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03 迎撃準備

 侵入してきた『勇者』達は第一階層を我が物顔で疾走し、途中で出会うモンスター等を蹴散らしながら、早くも第二階層へと歩を進めた。

 そんな連中の動きを捕捉しながら、オルーシェは『勇者』の進行上で出会いそうになる魔族達へ避難を促す。


「まずはいったん、『勇者』達の足を止める」

 そう言うと、オルーシェはダンジョン・コアを操作して多重次元構造となっている出口と入口を連結させる。

 こうする事で、奴等は二階層Aの階下へ降りる階段から二階層Bへの入口へと移動し、二階層Bからは二階層Cへ……といった感じで、進まなければならなくなった。

 多重次元構造の階層は第五階層まであるので、同様の仕掛けを施せば単純計算で六階層まで降りてくるのに三倍の労力を要する事になる訳である。

 結構、えげつねぇ……。


「さらに、トラップ盛り盛りでいこう」

『了解しました、マスター』

 魔族の退避行動を支援していた、ダンジョン・コアがオルーシェの指示にノリノリで答える。

 今日までの期間に、様々な冒険者を嵌める事で精度を増してきたこいつらのトラップ設置スキルは、かつて俺が攻略してきたどのダンジョンよりも厄介な物になっていた。

 まぁ、俺も指南役として経験してきた色々なダンジョントラップを教えてきたけど……ちょっとだけ、侵入してきた『勇者』達がかわいそうに思えてくるぜ。


           ◆


「……よし」

 設定を終えたオルーシェがくるりとこちらに振り返り、ティアルメルティに声をかけてくる。


「足止めはしたけれど、おそらく『勇者』達はこれを抜けてくる。四天王にも協力を仰ぎたい」

「それは構わぬ……というか、望む所じゃ。しかし、できれば集団戦より個人戦に持ち込めるような、そんな状況を用意してほしい」

「俺達とやりあった時は、連携の拙さが弱点みたいな所があったからなぁ」

 個々の強さでは俺達よりも強い四天王(あいつら)に引き分ける事ができたのは、まさに冒険者として何度となくパーティを組んだ経験値の高さ故だ。

 『勇者』一行が、どれほどの連携が出来るのかは未知数だが、それでも四天王よりは息のあった行動ができると思われる。

 それだけに、タイマン勝負に持っていけば、勝機はあるという計算なんだろう。


「バラけさせるのは可能。だけど、相手はまがりなりにも『勇者』……大丈夫なの?」

「まぁ、少しは心配もあるが……四天王達には、究極奥義があるからいけるであろう」

「四天王の……究極奥義?」

 なんだそりゃ……そんな物があるというのか?


「俺達とやり合った時には、それらしい技は使っていなかったが……?」

「うむ……四天王の究極奥義は強力なのだが、効果範囲も広いので仲間を巻き込みかねんのだ」

「そういう事か……」

 ヤバい威力であるほど、制御も難しいからな……しかし、向こうは六人。

 四天王の奥義はタイマン限定で有効という事もないだろうが、それでも万全を期すならできるだけ一対一の形にする方がいいだろう。


「よし!そういう事なら、『勇者』の内の一人は俺が受け持つぜ!」

 そう言ってエントリーすると、急に不安そうな顔になったオルーシェが、クイクイと俺の指を引っ張ってきた。


「……ダルアスは、四天王みたいに奥義とか持ってないでしょ」

「まぁ、確かにな。だけど、『勇者』とは一度やり合っておく必要がある」

「なんで、そんな必要が……」

「お前を狙ってる魔導機関の奴等は、『勇者』を量産する事を目的としているんだろう?」

 つまり、今回の連中は第一弾でしかなく、今後も『勇者』が乗り込んでくる可能性も高いわけだ。

 だとすれば、こちらの戦力が整っている、今ここで奴等の実力を自分の身をもって計っておきたい。

 そんな俺の言わんとする事を察したのか、オルーシェも口元に手を充てて思案していた。


「あいつらからお前を守るためには、(くぐ)っておかなきゃならない試練の門……って訳だ」

「え……?」

 俺の言葉に、オルーシェは急にキョトンとして顔になった。

 そう、俺はこのダンジョンの守護者として、そして彼女の保護者(・・・)として、『勇者』とその背後にいる連中をぶっ飛ばす義務がある!

 ここは一発、ビシッ!と『勇者』達を倒してやれば、オルーシェを狙う魔導機関の奴等も相当ビビる事だろう。

 そんな思考の元、拳を握って気合いを入れていた俺だったが、ふとオルーシェの様子がおかしい事に気づいた。

 なにやら顔を真っ赤にし、キラキラとした目で俺を見上げているが……どうしたの?


「……私を守るために、ダルアスは危険を押して戦ってくれるの?」

「ん?あ、ああ……そのつもりだけど」

 妙に熱のこもった声で尋ねられたので、俺はちょっと気圧されながらも頷いてみせる。

 すると、さっきまで俺が戦う事に不安そうだったオルーシェが、パアッと顔を輝かせた!


「んん……仕方ない。私も、大事な人(・・・・)のために戦うという決意を止めるほど野暮ではないし、ダルアスの意思を尊重するね」

 なぜか上機嫌……というか、ちょっと興奮状態になっているオルーシェは、ふいに何か思いついたような表情を浮かべて俺の手を引く。


「勝利のおまじないをしてあげる……ちょっと、しゃがんでみて」

「ほほう?」

 普段はそんな事を言わない彼女が、珍しい事をいい出した。

 どんな風の吹きまわしかはわからないが、俺の身を案じてくれての行動だろうから、ありがたくおまじないとやらを受けてみようか。

 オルーシェの言うままに、俺はしゃがみこんで体勢を低くする。

 すると、彼女はおもむろに顔を近づけてきて、俺の頬にキスをした!

 オ、オルーシェさん!?


「……古来より、乙女のキスは勝利のフラグ。これで勝てる!」

「そ、そうか……」

 まぁ、勝利のおまじないかどうかは知らないが、幼い頃は父親を送り出す時にそんな感じの挨拶をしてくれた娘もいると、昔子持ちの冒険者仲間から聞いたことがある。

 それだけ、オルーシェが俺の事を家族として慕ってくれているという事だろうか……。


「……嬉しくない?」

 少しぼーっとしていた俺を下から覗き込んで、オルーシェが尋ねてくる。

「あ、いや、ちょっと急だったから驚いただけだ。……うん、嬉しいぞ!」

 本音を言えば、けっこう気恥ずかしかったが、正直にそう答えると、オルーシェは再び満面笑みを浮かべた。


「よかった……それじゃあ、次からこれを習慣にしよう」

「え?」

「あと、骨状態だといまいち感触がよろしくないけら、今度からおまじないをする時は人間モードになってね」

「ええっ?」

 こ、これを習慣に……しかも、わざわざ人間モードになってかぁ……。

 面倒な気もするが、楽しそうなオルーシェを見てると、仕方がないという気持ちがわいてくる。

 ふっ……俺も、『父親』が板についてきたって事かな。


「ほれほれ、余をほったらかしにして、イチャイチャするのはそこまでにしておけ」

 なにやら蚊帳の外だったティアルメルティが、パンパンと手を叩きながら間に入ってきた。

 べ、別にイチャイチャなんかしてないし!


「さて……勇者達に対して、四天王とダルアスを当てるにしても、敵を一人もて余すな」

「そうだな……」

 『勇者計画』がどれくらいの完成度に達しているのかは知らんけど、万が一にもダンジョンから逃げられたりして情報を持ち帰られたら、大変に面白くない。

 だから、ここは確実に奴等を仕止めないと……。


「なんなら、四天王の誰かに二人分を当てるか」

 広範囲の奥義を持っているという四天王になら、それを振っても大丈夫そうだよな……そんな事を考えていた時、唐突に知った女の声が俺達の耳に届いた!


『あのっ!そういう事でしたら、勇者の一人は私に宛がって下さいませんか!』

「マルマ!?」

 地上階階層で、村の魔族の避難と冒険者の逃走を手伝っていたマルマからの乱入に、俺達は少しばかりギョッとしてしまう。

 っていうか、こいついつから話を聞いてたんだ!?

『勇者達のせいで、荒らされた地上階層(むら)の落とし前を付けさせたいんです!』

「うーん……だけど、さすがにマルマじゃ力不足じゃないか?」

 俺がそう呟くと、それに同調するような空気が流れる。


『た、確かに、私は戦闘力は高くはありませんが……色仕掛けを使う間もなかったのは、サキュバスとして納得がいかないんです!』

「もともと、色仕掛けは通じなかったかもしれないけど……」

『それでも!男にスルーされるなんて、サキュバスの沽券に関わります!ここで引いたら女が廃るってものですわ!』

 元男なのに、言うなぁ……。


「わかった。『勇者』の内、男を一人そっちに送るようにする」

「オルーシェ!?」

 俺とティアルメルティが顔を向けると、彼女は大丈夫と言いたげな顔で頷いてみせた。

「いざという時の備えはしておく。ここは、彼女に任せよう」

 ま、まぁ、お前ほどの少女がそう言うなら……。


『ありがとうございます、マスター!この恩は、すんごいいやらしいプレイでお返し……』

「いらない」

 喜びに満ちたマルマのお礼の言葉に、オルーシェは被せぎみで答える。

 ううむ……マルマは、どういうプレイをするつもりだったんだ……。


「──とにかく、これで『勇者』への対応は決まった。あいつらが今の多重階層を抜けたら、それぞれの階層にテレポートトラップで跳ばすから、後はお願い」

 オルーシェの指示に意気揚々と答え、俺達は『勇者』を迎え撃つべく、一斉に動きだした。

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