霧の中へ1
思わぬ出会いがあったが、町に戻ってきた本来の目的を達成しに行こう。小夜の防具はで調達することにした。町の人に聞きながら細工師ギルドに向かう。
「いらっしゃいませ。装飾用から冒険用までなんでも取り揃えております」
軽く調べたところ、装備に魔物用とかプレイヤー用の区別はないらしいから、冒険用と言われたところから良さそうなものを選べば良いな。
親切にも「鑑定はご自由にどうぞ」と書かれている。お言葉に甘えさせてもらおう。
装備は予算と性能と見た目を考えて選んだ。付けた状態のステータスを確認しておこう。
小夜
種族:ココウモリ Lv.16
位階:2
HP:50/50
MP:0/0
STR:30
VIT:12(+2)
INT:7
AGI:36(+5)
特性:夜行性 飛行
【スキル】
精密動作 索敵
【装備】
星飾り VIT:+2 耐久:200
星飾りは星の意匠が施された首飾りだ。プレイヤーメイドなためデザイン性が高く、星のイメージの飾りは夜の象徴とも言えるコウモリの小夜にぴったりだ。効果も悪くない。
ついでに俺用のアイテムも買ってしまった。そのアイテムは聖職者っぽい服装に必要なもの、ロザリオだ。ロザリオは十字架の付いたネックレスのような道具である。本来は祈りのために使うものだが、ゲーム内では補助魔法の威力を上げる非消費アイテムになっている。このロザリオを使う時は祈る必要があるため魔法発動に時間がかかるという欠点もあるが、戦闘前後ではメリットしかない強力なアイテムだ。値段は高くなかったから、効果は気休めにしかならないかもしれないが。
これでキララと装備不可のイブキ以外に装備させられたな。今日はここで終わりにして、明日は新しい装備で冒険するぞ!
次の日、ログインすると町が騒がしかった。何かのイベントが始まったのかと思い、掲示板を覗いてみる。
【BPO公式】総合掲示板 Part 11
1 公式
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231 名無しの冒険者
イベント告知来たー!
232 名無しの冒険者
前回のイベントとは少し違いそうだな
233 名無しの冒険者
一人だけって言ってたけど、パートナーは連れて行けるのか?
234 名無しの冒険者
>>233 行けると思う。収納すればいけるでしょ
235 名無しの冒険者
イベント掲示板も出来たからそっちにみんなで移ろうぜー
236 名無しの冒険者
また悪魔石配布されるかな……。もう少し待てばよかった……!
またイベントが始まったらしい。つい最近イベントが終わった気がしたから、かなりハイペースに感じる。イベントムービーもあるようだから見てみる。今回は騎士団長だけのようだ。
『私は王国騎士団団長を務めているウィリアム・ロビンソンだ。まずはこの場を借りて時の神殿の奪還に協力してくれた異界の勇者たちに感謝を伝えたい』
彼はゆっくりと頭を下げた。しばらくして顔を上げた彼は少し申し訳なさそうに口を開いた。
『……今日、放送したのは礼をするためではなく、再びで申し訳ないのだが、頼みがあってのことだ。聞いている皆はアグリ地方にある鏡の神殿を知っているだろうか』
アグリ地方ということはこの周辺にあるのだろうか。ここ――アグリシティには神殿は見当たらないが……。
『そう、鏡の神殿はアグリシティの北にあり、現在は深い霧に包まれている。この霧――便宜上、惑いの霧と呼ぼう――は人を惑わす作用があり、今まで我々は神殿に辿り着くことが出来なかった。しかし、つい先ほど我が国の研究機関がこの惑いの霧を解析してくれ、不完全ではあるが霧を破ることが出来るようになった』
新しいエリアが開放されるということらしい。森の奥エリアと言ったところか。
『だがこの道具は先ほども言った通り不完全で、人一人分の隙間を開けることしか出来ず、持続時間も短いのだ。そこで、異界の勇者の方々に惑いの霧内部の探索を頼みたい。研究機関によると、完全に霧を払うには、霧の発生源となっている鏡の神殿をある程度浄化しなければならないらしい。中に強い魔物がいないことは分かっているのだが、危険はない訳でもない。任務を完遂してくれたものにはもちろん報酬を出す。どうか、協力してはくれないだろうか』
強い魔物というのはレイドボスということだろうか。つまり、完全ソロダンジョンということだろう。ナルやアオイと一緒に攻略出来ないのは残念だが、キララたち含めパートナーたちの力を思う存分試せるな。
『では、ここからは参加者に向けて簡単に任務内容を説明しよう。この任務の目標はこの浄化装置を鏡の神殿の礼拝所に置くことだ』
彼は浄化装置を手で掲げて見せる。性能だけを追求したのだろうか、それは無骨な印象を与える。
『神殿内には、礼拝所まで容易に辿り着けないように、魔の力によって封印が施されているだろう。困難な任務になると思うが、勇者たちの知恵と力で突破してほしい』
わざわざ「知恵と力」と言う辺り、謎解き要素も含まれていそうだ。より楽しみになってきたな。
『この装置は神殿に入る冒険者諸君に個々に渡す。鏡の神殿は町同士の協力をより強固にする重要な拠点だ。どうか協力してほしい』
彼はもう一度頭を下げた。顔を上げた彼は「以上だ」と言って放送を終わりにした。
なるほど。みんなは鏡の神殿に向かうために森に向かっていたんだな。……人一人の隙間を短時間しか開けないのに、みんなで行けるのだろうか。まあそこはゲーム補正が働いているだけか。
装備を戦闘用に変え、人の流れに従って北門から森に向かう。プレイヤーが多く通っているおかげか、魔物はあまりいない。……蜘蛛がいるエリアだから戦わなくて済むのは助かるな。
蜘蛛への恐怖を見せないように無表情で歩くこと数分、ほんのりと霧が立ち込めてきて、周りにいたプレイヤーの姿が見えなくなった。ふむ、こうやって鏡の神殿の周辺に行くと個別マップに切り替わるのか。
「こちらですよ」
遠くに人影が見えた。それは向こうも同じようで、彼女は俺に声をかけてくれた。彼女が霧を破る道具を持っているのだろうか。
ここに魔物は出てこなさそうだったからパートナーたちに収魔を使う。みんなが居ない、一人きりだけと言うのはやはり寂しいな。
「お待ちしておりました。ここに来たということは、鏡の神殿へ向かってくれるのですね?」
俺が頷くと浄化装置を手渡してくれた。
「ではこれから霧を一部破ります。持続時間に自信がないため、すぐに中へ向かってください」
彼女が杖を構えて何かを唱えると霧に丸い穴が空いた。俺は促されるまま中へ向かう。
「お気をつけて」
声に気づいて振り向くと開けてもらった穴がどんどん小さくなっているのが分かった。霧を払ってくれた彼女の頑張りを無駄にする訳にもいかない。その後は振り返らずに前だけを向いて走った。




