前夜祭2
門の近くまで来ると、屋台もほとんど見られなくなり、行き交う人もほとんどがプレイヤーになっていた。
何もなさそうだから引き返そうと思った時、一軒の屋台を見つけた。が、先ほどの行列なんて比じゃなかった。ほとんどの人は何か商品を買ったという風ではなかった。
その屋台で働く人を見て、納得した。そこはBrassさん達、情報屋が出していた屋台だった。プレイヤーも屋台を出せるんだな。……どのくらいの費用がかかっているのだろう。
掲示板で宣伝されていた情報は気にはなるが、並ぶのは大変だから今日はやめておくか。
町は大体歩けたが、どこに行こう。人混みは得意ってわけじゃないから、あんまり戻りたくない。
そんな俺を知ってか知らずか、ハヤテが町の外を翼で指した。今は他にプレイヤーもいないだろうし、良いかもしれない。俺は基本的に昼間の時間にフィールドに出ているから、たまにはいいな。
外に出てモンスターを探そうとしたら、ハヤテは服の裾を掴んで俺をどこかへ連れて行こうとした。この方向は南の森か? ゴブリンは罠を仕掛けたり、協力して襲ってきたりするから暗いところでは戦いたくないな……。
それほど行きたいなら、行ってみるか。森で苦戦していた時から随分とレベルも上がったから思ったより大変ではないかもしれない。
ハヤテはどんどん奥へと進んでいく。接敵はしないように進んでいるが、あまりのペースに少し不安になっていく。少し戦いたいだけならこんな奥まで来なくても良いのに……。
「もしかして、神殿まで行きたいのか?」
ハヤテはこの問いに肯定を返してくれた。神殿か。今は復魂祭の準備で忙しそうだが……。行ってみるだけなら良いか。
夜ということもあって人影は見えない。瓦礫をどかしたり、建築したり、やるべきことは多くても、流石に夜はやっていない。魔物か人かの違いはあるが、騒がしい神殿しか見ていなかったから、新鮮だ。
「誰ですか。こんな時に」
この主は神殿から姿を現した。彼は白いローブを身に纏い、鋭い目つきでこちらを見ている。
「えっと……。散歩です」
「散歩?」
ものすごく怪しまれている。そうだよな。祭りをやっている時に、森の奥の神殿に行くなんておかしいもんな……。
「その魔物は……なるほど。この世界の者ではないなら納得です。ですがお引き取り下さい。まだ神殿の準備は完了していません。人手も足りないのに、他の人を招き入れるなんて出来ませんから」
「人手が足りないなら手伝いましょうか?」
「部外者に頼むことは出来ません」
「神殿にはギルドが併設されると聞いています。そこに所属すれば、部外者ではなくなりませんか?」
「屁理屈を……」
彼は呆れたような目で俺を見た。すぐに「要りません」と言って追い出すかと思ったが、彼は顎に手を当てて少し悩んだ。結論が出たのか、俺の目を見て言った。
「ですが、猫の手も借りたいのは事実。準備に協力をして貰えるのなら、特別にギルドへの登録を許可しましょう」
「ありがとうございます! 早速何をすれば……」
「夜中にやることはありませんよ。昼間に作業を進めるので。ちゃんと来てくださいね」
朝になる頃、再びログインする。ログアウト位置が悪く、スタートが町中になってしまい、神殿に行くまで少し大変だった。朝の町を見られたからよかったけど。
「来てくれたんですね。こんなに朝早くから」
「昨日ぶりです」
「あなたと会った時間から半日も経ってないですけどね」
彼はそう言いながら二冊の本を差し出した。
「上の本にはギルド所属にあたっての注意事項などが書かれています。大したことは書いていません。内容が把握出来たらこちらの書類にサインを。これでギルド所属完了です。もう一つは聖書です。長いので時間がある時に読んでください。聖書は差し上げます」
早口で説明した後、彼は走り去ってしまった。人手不足は深刻そうだ。
「ルカ様を嫌いにならないで」
注意事項を読んでいると話しかけられた。俺と同い年くらいの少女だ。
「あの人は言葉が強いことがあるけど、すっごく優秀で優しい人なんだよ。補助魔法は一通り使えるし、頭も良いし……。でも、力はないかな。魔法を使っても人一人持ち上げるのが限界だもん」
あの神官さんはルカという名前らしい。彼は他の神官から慕われているんだな。
「あ、書けたんですね。ではルカ様を呼んできます」
彼女は走って呼びに行った。しばらくすると、ルカさんが息を切らせながら戻ってきた。
「……問題ないですね」
彼はギルド長欄にサインをすると、白紙のギルドカードを取り出した。彼がそれを契約書の上にかざすと、文字がカードに吸い込まれていく。これで登録は完了のようだ。カードを貰った。
ルカさんはギルド長なのか。二十代くらいに見えたが、責任のある職に就いていたのか。凄いな。
「こんなに若い男がギルド長で驚きましたか?」
「……そうですね」
「それは、他に誰も居なかったからです。前の方は私たちを逃すために犠牲になりました。他の神官歴の長い方も他の都市に行き、残ったのが私というわけです」
「……すみません」
「あなたが気にすることではありません。まあ、こういうことで人手が足りないので、早く作業を始めてください。あなたには瓦礫の撤去をしてもらいます。スキル、魔法は好きなように使っていただいて構いません。槍スキルを使いたいのならこちらを使ってください。普通の槍ではすぐに壊れてしまって勿体無いですから」
彼は手に持っていた棒を俺に押し付けると颯爽と去っていった。
渡されたのは、槍と言っても良いのかわからないものだった。先端に金属が付いていて持ち手は木でできている。もっとも、瓦礫を壊すだけならこれくらいで十分だ。
瓦礫の山に向けて強突きを放つ。細かい破片がその衝撃で飛び散り、かえって汚くしてしまった気がする。大きい瓦礫を壊し、道を通りやすくすることが目的だから、一応目的は達成している。
「イブキ、細かい破片を道の端に飛ばしてくれ」
風魔法で飛んだ破片を道の脇に寄せておく。これで多少は歩きやすくなっただろう。俺がイブキを褒めると、ハヤテはイブキと競うように片付けを手伝った。ハヤテは風では簡単に飛ばない少し大きな物を掴んで道の脇に放り投げてくれた。
このサイクルを繰り返すうちに、太陽は高く昇っていた。このゲームでの気候は春、といった感じで暖かいが、動いていると汗ばんでくる。
そろそろ現実世界で夜ご飯の時間だ。このゲームをやっていると、時間の感覚がだんだんバグってくるな……。
「……リックさん。もう帰りますか?」
「申し訳ないですが、そろそろ……」
「分かりました。ありがとうございます。ではギルドカードと道具をこちらへ」
ああ、これは依頼という形でやっていたのか。この仕様は冒険者ギルドと同じだな。
「ギルドカードへの記載は完了しました。今日はありがとうございました。おかげで復魂祭の準備がよりスムーズに進みました」
ギルドカードを見ると、貢献度という項目が少し増えていた。確か、貢献度が高くなると初級から中級に上がるんだっけ。
「俺でよければまた手伝います」
「それは助かりますが、明日からは要りません」
「何かやらかしましたか……?」
記憶にはないが恐る恐る聞く。彼の断り方は遠慮して、という風ではなかったから、心配になってしまう。
「そういうことではありません。明日からは復魂祭ですから。当日まで裏方をさせるわけにはいきません」
「裏方……。少し興味あります」
「面白いものではありませんよ。周辺の村からもここへ来るので、大変という言葉では表しきれません」
前回の開催を思い出したのか、彼はため息を吐いた。それほど大変だったらしい。
彼はポケットから一つ宝石のような物を取り出し、それを俺に握らせた。
「私から今日のお礼ということで差し上げます。復魂祭で使う物です。大した物ではありませんが」
「これはギルドの依頼なんですよね? ならお礼はすでに貰っています」
「気になるようでしたら、今後もギルドの依頼を積極的に受けてください。それでチャラ、ということにしましょう」
彼はにっこりと笑った。彼の期待に答えるためにも今後も依頼を受けていかないとな。
「復魂祭、楽しんでくださいね」
【BPO豆知識】
補助魔法士ギルドは神殿に併設されているというのもあって、ギルドの主な仕事内容は慈善活動です。プレイヤーの中で最も不人気なギルドになるでしょう。
補助魔法を使う依頼は? と思われるでしょうが、生活する上で補助魔法が欲しいという場面はなく、怪我をしたときの回復は神官が行います。そのため補助魔法を使う依頼は来ません。
前夜祭感がありませんが、前夜祭期間ということなのでこのタイトルでした。




