出会い
No.9422はサポートAIを流用して生み出され以来、このゲームのことを学習してきた。出てくる魔物や世界地図、スキルについて。エラーも起きず、完全に学習でき、後はゲームの世界に行くだけだった。
完璧だったのに。ここまでは上手くいっていた。綻びが生まれたのはこの後だった。
割り当てられた魔物はホーンラビット――最弱の魔物だった。要らない。ハズレ。マスターのがっかりした顔が目に浮かんだ。
がっかりした顔を見るのが怖かったから、ずっと下を向いていた。マスターの名前はリック。声からして高校生くらい。普通の人。ああ、でもβ版を遊ぶくらいだから、ゲームが好きな人なのだろう。
「お前の名前は"ユキ"だ!」
彼は跳ねるような声色で言った。思わず顔を上げる。そこで彼の顔を初めて見た。目が合うと誕生日の子供のように嬉しそうに笑った。これはゲームが楽しみで笑っているのではない。
ユキ、ゆき、雪。体毛が白いから。単純な理由。特に変わった名前でもない。
でも、嬉しかった。……ユキを、嫌いにならないでくれて。
ユキのマスター、リックは補助魔法士型のスキル構成にしているみたいだった。攻撃はユキに任せるつもりなのかな。……ホーンラビットって攻撃力が低い方、というか最弱レベルだけど。通常ルートだと進化も三段階しかないけど大丈夫?
ユキの声は向こうには聞こえないからリックのステータスは確定してしまった。リックがゲームを諦めるってことにならないと良いけど……。
祈るような心地でリックの顔を見つめた。
ついにゲームが始まった。スタート地点はリックの肩の上だった。彼はじっとユキを見つめてから、そっと手を伸ばした。触りたいのかな。ユキは出来るAIだから、その意図くらいは読める。こつん、とほっぺたを指にくっつけた。
「可愛い……」
彼は堪え切れない、といった様子で言葉を漏らした。でも、「ユキは可愛いから!」なんて調子に乗ることはしない。彼はきっとユキだから可愛いのではなく、動物全般が好きな人だ。触れ合う時、少し怖がっている様子もあったから、動物を飼えない家で育ったのかも。
なるほどね。だからユキでもがっかりしなかったんだ。……ワイルドウルフなら強いし、もっと喜んでいたのかな。
リックはチュートリアルに従って進めるみたい。スキルのレベル上げのためか、鑑定をしながら歩いている。あ、少し表情が変わった。スキルレベルが上がったんだ。
ふふっ。可愛い。すぐに顔に出ちゃってる。でも、彼は冷静でいるつもりのようで、真面目そうな顔を作っている。そんな所も可愛らしい。
冒険者ギルドで登録をする時、受付の人が首を傾げて裏へ引っ込んでいった。リックが隠しイベントを見つけたんだ! ユキも彼のパートナーとして鼻が高くなる。
でも、謎の部屋から出てきたリックは微妙そうな顔をしていた。貰えた称号が不名誉称号だったのかな……。
薬草採取の依頼を受けたリックと一緒にバース草原に向かう。草原はプレイヤーで溢れていて、敵の姿も見当たらない。がっかりしてほしくないと思ったけど、リックはむしろ依頼がスムーズに進むと喜んでいるようだった。彼は夢中で薬草を採取していく。町中でレベルアップした鑑定も役に立っているようで、かなり良いペースだ。
ふと、気配を感じて周りを見渡す。すると、少し遠くにホーンラビットが見えた。この距離ならターゲットはユキたちだ。軽くリックを叩いて気づかせる。
「ホーンラビットか!」
リックがユキに強化STRをかける。
「ユキ、頼んだ!」
リックの声を聞いて、彼の肩から飛び降りる。
ユキは弱いから、出し惜しみなんてしていられない。スキルを使って、ホーンラビットを攻撃する。
思っていたより相手が弱かったのか、強化魔法が強かったのか、一撃で倒すことができた。リックはドロップアイテムの角を手に取って、ユキの頭を撫でた。
「すごいなユキ!」
彼の褒め言葉はくすぐったくて、胸の辺りがなんだか暖かくなった。
初めての戦闘の後も、採取を続けながら敵と戦った。このエリアの魔物はほとんどホーンラビットだから、強化魔法があるユキたちの敵ではなかった。
「痛っ」
リックが顔を顰めた。ホーンラビットが近づくまで分からないなんてことはないから別の魔物。確か……ポイズンスネークだったかな? 毒がある! 今の彼では解毒できないはず……。すぐに倒さないと!
慌てるユキとは対称的にリックは冷静で、付与魔法を試そうとしている。かけたのは付与麻痺術。毒術はポイズンスネークにはほとんど効かないから、良いチョイスだ。
「頼む、ユキ!」
任せてと心の中で答え、突進する。今回は強化魔法がかかっていなかったから倒し切るまでには至らなかったけど、ダメージと麻痺術の効果で敵は動けなくなっている。
よくもリックの足に咬みついたな! と怒りのままに攻撃を加え続ける。もっと強い魔物なら良かった。リックを傷つけないし、こんな魔物は一瞬で倒せるのに。
「危ない!」
その声でハッと我に帰る。気がつくとポイズンスネークがユキの首に咬みつこうと口を開けていた。――避けられない。ユキは目を瞑った。
……? 咬まれてない? ステータスの差があるからダメージは入るはずなのに。そうか、強化魔法。リックがギリギリで強化VITをかけてくれたんだ。ちゃんと間に合うところがヒーローみたいでかっこいい。
でも、足の傷を放置するのは良くないよ。リックに駆け寄り、足を観察する。傷はなかった、ゲームだから。
「心配してくれてありがとう」
彼は優しく笑って、自分自身に回復をかけた。
「ユキ、もう少し戦うぞ。頼んだ」
強化魔法を適切に使えば問題ないと思ったのか、リックはまだ戦うつもりらしい。正直なところ、毒のダメージがあるから無理しないで帰ってほしいんだけど……。ユキは楽しむのが一番だと思い直し、控えめに頷いた。
その後も少しだけ狩りを続けて、レベルが五に上がったところで町に戻った。
ナンバーに深い意味はありません。




