闇の結晶3
「固い! 表面を掠っただけか……!」
ナルが切り裂いた所から、別の色が見えた。……なるほど、本体は厚い殻に守られているんだな。
「ならもう一発入れるだけだ!」
ナルが別のスキルを発動して傷をなぞるように斬る。切り裂いた箇所が塞がれていた。連撃系のスキルか、仲間との連続攻撃なら倒せそうだ。
「塞がるのが早い。一人では無理そうだ」
「ナル、俺が先に攻撃するから……」
「いや、俺の方が傷をつけるのには向いている。トドメは任せたからな!」
「ああ! とりあえず、敵の隙をまた見つけないとな」
体を再生させて、再び攻撃が激しくなってきた。ナルと話しつつ、敵本体から距離を取る。
「僕は何をしましょうか」
「アオイには俺たちが攻撃に集中出来るようにしてほしい」
「露払いですか……。MPを多く使う必要がありますね」
「出来るか?」
ナルは挑発するように言った。アオイは口角を上げてその言葉に答えた。
「もちろん。あなた達がさっさと倒さなければMPが尽きる可能性もありますけどね」
「なら大丈夫だな。行くぞ、リック!」
ナルに続いて俺も向かう。アオイのおかげで攻撃が減り、簡単に触手本体まで辿り着けた。
「今だ!」
ナルがスキルを発動した。俺は強化魔法をかけ攻撃の準備を整える。
「ナル!」
ナルに倒し損ねた触手が迫る。通常攻撃では倒せない。スキルを使わないと……!
「強突k……」
「水球!」
俺のスキルよりもアオイの魔法が早かった。勢いよく放たれた水球が触手を吹き飛ばす。
「スキルの無駄撃ちはさせませんよ!」
「ありがとう!」
ナルが付けた傷に向かって強突きを放つ。確かな感触があった。ガラスが砕けたような音と共に触手は黒い煙となって消えた。
「ナイス!」
ナルの高く上げた手とハイタッチをした。高い透き通った音が鳴る。
とりあえず、一体は倒せたな。他のプレイヤーはもう倒せているだろうか。警戒しながら辺りを見回す。
「他の人たちも倒しているみたいだな」
「そうですね。私たちは最後の方でしたね」
一息吐いて話していると、ボスは鼓膜が破れそうなくらい大きな声を発した。
その言葉にならない声は、黒板を引っ掻いた音のように不快だ。耐えきれず、耳を塞ぐ。
ボスの周りの触手がまた増えた。HPは四割ほどだ。このタイミングの変化はHPの割合のせいというよりは、取り巻きが倒されたせいだろう。
「取り巻きを倒したから強化した? ……もしかして取り巻き倒したのは失敗だった?」
「取り巻きを倒さなかった方が、攻撃は激しかったので、倒したのは間違いではなかったかと。取り巻きの面倒な点は色々な所から攻撃され、本体に近づけないこと。今の状況の方がマシです」
「確かにな。まあ俺たちに出来るのは倒すことだけだが!」
「だな!」
先ほどまでの配置に戻り、本体への攻撃をする。攻撃は心なしか取り巻きを倒す前よりも効いている気もする。
正面からの攻撃は激しくなったものの、死角からの攻撃はかなり減った。その上、後衛への攻撃が減ったことで、魔法使いたちからのサポートも十分に受けられるようになった。
攻撃のタイミング、躱し方も掴めてきている。ボスは俺のような小さな存在すら倒せないことに苛立っているようにも見える。実際、大きさが変わって、攻撃の繊細さはさらに失われていた。これなら勝てる!
『あと十分で本体の使用制限となります』
昂っていた気分がシステムメッセージによって落ち着いた。もう、そんな時間だったか……。俺は名残惜しい気持ちになりながらログアウトした。明日は朝イチでログインして討伐に参加だ!
昨日の決意通り朝イチでログインし、礼拝堂に入る。
『エリアへの侵入を確認。レイドボス"闇の結晶"との戦闘が始まります。現在の参加者数は457人です』
朝早い時間にしては人数が多い。もうすぐ決着ということが大きいな。
「全体攻撃だ! 避けろー!」
声に気づき、ボスのHPを確認する。ボスのHPは残り一割。つまり、ちょうど全体攻撃のタイミングで部屋に入ってしまったようだった。
「速突き!」
スキルのモーションを活かして咄嗟に回避する。一瞬前まで俺のいた場所に攻撃が放たれた。
危なかった。今度、全体攻撃を持つレイドボスのエリアに入ることがあったらもっと注意しよう……。
残り一割となったボスだが、見た目はほとんど変わっていなかった。形態変化は二段階目で終わりのようだった。HPがゼロになったと思ったら第三形態として復活とかないよな……?
余計なことを考えるのはやめておこう。フラグになりそうだ。
前衛の人たちと合流する。残り一割ということもあって、作戦はガンガン行こうぜって感じだな。
俺のSTRは他の前衛のプレイヤーと比べて圧倒的に少ないだろう。俺は本体に攻撃するよりサポートに徹する方が良い。
HPがさらに削れてきた。ラストスパートだ。
強化魔法を使ったり、攻撃しようとしている人を狙う攻撃を弾いたりしたおかげで、攻撃役の人が受ける攻撃も減ったと自負している。
……ん? おかしい、攻撃が少なすぎる。他の人が倒しているにしても――。
きっと攻撃の準備だ。攻撃のために触手を隠しているなら、攻撃は地面からだ。どこからくる!?
「クソっ、離せ!」
地面に意識を集中させていると、一人のプレイヤーの手が掴まれた。かなり強く絡まっているのか全く取れる気配がない。地面ばかりに意識を取られていた……!
ボスは予想通り地面から彼を攻撃した。四本の触手を器用に使って彼を締め付ける。
彼を助けるために魔法使いたちが魔法を放つ。強度はそれなりのようで、何発か当たると、締め付けが緩くなり、彼が地面に落ちた。
「大したことなさそうだな。さっさと本体を攻撃ってうわあ!」
解放したと喜んだのもつかの間、今度は三人のプレイヤーが捕らえられた。
「死に戻るだけだ、助けなくて良い! それより本体へ攻撃を!」
捕らえられた一人が叫ぶ。俺たちはその言葉に従い攻撃をするが、攻撃で邪魔されることが無いのにも関わらずHPの減りが遅い。それどころか回復している。
「HPが増えてるだと!? 俺たちのHPを吸っているってこと、か……!」
「みんな! 根本の辺りを攻撃しろ! 救出するんだ!」
「俺は彼が殺られないように強化魔法をかけておきます」
拘束されているプレイヤーに強化魔法をかけ、俺も攻撃に参加する。
一人は倒されたが、二人を助けることが出来た。今度は油断せず、捕まらないようにする。それでもボスは諦めず、俺たちを捕らえようと必死に体を動かす。
体がふわりと浮いた。
足元に目をやると拳より一回りほど大きい壁の破片が落ちていた。
躓いて転けた!? このタイミングで……!
このボスはその隙を逃すほど甘くはない。あっという間に俺は触手に拘束された。




