つなぐもの3
倒すためにも、時間を稼ぐためにも、敵の行動パターンの把握が大切だ。熊の攻撃は、爪で引っ掻く攻撃、薙ぎ払う攻撃、近くの物を投げる攻撃の三パターンがあった。
熊の攻撃は大ぶりだ。俺は攻撃を回避し続け、物を投げる攻撃の時に近づいてダメージを与えると言う戦い方をしている。
回避に集中しているおかげか、被弾は今のところなし。だが、精神的にキツくなってきた。ゲームだから肉体の疲れはないはずなのに、息は荒く、汗は流れ続けている。
疲れから反応が遅れ、肩を抉られた。被弾した肩がズキズキする。回復はしたものの、嫌な感じは消えない。
肩に気を取られていたせいで、また攻撃を喰らった。今度は薙ぎ払い。勢い余って木に背中を強打するまで吹っ飛ばされた。
「く、そ……」
目が霞んで敵が見えない。そろそろやられそうだ。
「あいつ、逃げられたよな……」
諦めようと思った時、不意にユキが頭によぎった。諦めないで、と訴えかけてくるようだ。
「ああ、そうだな……。諦めたら駄目だよな! 強化AGI!」
スピードを無理矢理強化し、振り下ろされた爪を横に飛んで避ける。
「速突き!」
熊の足に槍をねじ込む。熊の顔が歪んだ。これは麻痺が入ったのか? 自分でも口元が緩むのが分かった。
「運も味方したみたいだな! さあ、第二ラウンドだ!」
ゾーン。今の俺はそう呼んでも良いような状態だった。疲れは跡形もなく消え去り、力が溢れ出すようだった。
熊は先ほどと同じように爪を振り下ろす。
「そこには居ないぞ!」
大きく横にジャンプして避け、ガラ空きになっている胴体を突く。
スキルなんて使わない。ただ避け、攻撃するだけ。このお粗末な戦法と言えない戦い方で、確実に熊を追い詰めていた。
熊は赤い目を血走らせながら俺を殺そうと追いかける。熊は考えなしに追いかけていたわけではなかったらしく、俺は崖のすぐ側まで来てしまった。
バカめ、と熊が嗤った気がした。後ろは崖、前には熊、左右には屈強な熊の腕。ならば……。
「上が空いてるぞ!」
強化したAGIで大きく飛び上がり、槍を構える。熊はあるはずのものがなくなり、困惑している。
「とどめだ!」
俺の槍が熊の頭を貫通した。疲れたな……。俺は草の上で大の字に寝そべった。
「お兄ちゃん? ねえ、大丈夫なの?」
凛の声で目を覚ますと俺は暗闇の中に居た。
「ああ、これが走馬灯って奴か。暗くて何にも見えないや……」
「バカなこと言わないでよ、お兄ちゃん。体は元気だよ。とりあえず、ヘッドギアを外したら?」
凛に促されるままヘッドギアを外す。そこには病院の天井ではなく、自分の部屋の見慣れた照明があった。
「俺、ゲームしてたんだけど……」
「安全機能でも作動したんじゃないの?」
ゲーム中の出来事を思い出す。
「確か、俺は熊に興奮して、敵を倒したらそのまま寝ちゃって……」
「原因は寝落ちかなあ。興奮しすぎても落ちちゃうけど、寝落ちの瞬間を覚えているなら興奮のせいではなさそう」
凛が言うならそうなのだろう。
反省しないとなあ……。強制ログアウトはゲーム的にも俺のためにも良くないし。
「今度から気をつけるようにするよ。ところで今何時?」
「十二時。お昼ご飯だから呼びに来たの。早く下に降りてきてね」
「ねえ、寝落ちしたのにまたやるの?」
「あらあら。ゲームで寝落ちなんて、凛ちゃんじゃないのよ?」
「ちょっと、お母さん! 私のは、お兄ちゃんが疲れで寝落ちしたのと違って、気持ちよくて寝落ちしたの! リアルでは触れないモフモフに興奮しないわけないでしょ!?」
凛は強制ログアウトの常習犯だ。それでも一度強制ログアウトの多発でゲームにログインできなくなりそうになってから頻度が減ってはきていたが。
「そ、ん、な、こ、と、よ、り! 強制ログアウトしたのに、ゲームして本当に大丈夫? 疲れているんでしょ?」
「ああ。寝落ちして仮眠したおかげか、頭がスッキリしているんだ」
凛は深くため息をついた。妹から駄目な人間だと思われている事実から目を背け、部屋に戻り再びヘッドギアを装着した。
ログインすると、最後に見た記憶のある場所に居た。早く逃げないと連戦になってしまう。俺は急いで村に向かった。
「あんた、生きてたのか!?」
「生きてますし、死んでもプレイヤーなので復活できますよ!」
俺の顔を見ると門番の男性は幽霊でも見たような顔をした。……失礼な。
「ニック君が村に戻ってきていると思うのですが……」
「ああ、ニックがな、『冒険者のお兄ちゃんが死んじゃう!』って慌てて帰ってきたもんだから……。戦えるやつは怪我していてな? ソイツを連れ出すわけにも行かなくて……。あんたが元気で良かったぜ」
「そ、そんなこと言ってねえし!」
ニックが村の中から駆け寄って来て言った。
「逃げろとか言ったくせに、死んだのかと思ったぜ! うぜーやつがいなくなって良かったと思ったのによ」
「心配してくれたのか? ありがとう」
「は、はあ!? さっきの言葉からどうして好意的な意味を取れるんだよ! お、お前が悪いんだからな! 異世界から来たならそう言え! ……心配しただろ」
「悪く思わないでくれ。ニックは素直になれないんだ。そのせいで兄弟仲も悪くなっててな……」
「おっさん! 勝手なことを言うなよ!」
ニックが生意気な口を聞けるぐらい元気になっていて良かった。夜にこっそり外出したのは悪いことだが、俺が口出しすることじゃないだろう。
「元気になったな? ニック」
「父ちゃん! 足は大丈夫なのか?」
「帰って説教だ。覚悟しろ」
ニックは抵抗するが、容赦なく片足を怪我した男に連れ去られた。おそらく彼が怪我をした狩人だったのだろう。
「彼の足って大丈夫なんですか?」
「歩くと治りが遅くなるから心配だな……。回復魔法でもあれば良かったんだが」
「あの、俺で良ければ回復魔法をかけますよ」
「おお! 本当か! 回復魔法は教会の奴らにしか使えないと思っていたが、身近にいるもんだな!」
俺は案内してもらい、片足を負傷した狩人の元へ行った。
家に入ると説教の最中だった。ニックは俺を見つけると助けて欲しいと目で訴えかけてきた。
「おい、ニック。どこを見て……」
「邪魔するぜ。回復術師様を連れてきてやったんだ。感謝してくれ」
「ニックを助けてくれた冒険者さんじゃないか。……すまないな。迷惑をかけて」
「良いんです。低レベルの魔法なので回復効果が見込めないかもしれないですけど……回復」
手を足にかざし、呪文を唱える。すると、手から温かい光が溢れ出し、傷口を覆っていく。
「凄いな……。傷が塞がっていく。名前を聞いてもいいか?」
「俺はリックです。ちゃんと傷が治って良かったです」
「リックさん、またここに来てほしい。大したものではないがお礼をしたい」
「大したことでは……いえ、お礼はありがたく受け取ります」
また来ると約束し、家から出ることにした。
家から出る時にニックたちが話す声が聞こえた。……どうやら、ニックはまだまだ叱られるらしい。
ログイン時に慌てることがないよう、安全な場所まで移動してログアウトした。




