06 守護者のコピー
ウェルタースの喉がゴクリと鳴って、俺の左腕を嚥下する。
せめて、魚の骨みたいに引っかかって苦しんだりしないかと期待したが、そんな事はなかったようで残念!
そうして、完全に俺の一部を胃に収めると、天を仰ぐように上を向いて、目を見開いた!
『フ、フフフ……フハハハハ!よし、よぉし!』
何かの手応えを感じたのか、ガッと拳を握っめウェルタースは哄笑する!
『大した物だな、守護者ダルアス!君の一部を食えたお陰で、思ったよりもこのダンジョンへの干渉が可能になったよ!』
「なんだとっ!」
『おまけに、肉体のダメージも完全回復だ。それだけ、君は膨大な魔力を注いで作られた、ダンジョン防衛の要だったという事だな』
まぁ、それはオルーシェが俺を特別に信頼してくれてた証しでもあるんだが、今となっては彼女にもピンチを招いてしまう結果になってしまい、己の迂闊さが情けないっ!
『とりあえずは、そうだな……このダンジョンの、あらゆる罠の機能を停止。そして、マスタールームの移動を禁止させてもらおう』
「なにっ!」
『これは……ダルアス、マズいわ!』
ウェルタースが鼻歌まじりで呟く事柄が、現実の物となっていく状況がオルーシェから報告されてくる!
くそっ!
なんて事だっ!
「調子に乗るなよ、デカブツっ!」
「これ以上、好きにはやらせんっ!」
浮かれているウェルタースに向かって、ラグラドムが操る石の散弾と、ソルヘストの放つ真空の刃が、高速で襲いかかる!
しかし、それらは奴が生み出した巨大バーサクドックが盾となって防がれてしまった!
断末魔の悲鳴と共に倒れる、巨大バーサクドックを見下ろしながら、ウェルタースは顎に指を当てて、なにやら思案する。
『まぁ、こいつらの巨体じゃ、僕と一緒に進むには邪魔だったし、ここでやられるのはいいけど……』
あっさりと自作のダンジョンモンスターが倒された割には、奴に動揺のような物はない。
その証拠に、倒れた巨大バーサクドックに手を伸ばすと、大口を開いて再回収を始めやがった!
『そうだ、このダンジョンを攻略するのに、相応しいモンスターを作ろう!』
口元を拭いながら、名案だとばかりにポン!と手を打ったウェルタースは、自身の影から新たなダンジョンモンスターを生み出す!
だが、ゆっくりと這い上がってきた、そのシルエットは……俺!?
しかも、生前バージョンの!
『フフフ、僕の新しいダンジョンモンスター。その名も、ダルアス・コピーだ』
『…………』
ウェルタースの言う通り、奴が生み出したのは、俺の姿をした剣士タイプのモンスターだ!
そいつは、持って生まれた剣を抜くと、ウェルタースを守るようにこちらへ切っ先を向ける!
こ、この野郎……悪趣味にもほどがあるわ!
「ふん!ダルアスの姿形ばかり、真似たところで!」
再び、ラグラドムが岩の塊を作り出し、俺の偽物めがけて発射する!
それが、奴らに激突する寸前!
無数の剣閃が走り、粉々に斬り裂かれた巨岩は細かく地面にばらまかれた!
「なあっ!」
『舐めてもらっては困る。コピーとはいえ、本物に勝るとも劣らぬ強さは、持ち合わせているんだからね』
余裕の表情で、こちらを煽るウェルタース!
さらに、俺のコピーは澄ました顔で『ウェルタースは、俺が守る』なんぞと言い放った。
うーん、俺の顔でそういう事を言われるのは、なにか腹が立つな。
あと、ちょっと「キュン!」とした顔になってる、ウェルタースにもムカつく。
とはいえ、あの偽物野郎の太刀筋……確かに、俺の我流剣術を使いこなしてやがる!
おそらく、俺に匹敵するというのもハッタリじゃないだろう。
せめて、奇襲のために落とした剣を回収できれば……と、思っていた所に、硬い金属音が響くのが聞こえた!
なにかと思ってそちらに目を向ければ、俺の剣が回転しながらこちらに飛んでくるじゃないか!
これ幸いと、剣をキャッチすると、ソルヘストがグッと拳を握る!
「よぉし、上手くいったな!」
どうやら、先程のラグラドムの攻撃に合わせて不可視の空気弾を放ち、落ちている俺の剣を弾いてこちらに飛ばしてくれたようだ。
地味なアシストだが、ありがたい!
片腕を無くしてはいるが、武器を取り戻す事ができたし、これでなんとか戦えなくはないだろう!
ダンジョンの操作に干渉されてしまった以上、奴をこれより先に進ませる訳にはいかない!
なんとか、ここで止めないとなぁ!
だが、そんな俺の殺気に反応したのか、コピー野郎がウェルタースの壁として間に入ってくる。
『ウェルタースには、指一本触れさせん!』
うるせぇよ!
『やだ……ダルアス・コピーってば、カッコいい……』
だから、うるせぇよ!
こいつらのやり取りを見てると、ゾワゾワとした気恥ずかしさで全身が粟立ってたまらん。
本気で、さっさとなんとかしたい!
「ったく、人の姿でイチャつき(?)やがってよぉ……見てらんねぇぜ!」
「いやぁ、でもダルアスとオルーシェ殿も、あんな感じでは?」
「まぁ、わりと近いよな」
「うそぉ!」
俺達って、端から見てるとあんな感じなの!?
自分では、もっとこう……ナイスなバディとか、クールなコンビっぽいと思ってただけに、ちょっとショックだ。
……まぁ、いい。
とにかく、あのコピー野郎もウェルタースを倒せば、消えてなくなるだろう。
とりあえずは……小手調べといくか!
俺は片腕で剣をダラリと下げたまま、構えも取らずにコピーへと走る!
そうして間合いに入ったと同時に、下方からの一閃!
敵の力量からすれば、それは当然弾かれるが、その反動を利用した回転斬りで、コピーの頭めがけて刃を振り下ろす!
しかし、それも奴は見事に受けきった!
「野郎っ!」
『…………!』
斬り結ぶこと、数合!
火花を散らせ、剣と剣のぶつかり合う音を響かせ後、俺達は再び間合いを外して対峙した!
やっぱり、俺のコピーだけにやりやがる!
だが、片腕の今でも戦えなくもないなら、奴は俺が引き付けて、その隙にソルヘストとラグラドムにウェルタースを狙ってもらえば……。
「うっ!」
「ぬうっ!」
だが、そんな俺の考えを打ち砕くように、横に並んでいた四天王の二人がガクリと崩れ落ちて膝をついた!
「ど、どうしたんだ!」
「わ、わからん……わからんが……」
「おそらく……毒か」
な、なんだってー!
いつの間に、毒なんて……ってまさか!?
その可能性に至り、俺はウェルタースへ視線を向ける!
すると、奴はまたもしてやったりといった、いやらしい笑みを浮かべていた!
『ようやく、効いてきたようだね。僕の生み出した、バーサクドックの呪毒が!』
や、やっぱりそうか!
確かに、この二人は奴が作った、巨大バーサクドックに噛まれていた!
そこで、呪毒に感染してしまったのだろうが……こいつらには、このダンジョンのあらゆるモンスターの毒に対する、予防接種を行っていたのに……。
『フフフ、僕の生んだダンジョンモンスターは、僕が作った特別な毒を持っているからねぇ。並みの解毒方法では、無効化する事はできないよ』
くっ、うちのバーサクドックの呪毒に似た、新種の病原菌という事か!
俺のコピーといい、いちいちやる事が頭にくる野郎だぜ!
しかし、まずいな……おそらく、オルーシェかティアルメルティでないと、こいつらの解毒はできそうに無い。
なら、まだ動ける内に、総攻撃をかけるべきかだろうか?
次の行動はどう出るか、ほんのわずかな迷いが生じる!
だが、その時頭の中に響いたのは、冷静に俺を嗜めるオルーシェの声だった!
『ダルアス、ここは一旦引いて!』
くっ……個人的には、コピー野郎を一刻も早く倒したい!
が、状況を見れば、彼女の判断の方が正しいだろう。
そして、俺もプロだ!
自分の意地より、生き残る事が重要なのは、百も承知!
「仕方ねぇ……ガウォルタ!アレを頼む!」
「了解です!」
前もって打ち合わせしておいた、緊急脱出用の策。
その要である四天王のガウォルタが、その能力を発動させた!
次の瞬間!
彼女の幻術によって作られた、俺達にそっくりな姿の幻が、フロアを埋め尽くす勢いで増殖していく!
一応は内容を聞いてはいたけど、こうして発動してみるとハッキリ言ってキモいな!
コピーが一人いるだけでと気持ちが悪いのに、こんなにも無数に現れると、高熱を出して寝込んだ時にみる悪夢のようだ!
『くっ、なんだこのふざけた術はっ!』
『ちぃっ!』
俺達の幻術を蹴散らすウェルタースとコピー野郎だが、さすがに数が多いせいか、手こずっている。
今がチャンスなのは、間違いない!
「よし、退却だ!」
『待て!逃げるのか、臆病者!』
「うるせぇ、ばーか!」
幻に視界を阻まれた、奴の悔し紛れの罵声を背に受けながら、俺達はダンジョンの最奥へと向かって、撤退していった……。




