから、勝てるかどうか以前に勝負にならない。認めたくなかったけど首を振った。
ユキたちは仕方なく町に帰って、リックはログアウトした。




