鏡写し2
ログインすると神殿の外にいた。ログアウトすると外――といっても惑いの霧の中だが――に戻されるらしかった。
外には何もないことは分かっているが、新たに何かがあるかもしれない。そう思ってもう一度神殿を一周してみたが徒労に終わった。やっぱり中か。
神殿に入った俺はやはりハープを持った天使のレリーフに出迎えられた。そういえば、ハープが地下二階に置いてあったな。「調べを奏でよ」はハープを弾けという意味かもしれない。
つまり、天の使いの前でハープを弾けば良いんだな? ……ってここだ!
俺は階段を駆け降りハープを回収して再びレリーフの前に戻ってきた。ハープは弾けないが、音を鳴らすだけで反応するものなのだろうか。
レリーフと同じように持って、弦を一本ずつ弾いていく。お世辞にも綺麗と言えない音色だったが、問題は無かったようだ。天使のレリーフが付いている壁が音を立てて上がっていく。
この先に真実の鏡があるのか。真実の鏡はどんなものなんだろう。
新しく出来た通路に入ると空気が重くなった。ジメジメとしていて不安な気分になってくる。この先に闇の結晶みたいな存在がいて戦うことになるんだろうか。
通路は長くなく、すぐに広い空間に入った。そこは時の神殿の礼拝所によく似ていた。違うのは、時の神殿で天使像があった場所に大きな鏡があること。そして黒い豚のようなものがその鏡に体当たりしていること。
大きな鏡がおそらく真実の鏡だ。黒い豚はこの異変の元凶だろうか。何にせよ、破壊行動をしているなら黒い豚――黒豚は敵だと思っていいだろう。
黒豚は俺に気がついたのかゆっくりと振り返った。目のようなものがこちらをじっと見る。
黒豚が前足を動かした。助走のようだ、と考え俺はキララを抱えて横に飛び退いた。一瞬前に俺が居た場所に亀裂が出来た。疑うこともなく黒豚の攻撃によるものだ。単調な動きだが恐ろしく速く、強い攻撃だ。あれに当たったら最後、一発で倒されてしまうだろう。
浄化装置を使うには黒豚を倒せということだろう。ヒットアンドアウェイで戦うしかなさそうだな。
「あっぶねえ……!」
黒豚はまた突進してきた。今度の狙いも俺とキララだ。みんなでばらければ攻撃対象が増えるからやりやすいんだろうが……。キララは攻撃されそうになっても自分から回避しなさそうだ。俺が抱えないとダメだろうな。
何度も突進後の動かない時間に攻撃を加えているが、一向に倒れる気配がない。もしかしてやり方が違うのか?
この期間に分かったことは黒豚は動いているものを優先的に狙うこと、動くものがない時や同じように動くものがある時は一番大きいものを狙うことだ。
動かなければ狙われないというのはキララ単体では全く狙われていなかったことから分かった性質だ。尤も、全員動かなければ鏡を狙い始めてしまうため、動かなければならなさそうだ。
大きいものを狙うという性質のせいで俺が狙われる回数はダントツで多かった。俺を狙う分には避けるのが簡単だから困ってはいないのだが……。
回避するのは動きのパターンが分かれば大きな問題ではない。それよりも黒豚が倒れる様子を見せないことが問題だ。何か効きそうな攻撃はないかアイテムを探す。
ここで拾ったアイテムと言えば、ハープだよな。鍵なんてここでは使えないから。打開策を求めてハープを鳴らしてみる。黒豚はこの音色に反応して俺に襲いかかってきた。
「ヘイトを集めるのか!? でもダメージにはなってなさそうだな。ってうわっ」
黒豚は再び俺に向かって突進してきた。攻撃間隔が短くなっている。だがこれはハープのせいではなく、突進後に攻撃をしなかったせいだろう。
そこまで考えてふと思いつく。もしかしてこれは倒せない敵なのではないか?
この任務の目標は「浄化装置を鏡の神殿の礼拝所に置くこと」であり、敵を倒せなんて一言も言われていない。
この戦いはおそらく防衛戦だ。礼拝所に浄化装置を置き、それを黒豚に壊されるのを防ぐというのが俺たちの目標だ。このハープを使って浄化装置から黒豚を引き剥がし、突進後に攻撃を加えて動く時間を減らす。これで勝てるはずだ。
「小夜! この装置を鏡の前に!」
空にいる小夜に装置を投げ渡し、声に反応したのか突進してきた黒豚を躱す。鏡の前に置く必要はないのかもしれないが、もしかしたら効果が変わるかもしれない。
装置を置く役目を小夜に任せたのはあの黒豚が対空攻撃手段を持たないからだ。ハヤテはスピードは出るが、細かい動作は苦手だからだ。
小夜が鏡の前に装置を置いてから、大体一分ほどだろうか。重かった空気が軽くなるのを感じた。浄化が進んでいるということだろうか。倒せない敵だという仮説は間違っていなさそうだ。
空気が軽くなるにつれ、黒豚の動きは遅くなってきた。そして一分ほど立ち、空気が澄んでくると黒豚は魔物がやられる時と同じように消えていった。
敵が周囲に居ないことを確認して息を吐いた。大きな鏡も無事だ。
黒豚にもドロップ品があると思い、居た場所を見るが、何もなかった。あれは回避しながら一度鑑定してみたが何も読み取ることは出来なかった。……あれは一体何だったんだ?
神殿の外に出ると惑いの霧は綺麗さっぱり無くなっていて神殿の周りには森が広がっていた。これで終わったんだな。俺は長いようで短かった鏡の神殿攻略を思い出しつつ町への道を歩いた。
魔物を撃退しつつ森を進んでいくと霧に穴を開けてくれた女性が居た。
「霧が晴れてあなたが出てきたということは……」
「はい。無事、浄化装置を礼拝所に置いてきました」
「本当ですか! ありがとうございます。任務成功ですね! 王都に戻り、任務成功を伝えてきますね」
彼女は自分のことのように喜んでくれた。王都に戻ろうとする彼女を止め、鏡の神殿について聞いてみることにした。
「演説で『町同士の協力をより強固にする』と言っていましたが、あれってどういうことですか?」
「ご存じありませんか? 鏡の神の力があれば、鏡同士で移動出来るんです」
「テレポート機能!?」
「勇者の方々はそう言うみたいですね。と言っても万能ではありませんよ。一度行った町にしか移動出来ませんし、高額ですから」
俺は「高額……」と呟いて項垂れた。
「冗談――ではありませんが心配する必要はないでしょう。あなたはこの任務に協力してくださった方で、異界からいらした勇者様です。使用料はほとんどかからないか無料でしょう」
決まった場所への移動しか出来ないとはいえ、ワープ機能は有難い。次に港町に行く予定だが、敵も弱くレベル上げにもならない場所を歩くのは面倒だからな。
「教えてくださりありがとうございます」
「気にしないでください。お礼を言うのはこちらですから」
彼女と別れてからは森でレベル上げをしてログアウトした。
鏡の神殿のイベントが終わるまでの期間、俺たちはレベル上げに勤しむのだった。




