04 勇者なる者達
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「……妙だな」
いくつかの階段を降り、数えで八階層の半ばに差し掛かった時、戦闘を行く『勇者』の一人が足を止めて呟いた。
同様の違和感を覚えていたのか、他の『勇者』も周囲を見回しながら頷く。
「ここは第八階層のはずだが、さっきから出現するダンジョンモンスターが弱すぎる」
「ああ……冒険者ギルドからの情報では、第五階層あたりからダンジョンモンスターの強さが変化するとの事だったが、ここまで来てもたいした変化がない」
「それでいて、罠の性質は凶悪な物が多いわね」
普通、人の手が入ったダンジョンの浅い階層は、さほど危険な罠は配置されていない物だ。
もちろん、それは親切心からなどではく、調子よく攻略させてより深い階層へと誘い込むための撒き餌的な意味を持つ。
しかし、『勇者』達が進んできたこれまでの階層に仕掛けてあった罠は、どれもこれもが即死級に近かった。
これでは、立ち入る冒険者の数が激減してしまい、より多くの犠牲者を欲するダンジョンにとっては逆効果しかないだろう。
「つまり、我々を警戒してダンジョンの難度を上げた……」
「ダンジョンマスターによって管理されて迷宮なら、そういった事も可能だろう」
「しかし、魔王がこのダンジョンを乗っ取った際に、前のダンジョンマスター……実験体十七号は死んだはず」
「だが、こうまで巧みに迷宮の構造を変化させる事ができるとすれば、まだダンジョンマスターとして実験体十七号が生きている可能性が高いな」
「魔王に操られている?」
「もしくは、魔王と手を組んだか……だな」
状況から至る仮定に、『勇者』達は言葉を失い立ち尽くす。
しかし、すぐに彼等の肩が震え、圧し殺したような声が漏れ始めた。
だが、それは決して絶望や後悔、ましてや実験体十七号の現状を哀れむような物ではない。
なぜなら、彼等の顔に浮かんでいたのは、歓喜の笑みであったからだ。
「クッ……クククク!まさか、ここにきて実験体十七号を捕獲できる可能性が出てくるとは!」
「アレを捕らえられれば、我々はもっと高みに行く事ができる!」
「しかも、魔王というちょうどいい材料もな」
まるで思わぬ幸運が舞い降りたかのように、『勇者』達は気色ばみ、再び階下へ向かうべく進みだした足どりも速くなっていく!
「よし、魔王の首と十七号の身柄。揃えて持ち帰るぞ!」
「応っ!」
意気揚々と答え、『勇者』達が新たな階層へと踏み込んだ瞬間!
床に仕掛けられていた、テレポートのトラップが発動して、彼等を光が包み込んだ!
◆
「う……こ、ここは……」
「いらっしゃ~い」
見事にテレポートのトラップにかかり、分散した『勇者』の一人を出迎えながら、俺は歓迎するように手を広げながら声をかけた。
つーか、あっさり罠にハマるなんて、注意力散漫すぎるだろ。
まぁ、『勇者』であっても、冒険者じゃないからな、そこは仕方ないか。
そんな風に一人で納得していた俺にギョッとしながらも、『勇者』の一人は周囲をチラチラと見回して状況を把握しようとしている。
やがて、バラバラにされた事と敵が俺ひとりと理解した奴は、小さく息を吐き出してフードを取ると、油断無く剣に手をかけた。
だが……驚いたな。
この『勇者』、見た目は十代半ばの少年だというのに、髪は老人のように真っ白で肌の色艶も病人のようだ。
おまけに、血のように赤い瞳……そこに宿る狂気にも似た気配は、地獄を見てきた者にしかわからない独特の雰囲気があった。
「一応、冥土の土産に名前を聞いてもいいかね?」
「名前……そんな物は捨てた」
捨てたって……まだ少年の面影があるから聞いておこうと思ったのに、意外な返答が返ってきてしまった。
「いや、そいつは参ったな……墓にはなんて刻んでやればいいのやら」
「俺の心配とは余裕だな……まぁ、どうしてもというなら『勇者二号』とでも呼べばいい」
「て、適当だなぁ……若い者がそんな事じゃいかんぞ!」
「余計なお世話だ、おっさん。これから殺し合いをするのに、そんな物はどうでもいいだろう」
むぅ……殺伐としてやがる。
同じ研究施設にいたオルーシェはまだ人間味があるというのに、この『勇者』にはそういった物が感じられない。
まったく……こんな連中を量産しようなんざ、今更ながらろくでもない所だな、魔導機関って所は。
「……お前は確か、このダンジョンの守護者で、実験体十七号の下僕である骸骨兵……で、合ってるな?」
「まぁ、そんな所だ」
『勇者二号』の問いに、俺は素直に肯定してみせる。
下僕ではなくパートナーと言ってもらいたかったが、向こうにとってはどうでもいいことだろうし、訂正する事もあるまい。
っていうか、目の前の『勇者』……なんか笑ってないか?
肩を震わせ、口の端を歪めながら俺を見る奴の異様さに、ちょっと怖い物を感じてしまう。
「クククク……報告にあった骸骨兵が存在しているという事は、やはり実験体十七号は生きているんだな!」
「……まぁな」
「それはいい!奴を連れて戻れば、俺はさらに強くなれる!」
オイオイオイ。
なんか輝く未来へ、レディゴー!な想像をするのは構わないが、眼前の敵とか仲間の事とか、先に懸念すべき事があるでしょ!?
「勝手に浮かれるのはいいが、まずは俺を倒さないと先へは進めないぜ?」
「……そうだな、他の連中に先を越されんように、手早く片付けるとしようか」
「ぬっ、そういう事じゃないんだが……まぁ、大言を叩くのはいいとして、仲間への気遣いは皆無かよ」
「仲間?あいつらはおなじ『勇者』と言うだけで、さらなる完成を目指す俺にとって、利用するのにちょうどいいという存在に過ぎん」
こいつ……これが、『勇者』の共通認識なのか?
あまりの仲間意識の無さに少し呆気にとられていると、『勇者』は一瞬で俺との間合いを摘め、剣を抜き放った!
「っと!」
辛うじて俺も剣を抜き、胴体部を横凪ぎに両断しようとした奴の剣撃を弾き返す!
「ちっ!」
初撃で決められなかった事に舌打ちしながら、『勇者』はさらなる追撃を振るってきた!
野郎、言うだけあって剣の腕はかなりの物だ!
だが、踏み込みが甘い!
奴の攻撃のわずかな隙を突き、俺は肩で体当たりをして『勇者』の体を押し返す!
よっしゃ、もらった!
体勢を崩した『勇者』へ、振りかぶった剣を振り下ろそうとした、その時!
猛烈な悪感が背筋を駆け抜け、俺は無理矢理に後方へと跳んだ!
それと同時に、先程まで俺の頭があった場所を炎の塊が通り過ぎる!
それはそのまま天井にぶつかると、轟音と共に爆発して着弾点を抉り取った!
あ、あぶね~……。
「いい勘をしているじゃないか……」
体勢を立て直し、剣を構えながら『勇者』は戸惑う俺の様子に余裕の笑みを浮かべた。
「俺達を分散させて、個別に叩こうとしたのだろうが、生憎だったな。剣も魔法も使える、究極の万能戦士……それが『勇者』という者だ!」
そう吐き捨てると同時に、奴の肉体が強化魔法の光に包まれる!
「冥土の土産に見せてやろう!『勇者』の中でも、いずれ最強となるであろう、俺の真の実力をなぁ!」
マグマのように噴き出す力の奔流を纒いながら、『勇者二号』は凶獣の形相と咆哮を放ち襲いかかってきた!




