前夜祭1
二学期の予習でもしつつのんびりしようかなと思っていた時、部屋のドアが前触れもなく開いた。
「お兄ちゃん、ログインした?」
「ああ。今朝ログインして討伐にも参加したよ」
「そうじゃなくてー」
「お祭りはこっちの時間で明日からだろ?」
俺の返答が想像とは違ったのか、凛はもどかしそうにしている。何かイベントが起きていて、それをサプライズ的に見せたいのだろう。
「じゃあ今からログインしようかな。その反応されると気になるし」
「でも良いの? 勉強するところだったんでしょ?」
凛はページが開きっぱなしの教科書とノートをちらりと見て言った。勉強は良いのかと聞かれても、それを中断させたのは凛だったじゃないか……。
「宿題も終わってるし、まだ高校一年生だからな。多少遊んでも大丈夫だ。そっちこそ大丈夫なのか?」
「あーあー聞こえませんー」
凛は半年後に迫る現実から目を背けていた。俺は去年の恨みもあるため、「頑張れ」とだけ言って凛を部屋から追い出した。
ベッドに寝転がり、ヘッドギアを装着する。向こうは夜になっている時間だが、凛の言っていたイベントはまだやっているだろうか。俺はわくわくしながらゲームにログインした。
ゲームにログインすると、大きな爆発のような音が鳴り響いた。驚いて周りを見回す。周囲には大勢の住民とプレイヤーがいて、その音の発生源を特定できない。
もう一度その音が鳴った。他の人が動じている様子はない。
「パパ、見て! 赤いお花だよ」
お父さんに抱えられている三、四歳くらいの女の子が空を指差して言った。その言葉で先ほどの音の意味を理解した。
続けて音が鳴った。様々な色の花が夜空に咲き乱れる。この世界は現実世界とは違って夜はほとんど真っ暗だ。そのおかげで、花火は夜空によく映えていた。
「この世界にも花火があるんだなあ。……爆弾とかもあるのか?」
花火を見て物騒なことを考えそうになった自分を戒める。
「この世界にもってことは異界から来た方ですか?」
「ゆうしゃさまー?」
俺の独り言が聞こえていたのか、近くで花火を見ていた親子に話しかけられた。俺は頷いた。
この世界の人なら知っているだろうと思い、復魂祭ではないはずなのに花火が打ち上げられている理由を聞いてみる。
「今は前夜祭です」
「前夜祭? でも明後日からでしたよね?」
「時の神殿の奪還が成功した祝いも兼ねて、今日から前夜祭をやると領主様が決められたんですよ」
「なるほど……」
花火を見ながら彼と話す。復魂祭は神殿が中心となって行われる祭りらしく、神殿が魔物に占拠されてからは開催ができず、鬱憤が溜まっていたらしい。それを晴らすが如く、盛大な花火ショーが行われているのだとか。
花火ショーは一際大きい花が咲いて終わった。魔物の形の花火や、物理法則を無視したような花火も見れて楽しかった。
「この年に見れて幸運ですね。いえ、あなた達が居なければ神殿は取り返せなかったから必然でしょうね」
「楽しかったー。ゆうしゃさまはもう帰っちゃうの?」
「屋台を見て回ろうかなと思っているよ」
「おすすめは真ん中の大通りだよ! ママのお店もあるの!」
「おすすめしてくれてありがとう。行ってみるよ」
別れ際にも「絶対だよ!」と念を押されてしまった。素晴らしい宣伝をしてくれたんだから、行ってみたいな。……あ、店の名前や売っているものを聞いてなかったな。それじゃあ流石に探せないか。
中央通りはいつにも増して賑わっていた。店と店の隙間を埋めるように並んでいる色々な屋台に心が惹かれる。
現実にもあるメジャーなものからこの世界ならではのもの、さらにはゲテモノまで揃っている。現実では食べれないものを食べてみたいと思うが、どの屋台も混んでいる。奥まっている場所に行けば混雑は回避できそうだが、立地の悪い場所には欲しいものが売っているとは限らないからな。多少並んだとしてもここで買ってみよう。
しばらく歩いていると、道を塞ぐほどの列を作っている屋台を見つけた。中心からは外れた位置ではあるものの、商品が魅力的なのか、列は途切れそうにない。
人の隙間から何を売っている屋台なのか探る。色々なものが売っているが、メインはアイスクリームみたいだ。へえ、アイスクリームなんてあるんだ。冷凍庫のような機械があるようには思えないから、冷やしているのは魔法によるものなんだろうか。
買った人の手元を見た時、俺は並ぼうと決めた。その人が持っていたアイスには白いクッキーで作られた耳、ナッツが角の代わりに埋め込まれた額が付いていた。それはホーンラビットのものだった。
ホーンラビットは可愛いが、それをモチーフにした食べ物が人気になるなんて少し意外な気がする。弱いとはいえ、子供なら殺されてもおかしくない、魔物だというのに。……人を襲うこともある熊がグッズになるんだから、おかしなことはないか。本物じゃないんだし。
「ありがとうございました! いらっしゃいませー。ってお兄ちゃんだ! こんばんは!」
「こんばんは」
ここは雑貨屋さんが出店していたお店だったらしい。アイスといまいち結びつかないけど、錬金術師でもあると聞いたから、アイスを錬成していたのだろうか……?
「一個で良い?」
「うん。これで足りるかな?」
「大丈夫、ぴったりだよ! はいどうぞ!」
ショーケースの中から取り出されたアイスクリームを受け取る。どこから食べようかな。可愛くて食べるのがもったいない。
屋台の裏側の人通りが少なさそうなところで立ち止まって食べる。屋台の方から冷気を感じるから、やはり魔法で冷やしながら提供しているのだろう。ショーケースの中も冷凍庫みたいになっているみたいだ。
「リックさん、おいしかったですか?」
「美味しかったです。でも少し食べるのが可哀想に思いました」
「クオリティーの高いホーンラビットを提供できたということですね。良かったです」
俺に話しかけるために店を一時的に抜け出してくれたのだろうか。繁盛していたのに申し訳ないと思って聞いてみると、ピークは終わったので大丈夫だと返された。通りをみると、確かに人通りが減ってきた。実感はないが、もう遅い時間になってきているんだろうな。
「神殿の奪還、ありがとうございます」
「どういたしまして……。ですが、俺よりももっと活躍している人はたくさんいました」
「私はあなたに言いたいんです。前に復魂祭の話をしたので、それを気にしてくれたのかなと」
「全部自分のためです。気にしないでください」
謙遜していたのもあるが、これは本当だ。違う世界――βテストの世界と繋がるかもしれないと思ってのことだったからだ。
「どちらにせよ、結果的に私たちは助かったんですよ。なんでも聞いてくださいね私にとって普通のことでも、あなた達が知らないこともありますから」
「今から聞いても良いですか?」
彼女は承諾してくれた。気になっていた冷凍庫のようなものについて聞いてみる。
「あれは物を凍らせる魔道具です。氷魔法が込められています。錬金術師は何でも屋みたいなもので、ああいった魔道具を作ることもあるんです」
……氷魔法って聞いたことないな? 魔法の属性は火水土風の四つだったはずだけど……。それにしても自作の冷凍庫か。プレイヤーもスキルレベルを上げていけば作れるんだろうな。
「氷魔法は聞いたことがないですけど、詳細を聞いても良いですか?」
「基本属性ではないですからね。氷魔法は水の発展魔法なんです。中級魔法のカテゴリーですね。初級は基本属性の魔法、中級はそれらの発展魔法を指します。上級は理を変えるらしいです」
「理を変える……」
「私は実際に使えませんし、見たこともないので分かりませんが、とにかく凄い魔法だと聞きました」
「回復魔法や強化魔法にはないんですか?」
「聞いたことはありませんね。系統が違うので、そういった括りがないんでしょうね」
「系統ですか?」
「はい、それらは補助魔法と呼ばれています。魔法職は攻撃魔法を使う魔術師と、補助魔法を使う補助魔法士に分類されますね」
「ということは補助魔法士ギルドもあるんですか?」
「はい。神殿に併設されていますよ。奪還したおかげで、ギルドの機能も復活するのではないでしょうか」
所属するなら、補助魔法士ギルドだな。現地の人に聞くと色々分かって楽しい。
俺は感謝を伝えてその場を後にした。この先も屋台やお店がありそうだし、まだまだ散策は続きそうだ。




