つなぐ力
鏡の神殿のイベント開始から現実時間で一週間経った今日、新規ムービーが見られるようになっていた。通行の妨げにならない場所に移動してから見る。
『異界からの勇者諸君、ありがとう。皆のおかげで無事に鏡の神殿を取り戻すことが出来た。惑いの霧も完全に晴れたので、これからはこの魔道具を使わずとも鏡の神殿を訪れることが出来るだろう。さて、ここからが報酬の話だ』
俺は固唾を呑んで映像を見つめた。
『報酬は鏡の利用制限の解除だ。ん? ああ、そうだな。これでは異界の者には伝わらないか。以前、鏡の神殿が町同士の協力をより強固にすると話したのは覚えているだろうか。鏡の神殿に祀られている神――鏡の神の祝福を受けた鏡は別の鏡と空間を繋ぐ力を持っているのだ。色々と制限はあるがな』
神殿攻略を終えた時に聞いていた話と同じだな。利用制限の解除ということは無料でいくらでもテレポートできる、ということだろうか。
『魔物を打ち倒すためには各地の協力が不可欠だとおd……説得した甲斐があった。今回協力してくれた者には無償で、それ以外の者も百オルで利用できるようになった。皆には鏡を有効活用して、この世界を救う手助けをしてほしい。以上だ』
……さっき、脅すって言いかけなかったか?
港町方面へ向かうため、鏡の神殿に向かう。神殿のテレポート機能が使えるようになったというのもあって神殿には多くの人が居る。
テレポート用の鏡は礼拝所の中にあった。礼拝所には沢山鏡が置いてあったが、人が入れそうな大きさの物は真実の鏡しかなかった。そのため、真実の鏡を使うのかと思ったらそうではないらしい。
「鏡の前に立って行きたい場所を思い浮かべてください。あなたが行きたいと思った場所に最も近い祝福を受けた鏡の近くへと移動出来ます」
俺の前にあるのは洗面台にありそうな大きさの鏡。一見すると普通の鏡のようだが、祝福を受けているらしい。
ダメ元で海を思い浮かべてみるが何も起きない。今度は普通にバースの東の村――ウェト村を思い浮かべてみる。すると、鏡に映っている景色がぐにゃあっと変わって、見覚えのある村の様子が映し出された。
「この状態で鏡に手を触れるとあちら側に移動出来ます」
恐る恐る触ってみると、鏡の中に吸い込まれた。気がつくと俺は村に来ていた。
「リック、さん?」
振り向くと以前よりガタイが良くなったニックが居た。ゲーム内は現実より時間が流れるのが早いし、彼の年齢的に成長期なのだろう。
「身長伸びたか?」
「ああ! そろそろ追いつくかもな」
「まだまだだろ。俺だって伸びるし」
「異世界人って身長伸びるんだ……。ってそんなことはどうでも良いや。どうしてこんな辺鄙な村に来たんだ?」
「港町に行きたくて」
「リックさんもセア港に? そういえば復魂祭の後から行くって異世界人いっぱい来たなあ」
急ぐ必要もないから、今日はニックと話したり村の人の手伝いをしてのんびり過ごした。
「もう行くのか?」
「いや、今日は暗いからログアウト――俺の世界に帰るよ」
「そう。あ、リックさん。ウチの村にセア港に行きたいって人がいるんだけど、その人、護衛を探してるみたいでさ。もしよければその人の依頼を受けてみて」
「受けてみようかな。時間が合えば、だけど。教えてくれてありがとう」
錬金術師がいるだろうから尋ねてみるのも良いと思ったが、ちょうど港町に行く人がいるなら先に港町に向かっても良いな。鏡の力ですぐに戻れることだし。
次の日、ログインしてニックを探す。幸いにもすぐに見つかった。彼はちょうど休憩中なようだったから、昨日言っていた人がどこに居るのか教えてもらった。
「暇だし、すぐ近くだから案内するよ」と言われ、連れてこられたのは見覚えのある家だった。窓からこっそり中を覗くと物で溢れかえっているのが見える。
ニックが軽くノックすると中から少しダルそうな返事とドタバタと何かが倒れる音が聞こえてきた。
「この人が昨日言ってた人――クルミさん」
「服飾師のクルミです。今日はよろしくお願いします。……ってあれ? 前も護衛をしてくれましたよね?」
「はい、リックです。よろしくお願いします」
「また会えましたね! 今日もよろしくお願いします」
ペコペコお辞儀しあっている俺たちを見て、ニックは安心したように、去っていった。
「準備してきます。五分ほど待っていてください」
「何をするのかは分かりませんが……。大荷物にならないようにだけ気をつけてください」
「……はい」
彼女は少ししょんぼりして家の中へ入ってきた。
支度中に聞こえる音とは思えない音が聞こえてきたが、彼女は無事五分後に家から出てきた。
「行きましょう!」
「クルミさん、その手に持っているのは何ですか?」
「見ての通り、ハサミです」
彼女曰く、戦闘用のハサミらしい。戦闘に自信はないが、セア港方面はバース付近に比べて魔物が強いため護身用に持っていくらしい。初めて行く場所で守り切れるか不安だったため、彼女が多少は戦えるというのがありがたい。
「クルミさんは港町にはよく行くんですか?」
「ええ。大きな町ですから。沢山の船が寄る港なので色々なもの、人が集まる町というのもありますね。復魂祭が近い時は危ないのであまり近づきませんが」
「それなら、近道とか知ってますか? 行くのは初めてなんです」
「一応ありますが、森の中を通る道です。慣れていても迷ってしまうので一般的な道で行く方が安全です。まあ私に着いてきてください!」
「そうなんですか。安心です」
村の近くはスライムくらいしかおらず、余裕があったため会話しつつ進む。湿地帯を抜けると、踏み慣らされた道が出てきた。
「気をつけてください。ここにも魔物は出てきますから。種類の違う魔物が同時に襲いかかってくることもあって……きゃあ!」
頭を下げた彼女の上を何かが通過する。同時に、小夜からも敵が来ていると教えられる。
「空を飛んでいましたから、先ほどのはブレイドファルコンでしょうか。対空は無理です。守ってくださいっ!」
「もちろん、それが仕事です! 拘束!」
飛んでいるブレイドファルコンの動きを止める。体を動かせなくなったソイツは勢い良く地面に叩きつけられる。
俺は地面で倒れている瀕死のブレイドファルコンを倒しながら、パートナーたちに強化魔法をかける。
近づいてきた敵は狼型の魔物だった。見た限りでは西側の森にいた魔物と同じ種類のようだ。森と平原では戦い方が違うが、同じように役割分担して倒す。
ブレイドファルコンの奇襲にだけ気をつけて進んでいく。俺たちは西の森でも問題なく戦えていたから、戦力的には問題がなかった。
「あ、町が見えてきました!」
彼女の言葉で顔を上げるといくつもの建物が見えてきた。
「ここは見ての通り白を基調とした町なんです。この大陸を二分するフィルス山地の中にも町が広がっているのですが、凄く良いんです! 自然と建物の調和が! 山の中にも広がっているというのもあって、傾斜がキツい場所もあるのですが、それすら芸術として昇華されているんです。私、この大陸の人間ではないのですが、セア港に降り立って、町を見上げた時の感動ときたら……!」
彼女はそこまで言って「あっ」と口を押さえた。
「すみません。調子に乗って話すぎました」
「大丈夫です。おかげで楽しみになりました」
「そう言ってもらえると嬉しいです。好きな町なので」
彼女は少し寂しそうな顔をして笑った。
「じゃあ良かったですね」
「何がですか?」
「鏡の力を使いやすくなったことですよ」
「ええっと……?」
「知らないんですか?」
鏡の神殿を取り戻したことをどうやら知らなかったらしい。俺が伝えると、彼女は気まずそうな顔をした。
「頼まなくて良かったんですね……。迷惑をかけて申し訳ないです」
「こちらこそ。早く伝えられれば良かったんですけど」
「す、すみません! 私がドジなばっかりに……。あ、お礼しますね」
「今じゃなくて良いですよ! 町が近いとはいえ、まだ魔物に襲われるかもしれません」
「そ、そうですよね! すみません。早く行きましょう」
そのあとは特に問題なく町の広場に辿り着いた。
「お礼、お渡ししますね」
彼女は「どこだったかなあ」と呟きながらリュックの中を探した。しばらくすると彼女は「あった!」と白いタートルネックを頭の上に掲げた。
「INTを上げる効果もありますが、良い素材を使っているのでVITにも期待できますよ」
「ありがとうございます!」
「こちらこそ! あ、服飾ギルドの店には靴も売っているので良かったら寄ってみてください」
靴が初期装備のままだとバレてしまっている。俺は思わず苦笑いしつつ、この町で靴を買おうと決めたのだった。
【お届け物です。2】…clear
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。




